97話 アズリア、一の門へと到達すると
同じ頃、シラヌヒ城一の門では。
門の警備の武侠らが、それぞれに思い思いの会話を交わしていた。
「……おい。聞いたか?」
「ああ、フブキ様の偽者の話だろ」
門に集められた二〇〇の武侠は、当主の座に就いたジャトラによって用意されたフブキの偽者を見ており。
真実とは異なる情報が伝えられ、城にいる偽のフブキこそが本物だと信じ切っていた。
「なんでも連中、フブキ様に似た顔の女を立てて。このカガリ家に叛旗を翻したそうだ」
「フルベが陥落たのも、その連中の仕業だとか……」
当然、フルベの街の領主リィエンが討たれたという情報は彼ら武侠の耳にも入ってきてはいたが。
まさか本物のフブキが関係していた、などとは微塵にも思ってはおらず。
ジャトラの命令を信じて、カガリ家に叛意を向ける敵を迎え撃つために一の門に集結させられていた。
「だが、それなら。一の門ではなく、シラヌヒの関所にもある程度は兵を置くべきでは?」
「ああ、オレもそう思うんだが……ジャトラ様がそう命令を下したなら、口を挟める者はいないだろ」
武侠らの交わす言葉の通り、本拠地を目指す敵を迎え撃つのであれば。城門ではなく、一つしかない街の入り口の前面でこそ迎え撃つべきだと主張するが。
それでもジャトラは。二〇〇という、シラヌヒに待機していたほぼ全員ともいう武侠の数を城門に配置する。街への入り口が一つしかない、という本拠地の場所の強みを完全に捨てて。
──こうして。
警備に携わる武侠らが、あちこちで会話をしているのも。既に門の警備に配置されてから三日となる。
にもかかわらず、数少ないものの街の入り口に配置された見張り役からは。一切の不審な気配が接近してくるという報告もなく。
二〇〇の武侠のほとんどは、警戒心が緩みきり。すっかり油断していたというのもあったが。
『て……敵だっ! 敵だあああああっ!』
一の城門に配置されていた見張り台に立つ武侠の、周囲に響き渡る大声によって。
一瞬で弛緩した空気が緊張感で張り詰め、ガチャガチャと武器を構える音で門の前は騒然とする。
だが、二〇〇の視線が一気に城下街と城を繋ぐ道に集まるも。
見張りの男が叫んだ、敵の姿を見つけることは誰にも出来ず。全員が敵の姿を目視しようと、周囲を忙しそうに見渡していく。
誰もが「敵襲だ」と聞いて、てっきり多勢の騎馬兵が街の入り口を強行突破してくるものだと想定していた。
でなければ、街の関所を警護する武侠との交戦で、大きな音が発生している筈だからだ。
「お、おい?……もしかして、敵ってのは……アレ、か?」
だが、武侠の一人が叫び声を上げ。全員が注視していた城下街とは全く違う方向を指差したその先には。
一人の年端のいかない少女と。
その背後には、馬に跨がり。信じ難い巨大な武器を片手に構えていた武侠の姿を見つける。
確かに……侵入者には違いない様子だが、想定していた敵の姿と数ではなく。全員の緊張感がまた一気に緩んだ、その瞬間だった。
まだ幼さが抜けぬ少女の背後にいた、騎乗し巨大な武器をぶら下げていた赤髪の武侠。
その後ろに跨がっていた見覚えのある顔の女が、門を守る二〇〇の武侠に対して口を開く。
「私はカガリ家前当主イサリビの娘、現当主マツリの妹であるフブキ。門を守る武侠たちよ、道を開けて頂戴っ!」
この時、馬上のフブキは。多少なりともジャトラよりも、前当主たる父親や姉マツリに忠義の心が残っているならば。幽閉されていた自分が帰還した事を知り、戦意を引っ込め、武器を納めてくれるという淡い期待をしていた……が。
彼女の期待に反して、門を守る武侠らは周囲の仲間らと互いの顔を見合わせると。大きな声で笑い始め、名乗りを挙げたフブキへと敵意を露わにした視線を向け。
「馬鹿な事を言うな! この偽者め!」
「──っっ⁉︎」
「フブキ様は今でもジャトラ様の庇護の元にある! 外から来た貴様のような女がフブキ様を名乗るなど無礼にも程がある!」
武侠らの中から、フブキへの罵声までも飛んでくる始末だった。
あろう事か、カガリ家に属する武侠から「偽物」呼ばわりされた彼女は。相当に堪えた様子で、完全に押し黙ってしまう。
「そ……そん、な……っ」
おそらくは……自分の言葉に、全員が素直に従ってくれるとはさすがに思ってはいないものの。まさか全員から強く拒絶されるとは想定してなかったのだろう。
以前、負傷したフブキを幽閉された場所から救出した際に。アタシらの前に立ち塞がったカガリ家の重鎮を名乗る武侠・ナルザネから聞いた話によれば。
ジャトラは人質としていたフブキの逃亡を周囲に悟られないよう、予め彼女の偽者を用意していたということだが。
既に偽者のフブキを「本物だ」と、自分の部下へと信じ込ませる根回しは終わっていたというわけだ。
「ははッ。さすがは街でなく城門にほとんどの兵を配置するだけあって、自分の保身は徹底してる……ッてワケかい」
一の門に向かう直前、アタシは一連の黒幕である人物・ジャトラの性格を。これまでの彼のやり口から「保身に走る」傾向にあると想定してみせたのだが。
ここまで徹底されていると、敵ながらその手腕には感服する。
これで、一の門を安全に突破するには。
まず門を警護する二〇〇を超える武侠らを、全員排除するのが必須となったわけ……だが。
「──なあ、ユーノ」
「ん、なになに、お姉ちゃんっ?」
十数歩、先を歩いていたユーノにアタシが声を掛けると。
脚を一旦止めて、目線は門の前に集まる二〇〇の武侠へ真っ直ぐに向けたまま。アタシへと言葉を返す。
早速アタシは馬を走らせ、武侠を蹴散らすために大剣を振るいたかったが。
後ろに乗っていたフブキの精神的打撃は、アタシが予想していたよりも大きかったようで。肩越しに彼女の様子を確認すると、唇をきゅっと噛み、身体を小さく震わせ呆然としていた。
このまま馬を走らせてしまうと、フブキが馬の背から落馬してしまう事を考慮し。
「少しばかり、一人で任せても……イイかい?」
一旦、フブキに冷静さを取り戻させるための時間を稼いで貰おうと。ユーノに単騎で、二〇〇の武侠との戦闘を頼む。
魔王領からずっと一緒にいたユーノは、獣人族の優れた身体能力と。魔王様の側近として重ねてきた戦闘経験を遺憾無く発揮してくれた、確かな実力の戦士ではある。
だが、一の門に来る前に確認した時には「一〇〇人までなら」と言っていたユーノだ。さすがに二〇〇もの数を最後まで相手には出来ないだろう。
もし……フブキが回復に時間を要するなら、アタシが馬を降りて戦うのもやむ無しと考えていた。
だが、当の本人はというと。
「んふふー、まかせてっ!」
と、ようやくアタシに振り向いたかと思うと。歯を見せるほどの満面の笑顔を浮かべながら、握った拳をこちらへと突き出してみせた後。
跳ねるような軽快な歩調で一の門へと歩を進めると。




