89話 三人組、戦術が崩壊する
かたや、対峙する蛇人間も。痛みを感じていないのか、斬り落とされた腕を気にする様子も見せず。
斧刃が半ばまで喰い込んでいた、もう一方の腕の傷口も既に塞がっており。
鋭い爪を延ばして前衛の二人を待ち構えていた。
「ちっ……だったら、次は治らねえ傷をしっかり付けてやるぜっっ!」
勇ましい台詞を口にするエルザだったが。蛇人間の片腕を切断した一撃は、空高く跳躍した勢いを上乗せした攻撃であり。力を溜めていない状態から、先程の威力を超える攻撃を繰り出すのは不可能に近い。
それに……あくまで彼女の役割は、後衛の魔術師が詠唱を終え、魔法を発動させるまでの時間稼ぎだ。
蛇人間が動き出すよりも先に、腰を低く落として地面を蹴って一気に距離を詰めると。長く持った両斧槍の鋭い槍先を、蛇人間の胸板目掛け一直線に繰り出していく。
斧刃による斬撃と槍先による刺突、二つの攻撃手段を合わせ持つ両斧槍という武器を有効に使った攻撃。
「──おぉらぁっ!」
だが、エルザが掛け声とともに真っ直ぐに突き出した両斧槍の一撃は、蛇人間の胸を貫くより前に。
構えていた鋭い爪に阻まれてしまい、衝突した槍先と爪の間に火花を散らし。エルザの刺突は蛇人間の身体を逸れ、弾かれてしまう。
「おらおらあっ、これならどうだあっ!」
それでもエルザは一歩も退くことなく、弾かれた武器を即座に立て直し、再び蛇人間に対して腕の力だけでの刺突を放っていく。
片腕しか使えない蛇人間ではあったが、エルザの刺突を長く延ばした四本の爪で、これまた先程と同じく防御されてしまうが。
構わずに次から次へと、蛇人間に対して連続で突きを繰り出していくエルザ。
「エルザのやつ……威勢の良いこと口走ってたから心配したけど、役割忘れてなかったんだな」
好戦的な性格のエルザであれば、攻撃を弾かれた時にさらに威力を高めた一撃を繰り出そうと。体勢を立て直すために一旦退がっていた筈だが。
今のエルザが明らかに威力よりも、足止めのために手数を優先していたのは。背後に控えていたカサンドラから見ても一目瞭然だった。
彼女の見立て通り、片腕しか使えない蛇人間は防御に徹することを余儀なくされ。その場から動けずにいたが。
焦りの表情が強くなるのはエルザの側だった。
「ま、まだ詠唱は終わらねえのかよ、っ?」
背後で詠唱を続けるファニーの様子を伺う余裕は全くないためか、唯一返事が出来るカサンドラへと今の状況をエルザは確認する。
彼女が焦る理由とは、蛇人間の切断されていた腕が徐々に元通りに回復しているのが目に見えていたからだった。
身体強化魔法で腕力を増強し、攻撃の手数を増やしている今でさえ。片腕で凌がれてしまっているのだ。
もし蛇人間の腕が元に戻れば、エルザ一人で足止めを続けるのは無理と言わざるを得ない。
勿論、詠唱中も周囲の状況を確認する事くらいはファニーには出来る。
だからこそ、今自分に出来るのは詠唱を完成させて、少しでも早く攻撃魔法を発動させる事だけだ。
──だが。
「きゃ、きゃあああああああ⁉︎」
突然、彼女の口から紡がれていた詠唱が途切れ。
代わりに発せられたのは、悲鳴だった。
「な?……ど、どうしたファニー!」
護衛をしていたカサンドラが、魔術師の異変にいち早く反応し駆け寄るが。
一目見た限りでは、何故に彼女が詠唱を中断して悲鳴を上げたのか、その理由を知る事が出来ずに困惑していた。
「あ、あし……足元っ、足を何かが、掴んでるっ……」
「お、おい、こりゃ──」
ファニーの言葉を聞いて、足元へと視線を落とすと。
先程、エルザの両斧槍で斬り落とされた蛇人間の腕が、ファニーの足首を掴んでいるのが見えた。
何もない、と思っていたところに。突然、斬り落とした筈の腕が脚を掴まれでもすれば、恐怖で詠唱も止まるのも当然だった。
「く、そっ! ファニーから離れ……ろっ!」
まさか、斬り落とした腕がまだ動いて。しかも詠唱を邪魔するために魔術師の脚を掴むなんて誰も思わなかった。
しかも、ファニーの足首を掴んでいた蛇人間の腕は指先から鋭い爪を延ばし。まさに今肌を穿とうとしていた瞬間であった。
慌ててカサンドラは手に握っていた戦杖でぶん殴り、ファニーの脚に爪を突き立てる前に蛇人間の腕を引き剥がしていく。
「この、このっ! この……っ!」
地面に落ちた腕を戦杖で何度も殴りつけ、腕から解放されたファニーも魔法の杖の先で腕をぺしぺしと叩いていくと。
斬り落とされた後も動き、詠唱を妨害までした蛇人間の腕はようやく動くのを止め。黒い煙をもうもうと上げながら、骨へと変わっていった。
ファニーはもう一度、詠唱し直していくが。
詠唱の途中からというわけにはいかず、また最初から詠唱を始めなければならない。
「お、おいっ! 何ださっきの悲鳴はよおっ?」
ファニーの悲鳴は、当然ながら前衛で蛇人間を足止めしていたエルザの耳にも届いていた。
カサンドラは一瞬、今起きた一連の出来事を正直に話すかを戸惑ったが。隠しても意味がないと思い、エルザにありのままを伝えていく。
「悪いっエルザ……敵の妨害に遭って、魔法が中断した。もう少しだけ、持ち堪えてくれないかっ?」
「は、はあっ?……じょ、冗談じゃあねえぞ!」
「わかってる! だから──」
カサンドラは、詠唱を続けるファニーと一度視線を合わせると、互いに頷き合うと。
本来ならばファニーの護衛役として、後衛に近しかった位置取りから。エルザと蛇人間に割り込むように駆け寄ると。
「私が足止め役を変わる! その間に……エルザはユーノ様に教わったあの戦技を使う準備を頼むっ!」
カサンドラが大楯を前面に構えた体勢のまま、体当たりを仕掛ける大楯突撃が。
蛇人間を二、三歩背後に押し下げていき、その隙にエルザとの位置を入れ替えていくと。
エルザが持つ「切り札」とも呼べる戦技。
以前、獣人族の中でも最強を競う種である獅子人族の長である少女と共闘する機会があり。
その際、攻撃魔法の魔力をそのまま身体の周囲に纏い、爆発的な身体強化を可能にする技術を。エルザのみが習得することが出来た、という経緯があったのだが。
或いは、その方法を使えば。ファニーの攻撃魔法が完成せずとも、蛇人間を倒せるのではないかと期待をしていたカサンドラは。
エルザにその方法、「風刃戦態」を使うよう示唆する。
「お……お、おうっ」
カサンドラの言葉に、多少は戸惑う表情を見せたエルザだったが。さすがは戦闘時に状況を判断する能力は長けていたようで。
ファニーの魔法と、蛇人間の腕の再生とどちらが早いかを比較した際にあまりにも分が悪いと踏んだエルザは。
カサンドラの提案に渋々ながらも、首を縦に振る。
──はずだったのだが。
とある人物の登場によって、戦況は一変する。




