101話 アズリア、戦線に復帰する
すると。飛来した矢を大剣で叩き落したアタシの手に、想像以上の衝撃の重さが伝わってくる。
「う、おッ!……や、矢が重いッて、どんな理屈だいッ?」
手に伝わる衝撃と違和感に、アタシは一瞬だけ地面に叩き落した矢に視線を落とすと。
地面に転がっていた矢は、先端から矢の尻まで全体が鉄だった。
「な、何だこりゃ、矢が……鉄製だってえ?」
通常、弓で射る時に使われる矢というものは。先端の鏃こそ対象を貫くために鉄製ではあるものの、矢本体は木を削って作られているのがアタシの知っている矢だったが。
今、アタシが叩き落した矢は通常の木製の矢とは違い。矢全体が鉄で出来ているのだから当然、矢の重量は木製の矢よりも重いに決まっている。
だから、叩き落した時の衝撃が木製の矢とは比較にならないのも無理もない。
「……なっ! あ、あの女っ……鉄矢を弾いてみせたぞ?」
何人かの武侠が驚きの声をあげたのも、重量のある鉄製の矢をアタシが何なく弾いてみせたからだろう。
何しろ飛来してきた時は、木製の矢と見分けがつかない程の速度だったのだ。
ということは、軽い木製の矢を射ち出すよりも。弓に張られた弦が強靭、かつ張りが強くなければならない道理だが。
「どうやら……アレが、鉄製の矢を射ち出す弓とその秘密、ッてワケかい」
鉄製の矢を発射してきた武侠らの集団に、アタシが視線を向けると。
用意されていた弓は、アタシが知る長弓よりも大型で。弓に張られた弦を射手が一人でではなく、二人掛かりで後ろに引いて第二射の準備をする様子が目に飛び込んでくる。
道理で、二〇発もの矢が同時に発射されたというのに。アタシを捉えた矢は五本程度という命中精度の悪さにも合点がいった。
元より鉄製の矢は、正確さよりも、矢の威力を重視した弓の構造をしていたのだから。
それが証拠に。狙いであるアタシから逸れた鉄製の矢はどれも、矢の半分ほどが地面に突き刺さっていた。
「な、ならばっ! 第二射、急げえっっ!」
最初にアタシとフブキを狙った鉄の矢を降らせるため、弓兵へ合図の号令を発した武侠が。
今一度、弓兵らに第二射の準備を急ぐよう号令を発する。
「──させるか、よッ!」
いくら大剣で弾いたとはいえ、もし防御し損なえば硬い頭蓋の骨でも簡単に貫く程の威力の矢だ。
そんな攻撃に、ただ一方的に狙われるだけのアタシの位置は圧倒的に不利だ。出来ればこの場から移動したいところだが──
アタシが手綱を握り、馬の腹に足を触れそうになる瞬間。
何故、戦線の遥か後方で待機していたのかを思い出し。原因である背後のフブキの顔を肩越しに覗いていくと。
門を警護する武侠らに「偽者」と呼ばれ、すっかり自信を喪失していた先程までのフブキの表情とは違い。
一瞥した彼女の顔からは落胆の色が消え、眼には前を向く活力が戻っていたのだ。
「……もう、大丈夫なのかい?」
「ええ、落ち込んだりしてごめんなさい……もう、全然平気、へっちゃらよっ」
アタシの問い掛けに、活力を取り戻したフブキは力強く頷いてみせると。
一度躊躇して止めた足で、跨がるシュテンの腹に触れていき。
「よし! じゃあ、遅れちまったけど──」
アタシとフブキの二人を騎乗せたまま、シュテンは走り出しから脅威的な速度を見せ。弧を描くように、曲刀と槍を構える多数の武侠へと突撃していく。
「アタシらも参戦するよおッッ!」
しかも。これまた手綱で何の指示もしていないというのに、ユーノが大暴れしている地点に合流するのではなく。
敢えて戦うユーノと距離を空け。アタシは雄叫びを上げながら、構えた大剣で最前列の武侠と打ち合う……と思った瞬間。
アタシが馬に合図を送ると。
馬はアタシらを騎乗したまま空高く跳躍し、最前列の武侠らの頭上を軽々と飛び越えていく。
「──なっっ⁉︎」
そのまま突撃してくると見越し、前方にのみ注意を払っていた武侠らは。まさか頭上に跳び上がるとは予想の枠から外れていたようで。
慌てて槍先を真上に向け、アタシらを馬ごと串刺しにしようと試みるも。
「はッ……甘いねぇッ! 甘いよおぉッッ!」
大の男以上の巨躯を持つアタシを乗せて落下する馬の重量を利用し、真下へと振るったアタシの大剣は。
構えた槍の柄ごと、三人の武侠の頭や首を一撃で両断していき。
さらにシュテンが着地の際に、立派な巨体と四つの蹄が絶命した三体の身体と、さらに二人を巻き添えに押し潰していく。
──さらに。
「生命が惜しかったら……退きなあああッ!」
馬が着地し、体勢を立て直した時には既に馬上のアタシは次の攻撃の「溜め」を終えており。
蹄で押し潰された仲間の最後に思わず息を飲み、一歩ほど後退ってしまった武侠らが見せた隙を見逃がさず。
右眼に宿した魔術文字に魔力を注ぎ込み。
右眼から流れ込んでくる「筋力増強」の力を巨大剣を握る右腕に巡らせる。
大の男が二人掛かりでようやく持ち上がる巨大剣の重量を、アタシは腕一本で軽々と扱いながら。
円を描くようにアタシは真横に剣閃を振るう。
「う……うおおおおっ! な、何だこの者はっっ──」
その攻撃範囲の中には、先程から武侠に号令を出していた指揮官役の男を含んでいた。
周囲の他の武侠が、一瞬で五人を屠ったアタシにすっかり萎縮し。身動きを取る事が出来ずにいたが。
反撃が間に合わない、と悟った武侠は。咄嗟に持っていた異国の曲刀を胸の前に構え、防御に徹することで何とかアタシの攻撃を凌ごうとする。
「だ……だがっ!」
回避も防御も間に合わなかった武侠らが次々と、アタシの振るう大剣の刃で顔や首、胸板を斬り裂かれ、致命傷を負う中で。
構えた武器が、真横から轟音を立てて迫る大剣の刃を一度は受け止めた……のだが。
ピキッ……パキ……ン。
「う、うお?……ば、馬鹿なっ、か、曲刀がっ⁉︎」
本来ならば金属製の武器同士が衝突すれば、甲高い衝突音とともに互いが弾き飛ばされるものだが。
アタシが放つ大剣の刃は受け止めた筈の曲刀に喰い込み始め、かたや相手の刀身には細かな亀裂が走る。
金属で出来た武侠の刃を両断し、愕然とした表情を浮かべたままの男の首へと刃は沈んでいき。
指揮官と思われていた武侠の首は、威力が全く衰えていない剣撃によって両断されてしまった。
結局、アタシが着地と同時に馬上から放った横薙ぎの剣閃は。
指揮官役の武侠を含む、五人に致命傷を与える成果を見せる。
「──怖いかい?」
アタシは、後ろに騎乗していたフブキに気遣う意図で声を掛けるが。
「う……ううん。だって」
騎乗したまま跳び上がり、大きく大剣を振り回すなど。まるで彼女を振り落とさんばかりの動きを見せたにもかかわらず。
アタシの腰に両腕を回して、落馬しないようしっかりと腕に力を込め、しがみつきながらも。
「アズリアが絶対、私を守ってくれるんでしょ?」
「は──ははッ、上出来だよッ!」
何かを確信したような強気なフブキの発言に、思わずアタシは笑いが口から溢れてしまうが。
そこまで彼女が信頼してくれているのなら、とアタシは今一度、気を引き締まる思いで。
「なら、突き進むとしようかねぇ」
まだ一〇〇人以上の、一の門を警護のためにアタシらの前に立ち塞がる武侠を前に。
大剣を空振りして付着した血を払い、殺意を込めた視線で睨み付けていく。




