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98話 ユーノ、単身で二百の敵を相手にする

 徒歩から早足へ、そして数歩もしないうちに駆け足となり。

 ユーノの身体は前に(かたむ)き、体勢を低くして地面を蹴るように。二〇〇の武侠(モムノフ)に向け雄叫(おたけ)びとともに、物凄い速度で突撃を開始していくユーノ。


「いっっ──くよおおおおっっ!」


 突然、猛獣を思わせる咆哮(ほうこう)をぶつけられた二〇〇の武侠(モムノフ)の思考は、まさに困惑の()只中(ただなか)にあった。

 無理もない。何しろ、向かってきたのは(よわい)十ほどの幼い少女がたった一人なのに。突撃してくる速度は少女とは思えぬ、それこそ騎馬と同等かそれ以上の速度で迫ってきていたのだから。


「う……うおっっ?」

「ひ、ひっ──」


 ある者は少女の姿にすっかり油断し、またある者は少女が発した大声で身体が萎縮(いしゅく)し。武侠(モムノフ)の中には、地面を蹴り駆けるまでユーノの所作の見事さに見惚(みと)れる者までおり。

 二〇〇名の武侠(モムノフ)、そのほぼ全員が持っていた武器を構えるのを忘れてしまっていた。


「まずはぁぁ───ひとりいいいっ!」


 ようやく少女(ユーノ)を「敵だ」と認識出来たのは。


「がっ……はあああああああ⁉︎」


 突撃してきた少女の拳をまともに喰らった武侠(モムノフ)の身体が浮き上がり。後方に待機していた数人を巻き添えに吹き飛ぶ様を目撃した後だった。

 だが、まさか幼い少女の拳で大の男の身体が宙を舞う、などという事実を目の当たりにしたところで。(にわ)かに信じ(がた)い事実を即座に受け入れられる筈もなく。


「な、な……一体何をした? というか……お前は一体な、何者な──」


 構えた武器の先を向けながら、武侠(モムノフ)らは半信半疑のまま少女(ユーノ)へと敵意の有無を問うが。

 彼らの躊躇(ちゅうちょ)を、戦士であるユーノが見逃がす道理はなく。


「──おそいよ」


 最もユーノに近い位置に立っていた武侠(モムノフ)が、台詞を言い終えるよりも前に。

 ユーノは既に身体を(ひね)り、次の攻撃への力の「溜め」を完了し終え──そして。

 溜めた力を全部乗せたからか(うな)りをあげて放たれた拳が、武侠(モムノフ)の腹を直撃する。


「……げふぁ‼︎」


 ユーノが繰り出した拳は武侠(モムノフ)の腹に痛々しく()り込み、衝撃と痛みで身体を大きく折り曲げ。

 苦悶(くもん)の表情を浮かべ、口からは大量の吐血を地面にぶち撒けながら、力無くユーノの拳に体重を掛けて崩れ落ちていく。


「「き、貴様あああああ!」」


 さすがに二度も、同士である武侠(モムノフ)を目の前で倒され、躊躇(ちゅうちょ)し続けているほど甘い性格ではなかったようで。

 戸惑う自身を(ふる)い立たせるため、大声を張り上げながら。敵である少女(ユーノ)に向け、周囲にいた武侠(モムノフ)らが持っていた武器を振り下ろしていった。

 至近距離の上、少女は拳を繰り出した隙だらけ。確実に仕留めた、と武器を振るった武侠(モムノフ)らは確信したが。

 

「なっ……? ひ、人の身体を、盾に……だとお?」


 ユーノは拳に体重を掛けて、意識を失っていた武侠(モムノフ)の身体を腕一本で真上に持ち上げると。

 武侠(モムノフ)の身体で、自分に向け放たれた複数の武器を全て受け止めていった。

 意識のない武侠(モムノフ)の身体に、振り下ろされた曲刀の刃や槍先が喰い込み。複数の攻撃が確実に止めを刺していった。

 

「ふう、あぶなかったあ」


 人の生命を代償にしたというのに、大して悪ぶる様子もなく、軽い口調で防御が間に合った事を喜ぶユーノだったが。

 実は、隙だらけになり動けなかった……というのは、武侠(モムノフ)らの思い込みによる勘違いであって。頭上より放たれた複数人の攻撃を回避する程度の余力を、ユーノは残していた。

 にもかかわらず、()えて敵の身体を利用して楯代わりに攻撃を防ぐような真似をしたのか。

 ──それは。


「う、う……うわあぁぁぁぁっ?」


 仲間を自分の手で傷付け、(ある)いは生命を絶ってしまったという事実に。耐え切れなかったのか、絶叫しながら握っていた武器を離してしまう武侠(モムノフ)


 先程の自分の突撃でも、咄嗟(とっさ)に迎撃の体勢を取らなかったり。目の前で敵を一人吹き飛ばしてもなお、まだ話をしようとする態度から。門の前に集結していた二〇〇名の武侠(モムノフ)を、戦闘慣れしていないと判断し。

 ならば、仲間である武侠(モムノフ)を楯にすれば攻撃を躊躇(ちゅうちょ)し、逆に大きな隙を見せるかもしれないと。

 ユーノは、この動揺を誘い狙ったのだ。


 それに、攻撃を回避するためには。せっかく敵陣の懐に踏み込んでおきながら、空いた場所のある背後へと跳び退()かねばならず。

 一度前に進んだのに退()くのを勿体(もったい)ない、と思ったユーノの性格もあったのだろう。


「ぶき、てばなしちゃだめだろっっっ!」


 そう叫んだユーノは、武器を手放した武侠(モムノフ)にではなく。

 仲間に武器を振り下ろしてなお大した動揺も見せずに、次なる一撃をユーノへと繰り出そうとしてくる武侠(モムノフ)へと。

 片手で持ち上げ、楯代わりに用いた(あわ)れな武侠(モムノフ)の身体を投げ付けていった。


「う、うおおおっ? だがっ!」


 攻撃のために前のめりになっていた体勢では、一度攻撃を止める以外に投げ付けられた武侠(モムノフ)の身体を避ける手段はなく。

 一度、攻撃を止め。片手で勢い良く飛んできた武侠(モムノフ)の身体を何とか払い落とすも。


「なっ?……あ、あの(わっぱ)は何処にっ!」


 武侠(モムノフ)の視線の先には、先程まで目の前にいたユーノの姿がなく、焦りの色を(あら)わにすると。

 違った視点から仲間の一人が、ユーノの現在位置を何とか捉える。


「し、下だっ!」


 だが、目で周囲を隈無(くまな)く追い、口頭で位置を伝えて、狙われた武侠(モムノフ)の身体がそれに反応する速度よりも。

 武侠(モムノフ)を放り投げた後、まるで四足で走る獣のような一層低い体勢を取って地面を蹴り。疾風の(ごと)き速度で駆け抜ける、ユーノの次の一手が早かった。


「う──りゃりゃああああああああ!」


 狙いを定めた武侠(モムノフ)の足元にまで一気に距離を詰めると。

 武侠(モムノフ)が握る刀剣の刃を逆さまにし、真下へと突き刺すよりも早く。

 一瞬、地面を蹴る方向を変えて。地面に突いた片手を軸に身体を反転させ、高速で地を這うように駆けた勢いを今度は脚に乗せ。

 武侠(モムノフ)の両脚目掛けて、風を切り裂くほどの威力を秘めた蹴りをユーノは放つ。


「がっ……ぎゃあああああああ⁉︎ あ、足があ!」


 ユーノは素足。対して武侠(モムノフ)は金属製の脛当て(グリーヴ)を装備していた。

 にもかかわらず、蹴りが直撃した脛当て(グリーヴ)の箇所はぐしゃりと変形し。武侠(モムノフ)の両脚はあり得ない方向に曲がり、地面に転げ回りながら激痛で絶叫していた。

 

「いっ……たあ……っ、ふぅ、ふぅっ」


 一方で、脛当て(グリーヴ)を変形させる程の威力の蹴りを放ったユーノはというと。

 さすがに素足で金属製の防具と衝突した足が痛かったのか、その場で(しゃが)み込み。まるで熱い物に触れた時のように、蹴り足に息を吹き掛けていく仕草を見せる……が。


「い、今が絶好の好機……なのでは?」

「い、いや……あれは我らを油断させるための罠やもしれぬ。まずは陣形を立て直すのが先だ」


 ユーノを取り囲んでいた武侠(モムノフ)らの誰もが、一瞬にして三人が戦闘不能に追い込まれた状況を深刻に捉え。もう「少女だから」と油断をする者は、この場に誰一人としていなかった。

 明らかに隙を見せていた少女(ユーノ)に対し、遠巻きに武器を構えながらも不用意に攻撃を先走る真似は誰もせず。

 戦闘不能になった仲間を外へと連れ出し、再び複数人でユーノを取り囲む。

 

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