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86話 フルベの街、眷属が迫る危機

今日から「黒剣のアズリア」執筆四年目突入です。

今後もよろしくお願いします。

 途中、食事も睡眠も、休息すらも必要のない魔竜(オロチ)眷属(けんぞく)は。アズリアを襲撃した四体と別れた後、山を下り。ただひたすらにアズリアらが駆ける山道とは別の進路で(フルベ)を目指す。

 当然ながら、魔竜(オロチ)眷属(けんぞく)が強力な魔物とはいえ。ただ一体だけで街に向かっても、街を防衛する武侠(モムノフ)らが数名で相手にすれば何とか対処は可能だろう。


 だがら。


 先の襲撃の際に、自分らが殺した群野犬(リカオン)の死骸を動く屍体(ゾンビ)として操ったように。

 遭遇(そうぐう)する動物を殺害し、自分の配下に加えようとしていた。その「動物」とは群野犬(リカオン)ではなく、人間。

 (フルベ)に向かう途中にあった、数軒の簡易的な小屋が立ち並び、少数の農民が生活する集落に眷属(けんぞく)は狙いを付けた。


 何故、(フルベ)から離れたこんな場所に小屋を建てて暮らしているのか……と言うと。

 普通は(フルベ)に家を持ち、農作業をする畑や(コメ)を植えた水畑(みずばた)に朝早く出発し。陽が落ちると作業を終え、街に戻ってくるのだが。

 農作業で疲労困憊(こんぱい)になった状態で、街まで戻るのを面倒に思った誰かが。ならば、畑の(そば)に小屋を構えて住んでしまえば、街との移動の手間が(はぶ)けると考えたのだろう。

 畑の近くに建てられた小屋に家を完全に移してしまう者や、街に戻るのが面倒な時にだけ空いた小屋で夜を過ごす者。そういった理由で農民らが集まって出来たのがこの集落だ。


 そんな小屋の一つから、炬火(たいまつ)を持った男が一人、外へと姿を見せる。

 畑の野菜を狙って山から下りてくる動物から、作物を守るための見張り役なのだが。

 まさか……畑の作物ではなく、農民らの生命を狙い、その肉体を欲している魔物が潜んでいるなどとは。見張り役の男も思いもよらなかっただろう。


「ふぅ……今夜も何も出なきゃいいんだけどな」


 農作業の後、疲れた身体で見張りをする事の愚痴を漏らしながら。畑を見回っていた男が小屋から離れた頃を見計(みはか)らい。

 眷属(けんぞく)は、畑の中に潜んでいた身体を起こし。まずは男を殺害するために両手の指から伸びる鋭い爪を構え、牙を生やした口を大きく開けて飛び掛かろうとした──が。

 

 ガサ……リ。


 今まで気配を殺していたのが嘘のように。畑から飛び出す時に近くの枝葉が擦れ、無視できない音を立ててしまう。

 

「な? な、何だ何だっ! 何がいやがるっ!」


 当然ながら、異音を察知した見張りの男は。音が聞こえた方向へと咄嗟(とっさ)炬火(たいまつ)を向ける。

 野菜を狙う動物程度ならば、火や明かりを近づければ逃げていってくれるからだが。

 男が掲げた炬火(たいまつ)の光に照らされたのは予想だにもしていなかった光景。全身が真っ黒な(うろこ)に覆われた、頭部が巨大な蛇の化け物が目の前に現れたのだから。

 

『──シャアアアアアアッッ!』


 あまりの状況に驚き、絶叫を出そうとした男だったが。

 目の前の蛇人間が口を開け、男の喉笛(のどぶえ)に噛み付くのが一瞬早かった。鋭い牙が男の喉に深く喰い込み、牙の先端からユーノを苦しめた毒が男に注入される。

 

「あ……がが……が……ぁぁっ?」


 遠く離れた別の小屋に助けを呼ぼうと、必死になって大声を張り上げようとした男だったが。毒の効果なのか、喉が麻痺して声が上手く出せず。男の口から(わず)かに漏れたのは喉に牙を突き立てられた苦痛の(うめ)き声だけ。


「──がっっ⁉︎」


 次の瞬間、男の喉の肉が蛇人間の牙に噛み切られ。喉から盛大に噴き出した血が、畑の枝葉や作物を真っ赤に染めていく。

 目から生気の光を失った男の身体は、その場に力を失い崩れ落ちていき。足元に流れて出来た血溜まりに落ちた炬火(たいまつ)の火が消える。

 

 眷属(けんぞく)最早(もはや)足音を殺す必要もなくなったからか、ぺたぺたと足音を立て倒れた男に近寄ると。

 死霊術師(ネクロマンサ)亡者(アンデッド)を作成する際に用いる「魂の汚濁(ネクロノギア)」に代表される、死霊魔法(ネクロマジック)を発動させるか……と思いきや。

 真っ黒な毒を表面に滲ませた両手の爪を、男の身体へと突き立てていく。


 毒を注入された喉と、爪を突き立てられた箇所の肌の色がドス黒く変貌(へんぼう)し。黒く変色した範囲がみるみる全身へと広がっていき、やがて元の肌色の部分が見えなくなった途端。

 息絶えた筈の男の身体が震え出し、倒れていた身体が不自然な体勢で立ち上がろうとしていた。


「……うぅぅ……あ、あ……あー」


 眼球すら真っ黒に染まった男の身体がゆっくりと立ち上がると。歩いてきた畑の横の畦道(あぜみち)を足を引きずりながら、言葉にならない声を発し歩き始めていた。

 農民らが夜を過ごしている小屋を目指して。


 ◇


 一方、その頃。


「おかしいなあ……戻ってくるの、遅すぎだぞ」


 他の小屋の一つでは、普段なら見張りに出た男から「問題なし」と報告を受けてもおかしくない時間にもかかわらず。見張りの男が小屋に戻って来た様子はなく。

 小屋から外を見渡してみても、見張り役が絶対に持っている筈の炬火(たいまつ)の光が見えないのを不審に思った農民がいた。


「も……もしかして、大きな獣でも山から下りてきやがったか?」


 とはいえ、農民らからしたら別段珍しい状況でもない。

 畑の作物を狙い、山から下りてくるのは何も火を見て逃げ出す一角兎(ホーンラビット)雌鹿(ディアー)群野犬(リカオン)のような獣ばかりではない。

 中には気性(きしょう)の荒い猪豚(ボーア)や腹を空かした大王熊(キングベアー)など、火を恐れず人間も襲う大型の獣もいるし。

 外見こそ小型だが、目につくモノ全てを鋭い歯で喰い荒らす、鋭歯鼠(ハムスター)なる農民にとって最も恐るべき生き物だっている。


 元々、畑近くに住居を構えず、離れた場所に街や村を作り人が集まって暮らしているのは。大型の獣の襲撃を避ける意味合いが大きいからだ。

 本来であれば、大型の獣が出現した時の対処法は。小屋の出入り口の扉に当て木を置いて堅く閉ざし、明かりを消して小屋の中に立て()もるのが定石なのだが。


「な……なあ、武侠(モムノフ)様っ──」


 この日、畑の異変に気付いた農民が夜を過ごしていた小屋には、農民だけではなく。街の外からやって来たであろう武侠(モムノフ)が滞在していた。

 農民は、小屋を閉めるより前に。絶好の機に小屋へ立ち寄っていた武侠(モムノフ)らに、頼み事をしようとしていた。


「どうやら外で大きな獣が出たらしいんだ。もしかしたら、見張りに出ていた奴が襲われたかもしれねえ、その……少し、見てきちゃくれないか?」

 

 農民は偶然にも小屋を訪れ、一晩の宿を貸していた三人の武侠(モムノフ)に。外の様子を確認して欲しいと要請をする。


 一番危険な獣である大王熊(キングベアー)であっても、武器の所持が許されたこの国(ヤマタイ)の戦闘階級である武侠(モムノフ)であれば。充分に対処出来るだろうと踏んだのだ。

 もし三人の武侠(モムノフ)が力及ばす、獣によって負傷し敗走したとしても。交戦している間に、無防備な自分ら農民は一番頑丈な造りの小屋に逃げ込むことが出来る。


「……(ごくり)」


 それも全部、武侠(モムノフ)が断ってしまえば台無しだ。

 三人とも頭巾(フード)付きの外套(マント)ですっぽりと頭を覆い、武侠(モムノフ)の顔色を(うかが)うことは出来なかったが

 農民は三人の快い返事を息を飲んで待っていた。


「いいぜ、見てきてやるよ」


 そう答えた三人の中でも一番小柄な体格の人物が被っていた外套(マント)頭巾(フード)を脱いでいき。この国(ヤマタイ)には珍しい金色の髪を(あら)わにすると。

 自分の得物である両斧槍(ハルバード)を握り。

 農民の頼み事を何の疑いもなく、即座に笑顔を浮かべて承諾する。


魂の汚濁(ネクロノギア)」の説明については。

第8章187話の後書きにて掲載しております。

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