100話 アズリア、戦神に感謝する
かなり後方から、単騎でユーノの活躍を見ていたアタシは。
戦いの前にこそ、自らの実力を小さく見積り「一〇〇人なら倒せる」と口にしていたユーノが。下手をしたらこのまま、門の前に立ち塞がった武侠全員を倒してしまうのではないか……そう思えてしまう程のユーノの戦果に。
「ははッ……もしかしたら、ホントにアタシが参戦しなくても、全員やっちまうかもしれないねぇ」
精神的打撃を受けて落胆していたフブキが、冷静さを取り戻すための時間稼ぎをユーノには頼んでいたが。
まだ余裕を残しているユーノの状況を見れば、多少なりとも目を離しても大丈夫だろうと判断したアタシは。
「──それじゃ」
何とか馬の背に跨がっていた背後のフブキに向き直り、彼女の肩に手を置いて。
「そろそろ落ち着きな、フブキ」
「……だ、だって、私……偽者だって……」
そう。フブキが深く心を抉られたのは、門を警護する武侠らに「偽者」と称されたからだ。
門を正面突破する直前に、アタシら三人で立ち塞がる多数の武侠を全滅させる算段を立てていた時。
ただ一人、カガリ家に属する武侠の身を案じる発言をしていたのはフブキだけだった。
こちらが連中に突撃する前に、敢えて門を警護する武侠に名乗りを上げるなど。アタシは事前に聞いていない行動だったが。それもきっと無用な戦闘を回避させたいがため、咄嗟に出た行動だったのだろう。
……結果として、彼女の優しさは武侠らに伝わることなく。逆に暴言を吐かれ、心を傷付けられてしまったが。
「……死力を振り絞って帰ってきたけど、ふふ……やっぱり私って、カガリ家には……いらない存在なのかもね……」
いや……フブキが事の他、落胆している理由とは警護の武侠に吐かれた暴言だけではないようで。
連中の言葉が、彼女が抱いていた「忌み子」としえ育てられた負の記憶。それを呼び覚ましてしまった様子だ。
すっかり心が折れたフブキは、嘲るような自虐的な笑いを口にしたまま。先程から顔を俯かせ、アタシと目線を合わせようとはしなかったので。
「──フブキ、よぅ」
アタシの知るフブキという人物は。出会ったばかりのユーノとも口喧嘩をし合ったり、元フルベ領主に「忌み子」と蔑まれても冷静だったり、と。
裏でアタシやヘイゼルが「お姫様」と呼んでいたのも、彼女が常にカガリ家当主マツリの実妹たる堂々とした態度だったからだ。
だからアタシは、落ち込み下を向いたままの彼女の態度がどうにも許せなくなり。
片手は彼女の肩に手を置いたままで、背中に大剣を背負い直し。
空けた右手をフブキの顔に手を伸ばすと。
「え?……な、な、あ、アズリアあっ?」
顎を掴み、無理やりに顔を上げさせてアタシはフブキと目線を合わせていく。
我ながら強引な手法で、ジッと顔を見つめられたフブキは。恥ずかしさからか頬を真っ赤に染めながら、突然のアタシの行動に戸惑いを露わにしていたが。
顎を掴んだアタシの手を振り解こうと暴れる様子は見せず。
「……ゴクリ」
フブキもまた……アタシの眼をジッと見つめ返し。唾を飲み込みながら、こちらが何か言葉にするのを待っている様子だった。
この場面でのアタシの台詞は、責任重大だ。何しろ背後では、ユーノが懸命に二〇〇もの数の武侠を相手に時間を稼いでくれているのだから。
少しだけ思考を巡らせ、直感的に頭に浮かんだ言葉で傷付いたフブキの心を慰めようとする。
「アンタが偽者かどうかを決めるのは、あの連中でも自分でも、ましてやジャトラでもない。城の最上階で待ってる……アンタの姉さんじゃないのかい?」
「……え?」
アタシの言葉を真剣に聞いて、途端に考え込む様子を見せたフブキ。
確かに。門の前に集結した二〇〇の武侠の中には、フブキの姉マツリが当主だった時……いや、それ以前からの武侠だっていたかもしれない。そんな背景があったなら、精神的打撃を受けるのは当然と言えば当然だ。
だが、フブキに忘れないで貰いたいのは。彼女が城に幽閉されているだろう姉マツリと再会しなければ、同じ様に黒幕であるジャトラの犠牲者はまだまだ増えるに違いない。
こんな場所で立ち止まっている時間的余裕はないのだ。
「さあ……どうするね」
これでもし……フブキが立ち直れないのであれば。アタシは馬に彼女を預けて、ユーノと一緒に武侠と戦うつもりの算段だったが。
どうやら、フブキが名乗りを挙げた以上。ユーノが大暴れする主戦場から距離を空けた位置にアタシらがいたからといって。
黙って観戦を許してはくれなかった様で。
「弓兵っ……構え! 狙いは不届なるフブキ様の偽者だっ──射てえええ!」
指揮官らしき人物の掛け声を合図に、門に一番近く配置されていた二〇を超える数の武侠が一斉に弓を構え。
引き絞った弦を離し。遠巻きにいたアタシとフブキ、そして馬へと番えた矢を放つと。
一直線に射ればユーノと乱戦中の仲間が射線に入ってしまうため、斜め上へと放った矢は。風を切り裂きながら空中で緩やかに弧を描き、アタシらの頭上に降り注ぐ。
「はッ……そういやここは戦場だったねぇ、黙って考え事はさせてくれないッてワケかい……ならッ」
「きゃっ?」
ここはフブキを守るため、「赤檮の守護」の魔術文字を使い。彼女に矢避けの防御結界を張っておきたかったが。
矢が飛来する速度を考えたら。今から指に傷を付けて、流れた血で悠長に防御結界を張る「赤檮の守護」の魔術文字を描いている余裕はない。
飛来する無数の矢を叩き落すため、アタシはフブキの肩に置いていた手を少し乱暴に離し。一度は背中にしまった巨大剣を握ると。
跨がっていた馬も、矢が降り注ぐ状況を把握したのか。アタシが手綱を引いてもいないのに、方向転換して頭を矢が放たれた前方を向き直る。
アタシとしては非常にありがたい判断だが。「矢に晒す広さを出来る限り小さくする」発想のない乗り手には今のシュテンの判断は、勝手に動いたと判断されてしまうのだろう。
「ははッ、だからこんな凄い駿馬を誰もが放置してた……ッてワケかい」
シュテンの判断の賢さに驚くと同時にアタシは。
シュテンという優れた駿馬が、今の今まで誰にも能力に気付かれる事なく、アタシの前に現れてくれた幸運を。
「……アタシゃ、普段は神様なんてモンには祈りも願いもしないんだけどねぇ──」
珍しく、天候と戦いの神である戦神に感謝の言葉を心の中のみで唱えたつもりが。
慣れないことをしたためか、感謝の言葉はアタシの口から流暢に漏れ出していた。
「無事、大陸に帰還出来たら。戦神の神殿に革袋いっぱいの金貨を寄付して……やるよおッ!」
そしてアタシは。まるで小型の盾ほどに幅広く作られた、巨大剣の腹の部分を前面に構えると。
こちらを正確に射抜こうと飛んできた数本の矢を、ただ一振りで全て地面へと叩き落していく。




