99話 ユーノ、溜まった鬱憤を拳で晴らす
ユーノに実戦経験が少ない、と見抜かれたとはいえ。普段から鍛錬を怠ってはいない武侠らは、息を数度吸って吐く程度の時間で全員が準備を整え。
「油断するな! 一斉に……かかれえええ!」
集団の中にいる、指揮官の役割を担う者の掛け声とともに。
最前列の武侠ら数人が、構えた曲刀を敢えて大きく振りかぶらずに小さな動作で。ユーノとの距離を詰めてくる。
振りの動作を小さくしたのは、溜めの動作を小さくすることで、動きの俊敏なユーノに命中させやすくする目的と。
もう一つ。振りを大きくすればそれだけ攻撃に移るまでの隙が大きくなる。発生した隙をユーノに狙われないようにするためだが。
「──だったらっ」
ならば、とばかりに。最前列の武侠に隙間なく距離を詰められる前に、ユーノは先手を打って動く。
迫ってくる武侠の一人に狙いを絞り込み。まだ曲刀の攻撃範囲に踏み込まれるよりも前に、ユーノ自らの脚で一息に相手の懐にまで踏み込んでいき、距離を零に詰め。
障害を排除しようと、ユーノの拳が放たれる……だが。
「か、簡単には、やらせんぞっっ!」
「ふえっ?」
唸りをあげて迫るユーノの拳を、避けようとも防御をしようともせず。狙われた武侠は、小さく構えた曲刀でユーノを貫こうと。相打ち覚悟で鋭い刺突を放ってきたのだ。
それを知って驚きの声を発したユーノだったが、それでも打ち込んだ拳と腕は止まらない。
「あ……あぶなっ!」
喉目掛けて迫ってきた曲刀の切先を、ユーノは首を大きく横に傾けることで何とか避け。
ユーノの放った拳は、武侠が着ていた金属鎧が覆っていない脇腹へと突き刺さり。周囲に響き渡る低い衝撃音と、拳には数本の骨を砕き折った感触が伝わる。
「が……は……っ……」
アタシが遠目で見ていても、今のユーノの拳撃は肋骨を砕いただけでなく。拳の衝撃は骨で守られた身体の内部にまで届き、砕けた骨の破片が内臓を傷付けている。
当然ながら、致命傷だ。
ユーノの拳が脇腹に直撃した武侠は、口から血を吐き。ぐらり、と片膝を突いてから横倒しに地面に倒れ、そのまま動かなくなる。
しかし。二〇〇もの数を揃えた武侠の集団の攻撃が、これだけで終わるわけがなく。
「今だ! 二番槍、構えっ……突けえっっっ!」
指揮官の次なる掛け声を合図に動いたのは、最前列のすぐ後ろに待機していた十名ほどの武侠だ。
彼らは偶然にも全員が長槍を持っており。構えた長槍の穂先を、最前列の武侠らの隙間を埋めるように突き入れていった。
「……うええっ⁉︎」
当然ながら、最前列にいた一人が欠けた空間にはより多くの槍が用意されていた。
一人を倒したばかりだというのに、息を吐く暇もなく自分に向けて放たれる二本の鋭く尖った槍先に。
ユーノは再び、驚きの声を発しながらも反応し。
「ひゃっ……もう、あぶないじゃないかっ!」
咄嗟に両の膝を折り、小柄な身を屈めていくと。ユーノの身体は二本の槍の下へと潜っていく。
慌てて槍を握っていた武侠の二人は、致命傷を与えられはしないまでも、ユーノを少しでも牽制しようと。刃のない槍の柄の部分でユーノの頭や背中を殴り付けようと、一度小さく上に持ち上げるが。
「こうなったらっ……──土塊の枷っ!」
槍が持ち上がるより早く、ユーノは無詠唱で魔法を発動させ。彼女の踵の後部の地面から、拳大の石が盛り上がってきた。
そして、いつもならば地面を大きく蹴って前方へと疾走するところを。
魔法で生成した拳大の石塊を蹴り抜くことで。槍の真下を倒れるかどうかの低い姿勢のまま、槍を持つ武侠らに突撃していくユーノ。
いや……疾走するというよりも。
石塊を踏み台にして、真横に跳躍したと言ったほうが正しいのだろう。
「へぇ……やるじゃないか、ユーノのやつ」
地面を蹴る、となると。どうしても大地を蹴り抜いた時の反動は上に向かうため、身体が浮き上がってしまう。
特に、蹴り抜く脚力に比べ、小柄で軽いユーノの身体は上に向けられる反動の影響をより強く受けてしまい。槍の真下を潜り抜けるのが困難になる。
その問題を解決するための方法として、ユーノが選択したのが「土塊の枷」という大地属性の魔法だ。
本来なら、対象の足元に石塊を作り出し。石に足を取られて体勢を崩すのを誘発するだけの効果なのだが。
それをユーノは、真横に跳躍するための踏み台として利用しようと。この魔法を使い、足元は足元でも、自分の足の先ではなく踵の後方に石塊を生み出したのだ。
アタシは、咄嗟にもかかわらず。ユーノに柔軟な発想の魔法の使い方が出来る、という事に感心し、感嘆の声を上げる。
それに……アタシのいる場所まで、武侠らの身に付けていた重い金属鎧の部品同士が擦れ合うガシャガシャとした音が響く程だ。
反対に身軽さを重視しての軽装なユーノの軽快、かつ奇抜な動きを予想し、その動きに合わせるのは難しいだろう。
当然ながら、槍の下を潜り抜けられた二人はユーノの動きに対応することが出来ず。槍を手放し、腰に挿した武器を抜くでもなく、ただ呆然と立ち尽くすのみだった。
「ふたりまとめて……もらったああああ!」
「「う、うおおぉぉぉぉっ⁉︎」」
或いは意外な動きを見せたユーノにすっかり動揺し、身体が強張り、武侠らは硬直してしまっていたのかもしれない。
何とか自分を鼓舞しようと雄叫びを発していったのだが、間に合うことはなく。
頭が地面に触れるほどに身体を低くした体勢から、繰り出したユーノの拳がそのままの勢いで武侠の下腹部に減り込んでいく。
凄まじい跳躍の速度が乗ったユーノの拳は、男の下腹部に手首まで突き刺さり。拳から伝わる衝撃と感触から、致命傷を与えたと確信したユーノは。
力を失い覆い被さってくる武侠の身体を蹴飛ばし、体勢を立て直すと。
すぐ隣にいたもう一人の槍持ちへと拳を振るう。
「こ……この……っ!」
一人が殴り倒され、蹴飛ばされるまでに至り。ようやく身体の硬直が解けたのか、持っていた槍を手放し、腰の武器に手を伸ばしていくが。
武器を抜くよりも先に、ユーノが腹に叩き込んだ拳で武侠の身体が苦痛で二つに折れ曲がる。
「ぐ……へっ……」
「せえ──のっ!」
掛け声と同時に、跳躍しながら真上に放ったユーノの拳は。身体を曲げて頭を下げてしまっていた、武侠の顎をまともに捉え。
ぐしゃり、という感触とともに。武侠の身体が後方へと吹き飛んでいった。
「な、何だ、何なんだ……この童……い、いや、化け物はっ……」
第一陣、二陣合わせて二〇名ほどで包囲したにもかかわらず、傷一つ負わせられないどころか。
二度の僅かな交戦で、武侠側は既に一〇名もの戦線離脱者が出ているという有り様だ。
「お、おい……見ろ、アレを」
「あ、ああ……見た、ありゃ童が出来ることじゃあねえ……」
ユーノの拳や蹴りを喰らい、倒された仲間らの酷い負傷の度合いを見た他の武侠は、攻撃の手を一度躊躇する。
何しろ、その全員の腹や胸には拳大の陥没がくっきりと残っていたり。脛当てを装備していたにもかかわらず、両脚の骨が砕かれた者までいたのだから。
だが、当の本人はというと。
「うん、うん」
一〇人以上を戦闘不能に追いやり、殺す気の攻撃を何度も受けていた筈なのに。
実に晴れやかな笑顔を浮かべながら、疲労で息を切らしている様子もまるで見せてはいなかった。
ユーノを取り囲んでいた武侠は、そのほとんどが武器を構えて待機していただけなのに。戦場の緊張感と強敵を前にした圧力で、既に息を荒らげている者までいる始末にもかかわらず、だ。
「やっぱり、ちからいっぱいあばれられるのってきもちがいいなっ……でも」
そう言って、両手をパンと打ち鳴らしたユーノは。
あらためて二〇〇もの武侠に向き直ると、両の拳に魔力を集中させていく。
「そろそろ、ほんきであばれたいな」
「土塊の枷」
足元から魔力を浸透させ、目視した対象の生物の足元に拳大の石塊、もしくは土塊を生成することで。対象を突起物で躓かせ、体勢を崩したり転倒させたりする効果の、難易度は初級魔法の大地属性の魔法である。
四足脚の獣は、躓いたところで転倒は期待出来ないためと。地面が土や石でなければ使用できないという条件から。
あまり好んでこの魔法を使用する術者はいない。




