9話 アズリア、氷の壁に驚く
「……へえ、最初は自然に空いた岩穴を棲家に使っているかなって思ったけど……コレって魔法で?」
「ああ、そうだ。もちろん全部ではないが、我々有翼族は風魔法の素質に恵まれているからな。その魔法で岩壁を削って住居用の空間を作っているのだ」
有翼族の集落へと足を踏み入れたアタシは、山嶺付近の岩壁に不自然に空いた幾つもの洞窟の中を棲家として生活しているアイビー以外の有翼族の様子を見ながら。
傍で案内役になっているアイビーに色々と質問責めにしていくアタシだった。
リュゼ達をはというと、さすがに足場の悪い山路を歩き詰めだった疲労を癒すために、集落の入り口で他の有翼族に介抱されている。
「……で、お前もあのニンゲンを連れ帰りにここまで来たのだろう?」
「んー……実はアタシはリュゼ達の付き添いでね、ここに拐われたって子供、としか聞いてないんだよねぇ」
「……それも誤解だ。あの子は我々の話を聞いた上で、ならば自分を集落に連れて行って欲しいとあの子供に頼まれたのだ」
……どうもリュゼらから聞いていた話と食い違う部分が出てきた。今アイビーから聞いた話が本当なら、その子供は拐われたのではなく自分の意思でこの集落に来た、という事になる。
ならば何故その子供がわざわざこんな山嶺にある集落に来る必要があった?
「……まあ、その子供にはリュゼ達が動けるようになったら会わせてあげて欲しいんだけどさ……で、アイビー。アタシらに頼みたい事って何さ?」
すると今まで歩いていたアイビーが立ち止まると、突然翼を羽ばたかせて空へ飛び上がり、着いてきて欲しいとアタシをとある場所へと誘導していく。
「実はその子供の話と、アズリア達に頼みたい事は繋がってる話なのだ……本来なら他種族にあまり知られたくないことなのだが、我々には最早打開出来る手が見つからなくてな……」
そこは集落の奥となる場所の洞窟……なのだが。
何故か穴の入口から漂ってくるヒンヤリとした冷気を肌が感じ取り、思わずブルッと身体を震わせてしまう。
山嶺という場所だから空気が冷たい、ということを加味してもこの穴から漏れ出す冷気は異常だ。
……それに、冷気だけじゃなくこの洞窟全体から感じ取れる魔力は……どこか別の場所で感じた事がある、そんな気がしたのだ。
「……なあ、この冷気は一体……?」
「それは、この洞窟の中に入って奥を見てみれば分かる。着いてきてくれアズリア」
確かに冷気の謎は気にはなるが、ここは言われる通りにアイビーの後を着いて洞窟の奥へと歩いていく。
少し歩いていくと、行き止まりとなった洞窟の奥の少し開けた場所に辿り着く……そして、そこには大きな氷の壁がそびえ立っていたのだ。
ひたその美しく透き通った氷の壁の中には、一人の有翼族の、しかも子供らしき人物が眠ったように封じ込められていたのだ。
「もしかしてアンタらの頼み事ってのは、この氷の中の子供を助けろってことじゃ……」
「……あれはただの子供ではない。詳しく話す長くなるが、我々有翼族にはごく稀に男の性別を持つ個体が生まれ、部族で『王子』という立場として重宝され育つのだ」
雄が存在せず、人間の男を拐い繁殖に利用する女面鳥とはその点が違うのか、と有翼族の生態をまた一つ知れた上で。
アイビーの話の続きを黙って聞いてみる。
「だがある日、この洞窟にあった何か魔法の仕掛けが発動してこのような厚い氷の壁が現れ、不運にもその時この場所に居合わせた王子は氷の中に閉じ込められてしまったのだ……」
「そうかい、そんな事情があったんだね」
今の話で、アタシは有翼族側が抱えた事情の全てを理解が出来た。集落の誰も問題を解決出来る手段がない、となれば。
偶然にも険しい山道を通過しようとする、違う種族であるアタシらに助力を頼んできたのも。アイビーとしては僅かな希望だったのだろう。
だが。
「なあ、だとしても。今の話がこちらの探し物と関係してる……ッてコトにゃ繋がらないんだが」
「わかってる。問題はあちらを見てくれ」
有翼族の王子とやらが閉じ込められていたのとはまた違う方向を、アイビーは指差していく。
その先には、もう一人。
氷壁に閉じ込められていた人影が見えた。
「あ……ありゃあ?」
アイビーが指差した先、アタシが目を凝らしてその人物の外見を確認すると。
王都で出会ったシェーラやカイト達と同い歳ほどの。短く切りそろえられた金髪に、少しばかり妖精族の面影を残す程度の尖り具合の耳と……どことなく女の子のような顔つきの柔らかい雰囲気を纏った少年の姿。
そして……リュゼ達が探している子供、というのはきっとこの少年なのだろう。
アタシが直感的にそう思ったのは、どことなく身分の高そうな独特の雰囲気を漂わせていたからだ。
「な、なあ? 山頂は有翼族……アンタらの棲み処なんだろ。王子とやらは分かるけど、何であんな子供がッ?」
「……あのニンゲンの子供は、王子を救い出す知識を持っていたが故に。無理を言って山頂まで来てもらったのだ」
無理に──という言葉にアタシは反応し。アイビーに睨みを利かせ、背中の大剣に手を伸ばす。
確か、似たように鳥と人間を合わせた姿の女面鳥は空を飛び。村や街から男の子を掴んで誘拐していく習性がある。
王子を救出するためとはいえ、もし人里から無理矢理に攫ったのだとすれば。アタシはこれ以上、有翼族に協力など出来ないからだ。
「ち……違うぞ! け、決して強引に攫ったのではない! ニンゲンにはしっかりと事情を話した上で、承諾したから連れて来たんだ!」
「……そうだったのかい」
無理やりではない、と聞いて。アタシは敵意と一緒に背中に伸ばした手を引っ込めた。
アタシは確認のために、睨まれた事で少し萎縮したアイビーに訊ねる。
「なあ。氷の中の二人は……まだ、生きてるのかい」
残酷なようだが、重要な質問でもあった。もし二人が、周囲を覆う厚く透き通った冷たい氷の中で息絶えているのであれば。時間を掛けて遺体を掘り出せば良いだけの話で済む。
しかし、もしまだ氷壁の中で二人の生命の炎が消えていないというのなら。早急に氷の壁を破壊する必要があるからだ。
「ああ、二人はまだどうにか生きている。だが──」
アイビーが言葉を濁す理由も、痛いほど理解が出来た。つまりは厚い氷壁から二人を救い出す手段、それこそアタシらに助力を求めた理由なのだろうから。
同時にそれは、アイビーら有翼族には氷壁を破壊する手段が皆無、という証でもある。
背中の大剣で氷壁を破壊する、という手段もあるが。何も考えずに氷を壊せば、崩れてくる氷の破片に内側に閉じ込められた二人が押し潰されてしまう可能性もある……となれば。
ロシェットのイメージに近いCVは釘宮理恵さんです。
ちなみにアズリアCVは渡辺明乃さんかな?




