105話 アズリア、武器を握る手の違和感
黒装束とは違い、少し頭部の装飾が華美な鉄製の兜を被ってはいるものの顔を晒している武侠は。
その表情を酷く苦々しく、不愉快さを前面に押し出しながら。
「……じょ、冗談ではないっ」
「はぁッ?」
連中の切り札だったのであろう、三体の黒装束を倒したのを間近で見ていた筈だ。にもかかわらず、アタシの説得の言葉を聞いた武侠の一人がそう呟く。
最初、アタシは聞き間違いかと思い。思わず語気を荒げて聞き返してしまったが。
その返答は言葉ではなく、観戦のために一度は下ろした武器を構え直す態度だった。
「わ、我らはっ……当主からこの門を守り抜くよう命じられた身だ。そ、それを……敵に恐れを為して逃げるような真似はで、出来ぬっっ!」
武侠が振り絞るような声で発したのは、まるで自分を鼓舞するような言葉。
と同時に、アタシの説得を完全に拒絶したのだ。
『──応ぅぅっっっ‼︎』
その言葉に応じるかのように、周囲にいた大勢の武侠が大声を上げるとともに。
アタシと接する最前列の武侠ら十数人が、曲刀に槍を構えて一斉に攻勢に出たのだ。これだけの人数に完全に包囲され、一斉に刃や槍先を放たれでもしたら回避も防御も不可能だろう。
だからアタシは。
「そうかいそうかい。なら、交渉決裂ッてヤツだ……ねぇッッ!」
武侠がこちらの説得を聞き入れなかったその時から、大剣を肩に担いだ体勢で腕に右眼の魔力を巡らせていた。
まるで獣が吼えるかのように息を吐く音と共に、腕に溜めた力を握る大剣に乗せ。一斉にアタシへと襲い来る武侠らを薙ぎ払うように、真横へと一直線に巨大な刃を振るう。
つい先程も一斉攻撃を受けた際。咄嗟に出した横薙ぎの一閃は、あくまで力を溜めずに放った一撃であったが。
今度の攻撃は、十分に力を溜めた渾身の一撃だった。
「ぐ……お、っ?」
「な、何がっ……があっ!」
力が乗った剣撃は、轟音を唸らせながら恐るべき速度で、敵の刃が届くよりも先に。
アタシを取り囲もうと接敵してきた五人の武侠の胴体を、いとも容易く上下に両断していく。
人間には身体の真ん中に太くて硬い背骨が一本通っており。今までのアタシならば肋骨までは斬り裂くことは出来ても、背骨まで両断するのは一対一で対峙した時くらいだったが。
堅い青竹や魔竜の眷属の鱗を斬った時のように、手には何の衝撃も痺れも感じなかった。
──シラヌヒまでの道中、アタシは自分が振るう剣の威力に違和感を覚えていた。
最初に感じたのは、食器代わりに使った堅い青竹なる木を大剣で割った時に……だった。まるで石のような堅さだった青竹に刃を入れたにもかかわらず、手には堅い物を斬った時の衝撃と痺れを全く感じなかったからだ。
その時は、七日もの時間を傷の療養に費やし、武器を握ってなかったことで。物を斬る感触を手が忘れてしまっていたかと、軽く考えていたが。
次に違和感を覚えたのは、その翌日にアタシらを待ち伏せしていた魔竜の眷属と交戦した時だった。
鉄以上の硬度を持った鱗すら、まるで抵抗なく斬り裂き。肉や骨までも容易に両断したのだから。
今までの自分の大剣との違いに気付かないほうが、さすがにおかしい状況であったが。
「……いや、驚いたねぇ。予想はしてたけど、まさかコレほどだったとは、ねぇ」
まさか、五人もの金属鎧を着込んだ相手の胴体を軽々と両断出来てしまった、という結果に。
しかも今、大剣を握っているのは両手で、ではなく。右手一本なのだ。
「……う、うおっ」
威勢を上げ、一斉攻撃を仕掛けた武侠らだったが。
両断された胴体から周囲に撒き散らされた仲間の返り血を浴びたためか。一撃で五人を仕留めたアタシと巨大剣を、恐怖と驚愕の表情で見て足を止めてしまう。
しかし。一番驚いていたのは、間違いなくアタシであったと同時に。何が原因なのかは知らないが自分が振るう大剣の威力が増大している……という疑問が、確信に変わった瞬間でもあった。
「た、立ち止まるなっ? 大振りした事で敵は隙だらけだぞっ、攻めるなら今だっっ!」
一瞬で五人の胴体が両断され、凍りついた場の静寂を打ち破ったのは。
背後に控えていた、次なる指揮官役の武侠の掛け声だった。
恐怖に怯んで、足を止めてしまった残りの武侠ではあったが。再び自分らの戦意を奮い立たせ、武器を構えて攻撃を再開する。
──だが、しかし。
恐怖で身体が竦み、動きを止めた武侠らと違い。
アタシが一瞬、思考で間を置いたのは。改めて自分の大剣の威力が増大したことを認識した……つまり。連中にとって劣勢となる要素が追加され、アタシが戦況を優勢に進める要素が増えたという事だ。
実に喜ばしい状況に、アタシの気持ちが高揚し、沸き立たない筈がない。
「──遅いッ! 遅いよおッ!」
「お……恐れるなっ! こちらの攻撃が先に届くっっ!」
アタシはニヤリと笑いを浮かべたまま、一度右側に振り抜いた大剣の柄に左手を伸ばし、両手で剣を握ると。
こちらへ再び迫ってくる武侠らに対し、アタシは一歩踏み込むと同時に腰を回して力を溜め。今度は真逆の左側に横薙ぎの一撃を放っていくと。
間合いの長い槍が、アタシの攻撃が到達するよりも先にこちらの身体を掠めはしたものの。
「通らないだとっ?……ば、馬鹿なっ!」
右から身体を覆う装甲の広い左側に攻撃を放ったからか。鉄製の槍先は、鉄よりも頑強な金属・クロイツ鋼製の肩当てや腕甲で弾かれる。
そして再び、巨大な質量の大剣が振るわれると。
周囲の空気が強烈に震え、まるで暴風のような轟音と共に武侠らに迫るのは。つい先程、五人の生命を一瞬に無慈悲に絶った死神の刃だった。
「……ひぃぃぃっ!」
「が……は、あぁぁっっ⁉︎」
中には、攻撃を捨てて防御のために自分の前に曲刀を構えた武侠もいたが。
右手一本ではなく、今度は両手で握ったアタシの大剣は。受け止めた筈の武器を容易く粉砕していき。
武侠たちの身体を、一撃目と同じように横一直線に斬り裂いていく。
怯えを克服し攻勢に出た武侠が少なかったからなのか。この一撃で斬り伏せた敵の数は四人と、一撃目よりも一人少なかったが。
「……ぐ……う……っっっ」
アタシの前に立っていた連中は、既に五人にまで減り。
たった二振りで、一斉攻撃に出た武侠の人数は。現在立っている者の数より、倒された数が上回ってしまう。
残る五人の武侠も、大剣の攻撃範囲内よりも遥か外から、内側へと踏み込むのを躊躇せざるを得ない状況に陥っていた。
「どうしたい? 足が止まっても、アタシは容赦しないよッ」
これ見よがしに、アタシが無造作に一歩前に踏み出すと。合わせて五人の武侠が慌てて一歩……ではなく二、三歩後退する、という完全な膠着状態を見て。
「な、ならば。この手しかないか……」
指揮官役の武侠が次なる作戦を実行するような言葉を呟くと、片手を高く上げて何かの合図を始めた。
だがその合図は、明らかに前線にいる五人に向けられたものではなく。武侠が合図を送っていたのは後衛に控えた何者かに、であった。




