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96話 アズリア、待ち受ける敵の数を知り

 こうして一つめの門の位置を知ったアタシは、ユーノに門のある方角を指差しながら。


「この方角の先にどれだけの人数がいるか……わかるかい、ユーノ?」

「うん、やってみるねっ」


 アタシの要請に応えるように。まだ洞穴の中から、目視では測れない距離にいるであろう人間の気配を感じ取ろうと。

 ユーノは集中のため目を閉じ、頭上から生やした両耳をピンと立てていく。


「む……むぅぅ……えっとお……んんん?」


 だが、感知していたユーノの口からは(うな)り声が漏れ始め。その顔には(けわ)しい(しわ)が浮かんでいた。

 やはり洞穴の中からでは、外の気配を感じ取るのは難しいのだろうか……と思っていたのだが。

 ユーノの口から漏れる言葉を良く聞いてみると。


「えっと……にじゅうのつぎって……なんだっけ?」


 どうやら、ユーノが(けわ)しい表情をしていたのは。

 敵の位置を察知するのが難しかったという理由(わけ)ではなく、ただ単純に二十以上の数をユーノが数えられなかったからのようだ。


 余談だが。ユーノが二十までしか数字を読めない、というのは別段珍しいという話でもなく。

 農村や小さな街でも、子供にもある程度の計算が出来るようにと。大人らが五、六歳頃の子供を集め、簡易的な学校のような場所を設けて簡単な数を教えるのだが。

 大概の場所では、二十以上の数は細かく学ばせない。通常の生活をする上で、二十以上の数を計算する必要はあまりないからだ。

 二十以上を詳細に数えられるのは、大都市にある本格的な勉学を教える学校や。兵士になるための士官学校、そして「学校」と聞いて一番有名な魔術学校だけである。

 ……人間とは離れた魔王領(コーデリア)で生まれ育ったユーノもまた、島の中で同じように二十までの数字を学んだのではなかろうか。


「んっと、んっと……」


 ともかく、今ユーノが感知している気配が二十以上ある、という事実をアタシは把握し。

 両の指を使っても、十までしか数えることが出来ず。数に苦戦していたユーノの頭にアタシは手を置き、集中を一旦中断させる。


「で、どうなんだい。この先に敵が大勢いるのかい?」

「う、うんっ、たっっくさん、いるっ!」


 アタシの問いに対し、ユーノは開いた両手をこちらへと突き出してきて。


「えっとね、このさきににじゅうのあつまりが……これだけいたよっ!」

「──へえ」


 この時、ユーノの対応を見たアタシの口から出たのは純粋な感嘆(かんたん)の声だ。

 ユーノは、自身が二十以上を数えられないと見るや、一旦その集団を二十で区切り。また別の集団を一から数え直していったのだ。

 こうして二十人の集団を何個も作り、その集団の数を両の指で計算していった……その結果をアタシに見せてくる。

 おそらくは誰かに学んだ事ではなく、この場で突発的に(ひらめ)いた発想なのだろう。アタシはユーノの発想の柔軟さに、素直に驚くしかなかった。


「二百人、それが敵の数ってワケだねぇ」


 と同時に、アタシらの前に立ち塞がる敵の軍勢の数が、二十人の集団が両の指の数……つまりは十個。

 合計すると、二百人の武侠(モムノフ)が一つめの門に待機しているということになる。


「に、二百人って、ちょ、ちょっと待ってっ? そ……それって、シラヌヒに常駐(じょうちゅう)してる武侠(モムノフ)のほぼ全部じゃない!」


 アタシとユーノのやり取りを後ろで聞いていたフブキが、二百という敵の数を耳にして驚きの声を上げる。

 つい先程、アタシは黒幕(ジャトラ)の性格をこれまでの手口から予想していたが。全ては想定通り、自分が動かせる戦力を自身の保身のために、城の警護に使っていたのだ。

 アタシは予想が的中していたことに、思わず笑わずにはいられなかった。


「へえ……やっぱり、ねぇ」

「わ、笑い事じゃないわよアズリアっ? 敵の数は二百なのに、こっちは私を入れても四人……これじゃいくら何でも──」


 圧倒的な数の暴力を前に、焦りの色を濃くするフブキだったが。

 大騒ぎする彼女(フブキ)の態度をよそに、アタシは当然だとしても。目の前にいるユーノも、最後尾にいたヘイゼルにも全く焦る様子は見られなかった。

 彼女(ヘイゼル)は、腰にあった二本の単発銃(マスケット)の一本を片手に握り。もう一本を胸の狭間(はざま)に仕舞い込みながら。

 

「あたいは、まあ……三十ってとこだな」

「ボクはこれだけっ!」


 アタシとフブキに対し、ユーノは今度は片手を突き出し、五本の指を開いてみせるが。

 魔王領(コーデリア)でも、人間か勝手に建国した神聖帝国(グランネリア)と争いを繰り広げ。最前線で戦っていたユーノがたった五人とは考えにくい。

 先程までの話の流れだと……もしかしたら。


「それはさ、二十人を五つ、ッてコトかい?」

「うんっ、そうだよ?」


 何と、ユーノは二百人の半分に当たる百人を「自分が倒す」と言い出したのだ。

 だが、療養所を襲撃してきた複数人の武侠(モムノフ)と、合流したばかりのヘイゼルとユーノとの戦闘の様子をアタシは思い返すと。


 あの時……ヘイゼルの用いる火薬を用いた大陸でも最先端の射撃武器・単発銃(マスケット)は。武侠(モムノフ)の胸をなす(すべ)なく撃ち抜き、生命を刈り取っていたし。

 獣人族(ビースト)としての(たぐ)(まれ)な身体能力の高さを存分に使ったユーノの格闘術は。異国の武器を用いる武侠(モムノフ)も防御も回避すら出来ず、繰り出す拳によって次々に倒れていった程だ。

 

 もし門を警護する武侠(モムノフ)の実力が、襲撃してきた連中とほぼ同格ならば本当に可能ではないかと考えてしまっていた。

 しかも、ユーノの本気はあんなものではないことをアタシは知っている。


「百人とは大きく出たねぇ。じゃあアタシは、残りを担当させてもらおうじゃないか」

「何なら、お姫様はあたいの馬に乗ってもらってさ。あんたら二人でいいんじゃねえのか?」


 ユーノの提案を止めるどころか、まるで街中を歩くのに誘うかのような軽い口調で、背中を押すような言葉を口にするアタシ。

 と同時に。ヘイゼルもまたユーノが百人も相手にするという事に何の懸念も抱かず、軽口を叩く様子に。

 

「は?……ま、まさか、本当に二人で二百の軍勢を突破する気なの?」


 フブキが複雑な表情をするのは、当然とも言える。

 今の状況こそ、二百人の武侠(モムノフ)とは敵味方と相反する陣営にあるが。本来であれば、彼ら二百人は姉マツリを警護するための軍勢でもある。

 カガリ家にとって最重要人物を警護するべき軍勢が、たった二人に突破されたとなれば。カガリ家の関係者であるフブキにとっても、素直に喜ばしい事態ではないだろうからだ。


「相手が話し合って、道を開けてくれるのならさ。倒さなくても済むんだけどねぇ」

「そんなの無理に決まってるじゃないっ!」

「だよねぇ──だから、さ」


 だが、今はそんなフブキの心情までを配慮(はいりょ)している余裕はない。

 立ち塞がる敵ならば、相手が誰であろうが容赦も遠慮も無用だ。

 アタシは背中にあったクロイツ鋼製の巨大剣へと手を伸ばし、右手で構えていくと。


「さて、お姫様(フブキ)はどうするね? 門に突っ込むアタシと一緒に来るか。それとも、後ろでヘイゼルと一緒に待ってるかい?」


 背後にいたフブキへ振り向き、馬を乗り換えるかどうかを問い掛けていく。

 当然、二百人という乱戦になってもフブキの身の安全をアタシは全力で護るつもりではあるが。最前線に身を置く以上は、生命を狙われる恐怖に晒される事となる。

 出来ればここは素直に、二百人との戦闘に参加する気のないヘイゼルと一緒に。後方で待機しておいて欲しいものだが……。

 

「い……いいわっ。一緒に行ってやろうじゃない」


 そう言ったフブキは、アタシの脇腹をギュッと強く掴んで。馬から降りない、という意志を示してきた。

 何故、この状況下でアタシと一緒にいることを選択したのかは謎ではあるが。

 アタシも降りるか降りないかの選択を当人(フブキ)(ゆだ)ねた手前、今さら「後方で待機していて欲しかった」などと異議は挟みにくい。


「はぁ……わかったよ。じゃあ精々(せいぜい)、振り落とされないよう、しっかり掴まってるんだぜ」


 背中へとぴったりしがみ付くフブキに、アタシは溜め息を一つ()くと。

 (シュテン)(たてがみ)を撫で、(かかと)で腹に触れ。洞穴の外へと馬の歩を進めていくと。

 百人を倒す、と口にしたユーノもまた。握り締めた両の拳を何度も打ち鳴らし、鼻息を荒くしながらアタシらの前を早足で歩き。


 ──アタシらはシラヌヒ側の出口を潜り抜ける。

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