103話 アズリア、襲い来る影の刃
アタシが対峙する武侠の僅かな違和感を覚えた、その時。
騎乗していた馬が突如興奮しだし鼻息を荒くして、首を震わせ嗎き始めたのだ。
「ブルルッ!……ヒヒヒイイィィン!」
突然のシュテンの異変に、急遽アタシも周囲に警戒の網を張ると。
攻撃を躊躇して立ち並ぶ、数多の武侠らの影が不自然にこちらに伸びてきているのを察知し。
「……ちいッ! 下かいッ?」
アタシが手綱を後ろへと強く引き、馬が後ろへ飛び退いたと同時に。
地面に伸びた影から小さな人影が出現し。つい先程までアタシらがいた空間を、手に握る短剣で薙いでいった。
もしかしたら、シュテンの嗎きがなければ回避は間に合わなかったかもしれない。
それでも短剣の一撃では致命傷を受けることはないと思うが、刃に毒でも塗られていれば話は別だ。
「ありがとな、シュテン」
さすがは賢い馬だ、とアタシは嗎きで姿を隠す敵の気配を嗅ぎ取ったシュテンの鬣をひと撫ですると。
「──影からの一撃を躱したか。やるな」
すると、同じく武侠らの影が二箇所ほど地面に延び。延びた影の中から、体型の違った人影が二人ほど出現する。
突如現れた三人をよく見ると、顔まで含む全身を黒装束で覆い正体を窺い知る事は出来なかったが。
「そういやこの連中、もしかしたら──」
その格好は海底都市に潜入しアタシと剣を交えた、あの姉妹と同じであったが。
正体の詮索をアタシがするよりも前に、三人の黒装束が──動く。
「……くッ!」
最初、アタシは先程の武侠らが一斉攻撃を仕掛けた際に、一定の距離を保つために連中を弾き飛ばした横薙ぎの一撃を放とうと画策したが。
三人の動きは、金属鎧を着込んだ武侠とは比較にならない程、速く。
今から力を溜めていては間に合わない、と判断したアタシは手綱を操り。
「もらったあッ!」
牽制のために一番早く攻撃を繰り出せる刺突を、黒装束の一人に向け放つが。
狙われた黒装束が、足元にある影にズブズブと沈んでいき。アタシが放った大剣の切先は回避されてしまう。
先程の奇襲といい、今の回避の方法といい。
黒装束の三人が使っているのはおそらく、闇属性の魔法の一つ「黒影脚」か、それに類似したこの国独自の魔法なのだろうか。
いずれにしても、攻撃を回避されたアタシへの影響は深刻だった。
「し、しまッ……」
攻撃を繰り出した後は、どうしても多少の隙が生まれる。
一度、一人の黒装束に狙いを絞ったばかりに。気が付けば、残り二人の姿をアタシは見失ってしまう。
影に姿を消した黒装束に狙われてしまう立場に陥ってしまったアタシだったが。
「──ヒヒィィィン!」
「アズリアっ……右よっ‼︎」
騎乗するシュテンと、アタシの背中にしがみついていたフブキが同時に。左右真逆の方向に反応を示し、嗎きと指示の掛け声を上げ。
アタシはようやく、敵の気配を察知することが出来た。
「二人とも、ありがとよッ!」
握っていた手綱を緩めたアタシは、シュテンの好きなように動いてもらうと同時に。
フブキが警戒を促した右側に出現した殺気に、強引に大剣を振り抜いていくと。
──ガ、キィィンン!
幸運にもアタシが放った大剣は、いつの間にか姿を見せていた黒装束が握る短剣を弾いていく。
武侠の武器のように短剣を破壊出来なかったのは、刺突を外した後の硬直から無理やり右腕を動かしたため。振るった大剣にはほとんど力が込められてなかったからだろう。
それでも黒装束の攻撃を防ぐのに役に立ったわけだが。
同時に、手綱を一旦手放し自由にしたシュテンは。
アタシの左側に姿を見せた黒装束の一撃に対し、再び後ろへと飛び退くことで短剣の刃を回避していった。
「──ふぅ」
三人の黒装束の攻撃が一旦、途切れたところでアタシも体勢を立て直しながら息を整える。
危ういところで奇襲を回避出来たアタシだったが。
真正面から力勝負を仕掛けてくる武侠と違い、黒装束の素早い動きに対抗するには。騎乗しながらでは、どうしても隙が生まれてしまうと判断したアタシは。
「フブキッ! 代わりに手綱を握りなッ!」
「え? え、ええっっ? い、いきなりそんなこと言われてもっ!」
「イイから言う通りにしな!」
後ろに騎乗していたフブキに、手放した手綱を手渡していくと。
アタシは愛馬から降りて、大剣を肩に担ぎながら久々の地面を踏み締めていく。
「シュテン。フブキを連れて、一度ヘイゼルのところまで戻ってな」
アタシの言葉を聞いて、ブルルル、と鼻を鳴らしながら。二度ほど首を縦に振る仕草を見せるシュテン。
さすがは人語を理解出来る能力を持つだけはある。アタシは鼻を擦り寄せてくるシュテンの額を撫で、僅かばかりの離別を惜しんでいくと。
突然、大剣を構え真後ろに振り向いていくアタシ。
「おいおい、無粋な連中だねぇ……別れの挨拶も待てないなんて──さあッ!」
フブキに馬を預けていた隙を突かれ、黒装束の一人が短剣を構えてアタシに襲い掛かってきていたのだ。
右に、左に、変則的に動く足捌きはこちらの攻撃の狙いを捉えさせないためなのか。
だが、最初の奇襲の時とは違い。
敵から放たれる殺気が背後からの攻撃を教えてくれた。
なのでアタシには、肩に担いでいたクロイツ鋼製の巨大剣に右眼の魔術文字によって増強された膂力を込める時間が充分にあった。
アタシに向けられた殺気がこの身体に到達するよりも速く。迫る黒装束の身体に最速で振り向きざまに巨大剣を叩き込む。
黒装束は、アタシの攻撃の威力を最初に受けた一撃で判断したのだろう。回避を無理と諦め、短剣で受け切ろうとしたが。
充分な力の溜めを乗せ、本気の殺意を込めたアタシの大剣は。差し出された短剣の刃を易々(やすやす)と粉砕してみせ。
さらには短剣を持つ手首を切断しても勢いが減衰しない大剣の刃は、黒装束の首へと喰い込み。頭と胴体を両断していった。
「「──あ、兄者っっ⁉︎」」
首を刎ねられれば、人ならば確実に絶命するだろう。
仲間の死に様を目の当たりにした残りの二人が、驚きの声を漏らす──そして。
「だ、だがっ……コレは避けようがあるまいっっ!」
そう叫んだ黒装束の一人が、持っていた短剣を。両手を胸の前で交差するという奇妙な動作でアタシへと投擲してくる。
馬鹿正直に一直線に飛来する短剣は、一見すればただ横に跳べば回避出来そうだが。
「黒影脚」
闇属性の魔力を足元から影に流し込むことにより、自身が持つ闇属性の魔力と協調・共鳴させることにより。身体を影に沈め、身を潜める事が出来るようになる移動補助の魔法で。影に沈み込む速度は通常、溜まった水よりも沼に近く、ゆっくりとだが。影から姿を現す時は一瞬となる。
「〜脚」と呼ばれる魔法はいずれも、難易度は中級魔法となる。
余談だが、影に影響力を与えて自分以外の対象を沈める魔法は、内側(術者自身)と外側(影そのもの)の魔力の協調や共鳴とは違った原理が必要となるため。難易度は一段階上昇する。




