108話 アズリア、騎馬兵との対決
まあ……アタシは、魔王領で魔術文字を入手するより以前から。「纏いし夜闇」の魔術文字の「誓約」により、弓矢の使用を既に禁じられていたのだが。
「お……お姉ちゃんっっ!」
弓兵を薙ぎ倒したばかりのユーノが、ようやくこちら側の戦況の変化に気付いたようで。目の前に立ち塞がる武侠を拳で黙らせながら、アタシと合流しようとするが。
「来るなッユーノッ!」
「うえ⁉︎ え、ええっ?」
アタシが敵陣を割ってこちらに向かってこようとするユーノへと。視線を向けないまま、空いた片手を開いて突き出して制したためか。
驚きのあまり調子の外れた声を出して、アタシの指示通りに足をピタリと止める彼女だったが。
「アンタまでこっちに来たら……誰が武侠らを止めるんだッてえの!」
勿論。馬と同等かそれ以上の軽快な機動力を持つユーノが合流してくれれば、騎馬隊との戦闘が楽にはなる……のだが。
今、アタシが背を向けていた門を警護する武侠の連中が、こちらに攻撃を仕掛けるのを躊躇しているのは。弓兵をいとも簡単に倒したユーノが、敵陣の真っ只中にまだ控えていたからだ。
「で……でも、でもさっ」
「──でも、何だい」
だが、足を止めてはくれたものの。合流を制されたことをユーノは納得出来ていなかったようで、不満の声を口にするユーノに。
アタシは一瞬だけ騎馬隊から目を切り、不満を漏らしたユーノへと視線を移し。
「アタシが、あの連中に遅れをとる……だなんて思ってるッてのかい?」
ユーノがアタシを心配してくれる気持ち自体は嬉しいが。黒幕を護るため、本拠地に駐留している武侠は数知れない。
かたやアタシらの戦力は、護衛対象のフブキを入れても四人と。人数の差は歴然としていた。
だから今はアタシの身を案じる気持ちよりも。敵を少しでも押し留める役割を果たして欲しい、といった感情を。
ユーノの顔を覗いていた鋭い視線に込めると。
「……う、ううんっ!」
身体をぶるっと小さく震わせた後、首をぶんぶんと左右に振って。ようやくこちらの意図が伝わったのか、アタシと合流を諦めてくれる。
だが、同時に──。
「戦場にて何処を向いているっっ!」
距離を空けていた騎馬隊の内の一騎が、握る長槍の矛先を真っ直ぐに構え。視線を逸らし余所見をしたアタシを大声で蔑みながら、一直線に馬による突撃を仕掛けてきた。
黙ったまま突撃すれば、もしかしたら余所見をしていたアタシが攻撃を察知出来ず。まともに槍の一撃を浴びたかもしれないのに。
「はッ……律儀な連中だねぇ」
そう言えば、洞窟に幽閉されていたフブキを救出した際にも。彼女を逃がさまいと登場した武侠・ナルザネは、わざわざ武器を交える直前に大声で名乗っていたし。
アタシがこの国に来て、初めて遭遇した武侠・アラカタイも。一一対一な対決に拘り、こちらが体勢を整えるのを待ってくれていた……確か。
最初こそ、個人の性格だとばかり思っていた武侠の態度だったが。
同じような事が三度も続けば、実は。この国の戦闘階級である武侠が持つ、共通の思想や規則などではないかと考えてしまう。
敵の不意を突く事を良しとせず、真っ向からの激突を望む姿勢はアタシも嫌いではないが。
「どいつもこいつも……武侠ってえのは、何かと損な性根なんだねぇ……」
警告の声など発せずとも、敵の騎馬が接近する気配は馬の蹄の音から勘付いていたし。
攻撃の準備、力の溜めも既に完了していたアタシは。
右手に握っていた巨大剣を真横に構え、両手を広げるような体勢で。アタシに向けて一直線に突進してくる騎兵の前に立ち塞がると。
「やあやあ! 我こそカガリ家の忠臣たる武侠っ──」
騎兵もまた、アタシの頭を割ろうと。両手で持っていた槍を頭上で旋回させながら、アラカタイやナルザネ同様に名乗りを叫ぼうとしていたが。
一瞬だけ両の目蓋を閉じ、胸が張るほどに息を大きく吸い込む。
昂る気持ちを一度抑えるためと。
右眼の「筋力増強」の魔術文字から身体に巡る魔力の流れを、より鮮明に感じ取るために。
そして、胸に溜めた息を大きく吐き出していき。
「──いくよおおおオオオッ!」
次の瞬間、カッと大きく両の眼を見開き。抑えていた感情をまるで火薬が爆発したかのように一気に昂らせる。
興奮のあまり雄叫びを獣の吼え声のように荒ぶらせながら。大剣を構えたアタシの身体が、騎馬が迫る前方へと跳躍した。
「……なっ! 騎馬に自ら向かってくる、だとぉっ?」
驚気のあまり途中で名乗りを止めてしまった、馬に跨がる武侠。
最初の突撃の時には防御に専念していたアタシが、突然前に飛び出してきたことに、である。
騎馬兵の突撃に、真っ正面から激突しようなどと考える徒歩の兵など滅多にいるものではない。それ程までに馬の機動力が乗った騎馬隊の攻撃の威力は恐るべきだからだ。
だから初手の攻防がなかったとしても、馬上の武侠がアタシの行動に驚きの反応を見せたのは至極当然の事だったろう。
だが、二度の疑問に。門を警護する武侠との戦闘中にて確信に変わった、アタシの腕の力の異常な成長。
今のアタシと、右眼に宿った魔術文字の力があるならば。騎馬の突撃にも当たり負けせず、真っ向から対決出来ると踏んだのだ。
「おおおおオオオオオオオオオ‼︎」
男顔負けの猛々しい咆哮を発しながら、クロイツ鋼製の巨大剣を手にしたアタシが凄まじい速度で踏み込み。
大きな身体で突貫してくる騎馬兵を眼前にしても、些かの躊躇いもなく。敵武侠の突き出した槍先と同時に、大剣を握っていた右腕に溜めに溜めた力を一気に解放する。
「……ちいィィッ⁉︎」
踏み込むと同時に、攻撃の体勢を崩さない程度に身を低くし。飛んできた槍先の下を潜り抜け、回避しようと試みるが。
相手の槍を突く速度が、アタシの予想を上回っていたのか。槍先が頭の横をスッ……と掠め、槍の刃が真っ赤な髪を切り裂いていった。
髪だけで済めば良かったが、額の横に冷たい感触が奔る。
だが、同時に。
こちらの頭を掠めた槍を持った武侠が跨がっていた馬、その太い首が胴体から両断される。
アタシが放った、渾身の横薙ぎの一閃によって。
「な……っ⁉︎」
アタシに攻撃を当てた事よりも、自分が騎乗していた馬の異変に驚愕の表情を浮かべ、驚きの声を漏らす武侠だが。
直後、馬の首を斬り落とした剣閃は、自らの胴体をも薙いでいたことに遅れて気付き。驚きの声を発した武侠の口と腹から大量の血を流しながら、握っていた槍を地面に落とす。
「がっ……が……は……っ……」
首を落とされた馬は突撃してきた勢いのまま、アタシの横へと逸れていき。槍を手放した武侠を乗せたまま前脚の力が抜け。
グシャリ、と大きな音を立て。アタシの背後で地面に頭から減り込むように崩れ落ちていく。
首のない馬は勿論。激しく転倒し、馬の身体の下敷きになった武侠もまた。
側から見ても、どちらも既に生きている様子には見えなかった。




