93話 アズリア、緊張感のない一時
本拠地を守る城門、というからには。さぞや門の構造は頑丈に出来ているのだろう。
フルベの街の領主の屋敷の門ですら、一度内側から閉ざしてしまえば、人の手では開かないような構造と大きさだったからだ。
アタシは、横に並んでいた馬上のヘイゼルにある事を訊ねていく。
「なあ、ヘイゼル。その……あの時使った炎傷石は、まだ残ってるのかい?」
炎傷石とは、表面に傷が入ったり混じり物が多く売り物にならない宝石の原石に火属性の魔力を込めた魔導具で。地面などに叩きつけ破壊すると、内部の魔力が反応し、かなりの威力の爆発を起こす。
フルベの街の時は領主の屋敷の門を、ヘイゼルが予め用意した炎傷石の爆発で破壊したのだった。
こちらの侵入を阻む城門も、或いはヘイゼルがまだ所持している炎傷石があれば……と期待したのだが。
そんな問い掛けにヘイゼルは、アタシへと手を伸ばし、舌を出しながら答えていく。
「馬鹿、とっくに空だってえの。大体……高価な魔導具、そう何個を持ってるわけねえだろ」
「まあ……そんな都合良くはないよ、ねぇ」
伸ばした手の指を開いて見せたのは、もう手持ちの炎傷石がないという表現だったのだろう。
ともかく、ヘイゼルが炎傷石を所持していないという事は。フルベの屋敷のように、城門を破壊して強行突破……とはいかないようだ。
「と、とにかくアズリア。まずは道の出口まで行きましょう?」
考え事を始めようとしたアタシの背中を揺すり、シラヌヒに続く道の先を指差すフブキ。
「ははッ。そういや、まだアタシら、目的地に到着しちゃいなかったんだよねぇ……」
そう言えば……今のアタシらは目的地に到達したわけではなく。
あくまで道中、横目に微かに見えたシラヌヒを覗き見るため、道から逸れ、目的地の全容を眺めることの出来る崖の上に立っていたのをすっかり忘れていた。
フブキの指摘で、馬を駆るアタシとヘイゼルは手綱を引いて向きを反転させ。馬の位置をアタシらが走ってきた山道へと戻し。
今まで登り道だったのとは真逆、崖下にあった目的地へと向かうためにアタシら一行は山道を下っていく。
「もしかしたら。ジャトラはまだ私たちの到着を知らずに、門の警備をしてないかもしれないし……」
「……そうだとイイねぇ」
取り繕ったように、あまり自信のない口調でジャトラの油断を願うような発言をするフブキに。
敢えて否定こそしなかったが、心の中でアタシは。黒幕は既に秘密の抜け道の存在を知っており。フルベの街をジャトラの支配下から解放したであろうフブキが、抜け道を用いて本拠地に向かっている事もとっくに知っていると確信していた。
その証拠が、道中で襲撃してきた魔竜の眷属だ。
眷属どもがただ偶然で隠されていた山道を発見し、アタシらと遭遇したのであったなら。あくまで眷属の敵を嗅ぎ付ける感覚が鋭い、で済ませられる話だが。
あの連中が仕掛けてきたのは、フブキが顔を知っている自分の妻子を眷属へと変貌させ。その姿をある程度利用して、待ち伏せによる奇襲を行ったのだから。
しかも、その眷属が帰還しないとなれば。いよいよフブキが姉マツリの待つ本拠地にやって来るのを警戒するに違いない。
だから。
「──おいユーノ、そろそろアタシらに足並み揃えてくれないかねぇ!」
アタシは馬上から、数歩ほど先を自分の脚で駆けるユーノの背中へと大声で呼び掛けた。
今までは感覚に長けたユーノを先行させることで、周囲の異常をいち早く察知するのを目的としていたが。
「先に出過ぎて、アンタが敵に見つかりでもしたらこっちの作戦が全部台無しになっちまうんだからねッ」
一方で魔竜の眷属の仕掛けてきた待ち伏せの際は。血塗れで倒れていた子供の姿に惑わされ、ユーノが毒に侵されてしまったのを思い出した。
異変を察知する感覚こそ鋭いが、ユーノはまだ年齢相応に色々な状況へと対処する経験が不足していた。
もしジャトラが秘密の抜け道を把握していた場合、出口で再び待ち伏せを仕掛けてくる可能性を考えたからこそ。
アタシは少し強い語気で、先を行くユーノを側へと呼び戻すのだったが。
「あ……い、いや、ユーノッ、そういう意味じゃなくてねぇ?」
口にしてから、少し口調が乱暴だったのに気付いたアタシは。戦闘がしたくて仕方ないユーノの機嫌を損ねてしまったかと危惧をするも。一度口にしてしまった言葉はもう戻らない。
慌ててアタシは、先の言葉を取り繕おうとしたが。
「うん、わかったよお姉ちゃんっ」
「……お、おう」
振り向いたユーノは不機嫌な感じを一切見せず、笑顔のまま。即座に歩速を落とし、アタシの指示通りにこちらとの歩調を合わせてくれる。
あまりに素直に聞き入れるユーノの様子に、アタシのほうが呆気に取られる有様だったが。
一瞬、胸に湧いたもやっとした疑問を解消したのは。並べて馬を走らせていたヘイゼルの言葉だった。
「あっはは! ユーノはさ、蛇人間との戦闘の後に相当落ち込んでたからなっ」
「へ……へ、ヘイゼルお姉ちゃんっ⁉︎」
聞いていたユーノの顔が、みるみるうちに真っ赤に染まり。慌てた様子で突然の暴露を始めたヘイゼルの名を叫んでいくが。
ヘイゼルの口はまだまだ止まる気配はなく。
「あの日の夜、ユーノが見張りの時にずっと『お姉ちゃんに嫌われちゃう』ってずっとブツブツ言ってたんだぜ?」
「そ、それは言っちゃダメえええええ!」
意地の悪そうな笑みを浮かべながら、暴露を続ける馬上のヘイゼルの口を塞ごうと。
顔を真っ赤にしたユーノは軽快な跳躍で。空いていたヘイゼルの騎乗する馬の背に飛び乗った後、ヘイゼルの口を両手で覆おうとしていた。
「……なるほど。それで、あの立候補かい」
確かに魔竜の眷属との交戦では、ユーノはほとんど戦力にはならなかった。
ヘイゼルの言葉が本当であれば、その時の失態を悔いていたユーノが。アタシへの信頼を取り戻そうとするあまり、無謀な正面突破の役を買って出ようとした……という理屈か。
ユーノとアタシは魔王領でも、人間と魔族、獣人族を巻き込む戦争の裏にいた奈落の神と共闘した関係だし。
海の王国までの海上を半月ほど二人きりで過ごした仲でもあり。
つまりは、ただ一度の過ちで失われる程度の信頼ではない……と、アタシは思っていたわけだが。
改めてアタシは、ユーノにその気持ちを伝えていく。
「馬鹿だねぇ、アタシがあんなコトでユーノを嫌いになったり失望したりするワケないだろ?」
「ほ、ほんとうにっ?」
「ああ、ホントだよッ」
「ほんとにほんとっ?」
「ホントに、本当さ」
アタシの言葉を聞いたユーノの表情が、途端にいつもの活気に溢れた満面の笑顔に変わり。
口にした言葉の意味が本当かどうかを、一度だけでなく二度も聞き返してくる。
当然、本心を語ったアタシは一度目も、二度目も首を縦に振るが。
「ほんとにほんとに、ほん──」
さすがに三度目の確認になった途端。
このままでは会話に終わりが来ないと思ったのだろう。
「もういいだろ」「もういいでしょ」
ヘイゼルとフブキ。二人が会話に割り込んできて、三度目のユーノの問い掛けを遮ってくれたのだ。




