8話 アズリアら、有翼族の集落へと招かれる
どうやらこの有翼族を名乗る、女面鳥とよく似た種族はこのスカイア山脈に集落を作り暮らしているらしい。
リュゼらはもちろんこの有翼族に聞きたい事が山程あるだろうが、まずはこの連中の集落に案内してもらうのが一番の近道だろう。
アタシは一歩前に踏み出し、有翼族の一人に提案を持ちかける。
「なあ、飛竜を退治したことに恩を感じてくれてるなら。とっととアタシ達をアンタらの集落? 巣? に案内してくれるとありがたいんだけどね」
「ちょうど良い。我々も飛竜を倒せるような強者に是非頼みたいことがあるのです」
どうやら有翼族の側も、アタシと同様にこちら側に何かしらの提案があったようだ。
「そんな悠長な? アズリア、私達は一刻も早くこの連中に連れ去られた子供をっ──」
アタシと合流するまでにどれだけリュゼ達が山狩りをしていたのかは知らないが。ようやく目的の女面鳥……いや有翼族に出会い、迅るリュゼの心情は理解出来たが。
「まあ待ちなッての、リュゼ」
アタシはそんなリュゼを一旦制して。
有翼族には聞こえないよう小声で。
「だ、だがアズリアっ?」
「ここで下手に追及して向こうに癇癪を起こされたら、また山の中を探し直すハメになるだろ?」
「……確かに、冷静に考えればそうだ。申し訳ないアズリア、少し私が焦っていたみたいですっ……」
冷静になってくれたリュゼに後ろから着いてくる
二人の説得は任せ。
アタシは有翼族に向き直り、交渉を再開する事にした。
「そちらの話は済んだだろうか?」
「ああ……悪かったね、話の途中で。とりあえず頼みを受けるかどうかはアタシ達が集落に行って、その内容を聞いてから判断してもいいかねぇ?」
「それは勿論だ。ところで──」
何しろ、リュゼらが探している人物のこれ以上の探索には、おそらく目の前にいる有翼族らの協力が絶対に必要だと。アタシの直感が告げている。
こちらの提案を飲んでくれた有翼族だったが、どうやら何かしらの要求がある様子だ。
「……何だい?」
「我々が呼びやすいようにあなた達ニンゲンとしての名前を聞かせてもらってもよいだろうか?」
「へ?」
有翼族の言葉に、少しばかり警戒を強めていたアタシは肩透かしを食らい、気の抜けた顔を浮かべてしまう。
向こうが要求してきたのが、ただの自己紹介だけだという事に。
「さすがにいつまでも『ニンゲン』呼びしているのは恩人に失礼だと思って、な」
そう言うと、握手の代わりなのだろうか。
人間でいうなら腕の部分にあたる羽根に覆われた翼を差し出してくる。
確かに有翼族の外見は女性の顔と上半身ながら腕は翼、足は鷲や鷹のような鋭い爪と、女面鳥とほとんど違いがわからないほどだ。
「ああ、そういや自己紹介がまだだったね。アタシはアズリア。それで、後ろにいるのが……」
「私は妖精族のリュゼ。そしてこっちがサイラス、あちらがルーナだ」
片手を上げ、会話に割って入ってきたリュゼが自分と護衛として着いて来ている二人を順に紹介していく。
「私は有翼族のアイビーだ。それではアズリアらニンゲン達よ、我らが集落に案内しよう。こっちになるが、見失わないでくれよ?」
アイビーと名乗ってくれた有翼族の道案内で、アタシ達は彼女らの集落へと向かうこととなったのだが。
どうやら有翼族の集落は山の頂付近にあるようで、ただでさえ険しい上に今朝方までの雨でさらに足場が悪くなった山路は、アタシも肩で息をするほどに疲労が溜まってきていた。
後ろを振り向くと、三人は何とか遅れまいと足を動かしてくれていたが。その表情から疲労困憊なのが読み取れる。
「……はぁ、はぁ……ねぇアイビーさん、はぁ……少しだけ……休憩させて……ん……貰えないかな?」
「くそ……こんな行軍、訓練以上だ……これは帰ったら訓練内容を変える必要があるな……ふぅ」
先程、二人が名乗りや紹介をリュゼに任せたのは、異種族に対する警戒からではなく。単にここまでの移動で疲労が溜まり、声を出す体力の余裕がなかったからなのだろう。
二人の休憩の要望を聞いて、アタシ達の頭の上ほどの高さを飛んでいたアイビーが一度降りてくる。
「……申し訳ない。ニンゲンを集落に招き入れるのは初めてのことでな。我々は自前の翼で空を飛ぶからわからなかったが、山を足で歩くというのはそれほど大変なことなのだな」
まだ二人は口を利ける程度の余裕は残されていたが、どうもリュゼの疲労は二人以上のようだ。
多分、昨晩体調を崩した二人を寝かせて、夜の番をアタシと一緒に一睡もせず疲労を回復していなかったところに、飛竜との戦闘だ。
リュゼの体力や気力が限界を迎えてしまっても不思議ではなかった。
なのでアタシは少し遅れているリュゼの所まで歩み寄ると、背中を見せながら屈み。
「ほらリュゼ、アタシの背に乗りなよ。まだアタシは体力に余裕あるから、集落までアタシが背負ってあげるからさ」
「……い、いえ……はぁ……はぁ……アズリア……そこまで……して……はぁ……もらうわけには……」
いや、もうリュゼの体力が限界を迎えていたのはアタシの目から見ても明らかだった。
一度立ち上がってリュゼに向き直り。そんな意地を張りながらも、疲労のためかずっと俯いたままのリュゼの両頬を。
アタシは両手でギュッと押さえつけると。
「いいかいリュゼ。意地を張るところを間違えるんじゃないよ。アンタが意地を張るのはこんなつまらない事じゃないハズだろ? 違うかい?」
「……あ」
リュゼが顔を上げて、サイラスとルーナの二人に対して視線を投げる。
二人が心配そうにリュゼを見ている表情を始めて目の当たりにして気づいたのだろう。
これ以上心配をかけさせない最善手を。
「……ごめんなさい、アズリア。私のことを、集落まで背負っていって貰ってもいいでしょうか……?」
「当たり前だろ? 集落までリュゼを背負って歩くくらいアタシには楽勝だっての」
アタシがあらためて体勢を屈め、背中を向けると。
先程とは違い、今度は素直にアタシの背中へと抱き着き、自分の体重をこちらへと預けてくる。
「ほら、アイビーも待たせちゃってるから、早く乗った乗ったっ」
アタシは軽々とリュゼを背負って、待たせていた有翼族のアイビーに合図を送って再び集落へ向けて歩き始めた。
ちなみに、軽口を叩いているわけではない。
アタシが愛用しているクロイツ鋼製の幅広剣の重量たるや、リュゼの体重どころかルーナを合わせてもまだ剣の重量が勝つだろう。
それに加えて先程飛竜と戦った時に発動させた筋力増強の魔術文字の効果がまだ残っていたりするのだ。
「大変な道を歩かせてしまって悪かったニンゲン。そろそろ我らの集落に到着するぞ」
アイビーが声を掛けてきたので視線を先に飛ばしてみると、雲が掛かった岩肌に空洞がいくつも空いた場所が見えてきた。
小さな影でしか見えないが、アイビーと同じような空を飛ぶ影が複数見えている……あれが有翼族の集落なのだろう。
……ヤバイ。
まだホルハイムに入国すらしてないのに、このままの流れで書いていたらスカイア山脈越えるだけで何話かかるんだ、コレ。




