83話 アズリア、羞恥心の違い
最初、アタシらとは違う視点を見ているのかと思い、フブキの視線の先を見渡してみるが。
視界に広がっていたのは何の異変もない山中の景色、立ち並ぶ木々と岩がごろごろと転がる登り道のみだった。
ならば何故フブキは呆けてしまったのか。
「お……おい、フブキ、気は確かかッ?」
もしかしたら蛇人間は、フブキを目標に何かしらの攻撃を仕掛けていたのかと思い。
ただ呆然と、アタシとユーノを見つめたまま動かなくなってしまったフブキの肩を掴むと。少し強めに身体を揺すり、彼女に呼び掛けていく。
「──はっ?」
すると、程なくしてフブキの目の中と感情が顔に戻り。アタシの声に反応を返してくれたのだが。
「よかった、どうやら無事みたいだねぇ」
「よ、よ……よかったじゃないわよっ!」
感情が戻ったフブキは何故か。肩を揺らして呼び掛けたアタシに、いきなり怒鳴り声を捲し立ててきたのだ。
ユーノの毒を浄化し終えたこの状況で、何故フブキが興奮しているのかが理解出来ず。アタシはなるべく冷静になって、首を傾げて理由を訊ねていく。
「な、何を突然怒ってるんだい? 別にアタシはアンタに何かしたワケじゃ……」
「だ、だって、アズリアさっき……ユーノにせ、せ、せせせ、接吻してたじゃないっ!」
「接吻?」
フブキの口から飛び出たのは「接吻」という聞き慣れない言葉だったが。
「う……ぅぅぅ……せ、接吻ってのはねえ、これよ、これっ!」
アタシが知らない言葉の意味を聞くと。フブキは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、自分の口を指差しながら。唇を前に突き出すような素振りを見せる。
その仕草と反応で、聞き慣れない言葉の意味をすぐにアタシは理解し。
「ああ、さっきユーノにやった口移しのコトかい」
「そ、そうよっ! それにっ……ユーノは女の子でしょ、それにアズリアも一応、女じゃない、女同士で、せ、接吻だなんてっ……」
言いたい事を勢いで口にしたフブキは。その後は口を噤み、顔を真っ赤にしたままユーノと同様に押し黙ってしまう。
どうやらフブキが呆気に取られ、次にここまで興奮している理由とは。アタシが弱ったユーノに薬草を口移しして飲ませた行為らしい。
最初、アタシは口移しでそこまで感情を昂らせるものかと思いはしたが。
「ふぅん……なるほど、ねぇ」
そう言えば……この国は、大陸と比べて男女関係が妙に厳しかったりする。
以前、世話になっていた爺さんの療養所で「肌が見え過ぎる」とアタシは自分の格好を諌められた事をふと思い出す。
大きな都市にある大衆浴場や、川や池などで水浴びをする時も。男女一緒に入る習慣の大陸では、肌が多少露出している程度で叱られるなんて事はまずあり得ない。
だからこそ、だ。接吻……つまりはキスをするという行為を、この国ではアタシが考えているよりも重要視しているのではないだろうか。
アタシはそう想像し、勝手に納得していると。
「口移しとは、なんとも大胆なことするじゃねえか、さすがは色男だねえ」
「馬鹿。ユーノ助けるためだ、勘違いさせるようなコト言うんじゃねえよッ」
すっかり言葉を発さなくなった二人に代わり、馬に騎乗したままのヘイゼルが近寄ると。先の二人とは違い、アタシを揶揄ってくる。
ヘイゼルがアタシを「色男」と喩えた部分だけは、少しばかり問い詰めてやりたいところだったが。
蛇人間との交戦で移動の時間を割かれ、毒を浄化したとはいえユーノの身体はまだ完全に回復してはいない。さすがに馬の速度に合わせて走らせるのは無理とアタシは判断し。
「それよりさヘイゼル。アンタの馬の背に、ユーノを乗せてやってはくれないかねぇ」
「お、おい待てよっ、あたいの馬は一人乗りだから積荷全部載せてんだぜ?」
「だったら積荷はこっちで少し預かるよ」
「むう……そうじゃないんだよ」
一人乗りのヘイゼルの馬に、毒で疲弊したユーノを乗せるよう早速頼み込むが。
何故かユーノを背に乗せる事に、ヘイゼルは全く乗り気ではなく。馬に積んだ荷物を半分ほど受け持つという条件を出しても、腕を組んで顔を伏せ。難しい顔をしたまま首を縦に振ろうとしない。
「荷物を載せる余裕があるってんなら、むしろアズリア……あんたがユーノを運んでやんなよ」
「あ、アタシが、かいッ?」
アタシは周囲に目をやり、名付けをしたばかりの馬の姿を探すと。いつの間にか馬は、アタシのすぐ間近にまで音もなく接近していた。
「ほれ、その馬も『三人乗せれる』って言ってるだろ」
確かに、大型の体格だけでなく立派な脚を持つシュテンならば。小柄なフブキと子供の体格のユーノを乗せても、十分に山道を駆ける事が出来るかもしれない。
どうせヘイゼルの言葉は何の根拠もないのだろうが。アタシが乗る馬・シュテンには、「人の言葉を理解する」という不思議な能力が兼ね備わっている。
「ほ、ホントかい、シュテン……?」
アタシは頭を下げ、鼻をこちらに擦り寄せてくるシュテンに。ヘイゼルの言葉が本当なのかを確認していくと。
馬は、フブキとユーノのいる方向をチラリと一度見ると。珍しく歯を打ち鳴らし、ブルル……と低く鳴き声を発しながら。小さく首を二、三度縦に振ってみせた。
人の言葉を理解しているシュテンとは違い、アタシは馬の言葉や態度から思考が読み取れるわけではないが。
おそらく今の仕草は、肯定の意味だと捉えたアタシは。
「じゃあ……ほれ、ユーノ」
毒を浄化しはしたが、どこまで体力が戻っているかは不明だったため。普段なら勝手に馬の背に飛び乗るであろうユーノに、アタシは手を伸ばしていく。
勿論、ユーノが馬の背に乗るのに手を貸すためだが。
「だ、だだ、だいじょぶだよっ、ボクひとりでのれるからっ!」
「……ん? そ、そうか?」
顔が真っ赤だったのは相変わらずのユーノは、まだアタシと視線を合わそうとしないまま。差し伸べたアタシの手を握り返さずに押し返し、馬に乗るための手助けを拒否していく。
「さっきもだけど。どうしたんだい、ユーノのやつ……?」
以前アタシが魔王領に滞在していた時に、魔族や獣人族と長く生活を共にして感じたのは。
男女間の肉体関係に対しては、寧ろ大陸よりも寛容だという事だ。
ユーノが実兄の魔王様や、同僚の牛魔族の長とも何度かキスを交わす場面を見てきた以上。今さら同じ女のアタシと唇を交わした程度で、彼女が恥ずかしがるとは到底思えないのだ。
男女間の裸などの羞恥心の違いがあるフブキが、恥ずかしい素振りを見せるのはまだ理解出来ても。何故同じような態度をユーノが取っているのか、アタシは疑問だったが。
「「……はぁ」」
そんなアタシを見てか、フブキとヘイゼルが同時に溜め息を吐く仕草を見せた。
「お、おい何だよその溜め息は、二人ともッ!」
人を見て溜め息を吐く、という行為は。単純に「失望」を意味する。果たして今のアタシが、二人から溜め息を吐かれるまで失望させられるような事をしただろうか。
だが、当の二人はアタシの問いに答えようとはせずに。次々に失望の言葉を口にしていく。




