81話 アズリア、蛇毒に効く薬草
こういう時には大抵、何かしら頭に考えが閃いてきたアタシの頭だったが。今度ばかりは何にも思い浮かばず。
「ああ、考えがまとまらないよ……ッたく」
苛立ちのあまり、髪を乱暴に掻いていると。
遠くからアタシの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「……おいっ! おいアズリアっ早く戻ってこいってんだっ!」
アタシを呼んでいたのは、蛇人間の顔を確認してもらうために連れて来たフブキではなく。離れた位置で待っていたヘイゼルだった。
「一体何だい、こっちは考え事の最中だってえのに──」
ただでさえ考えが纏まらない時に、横から名前を呼ばれる声で思考を邪魔され。一瞬、苛立ちを露わにし。
何事かと振り返ったアタシの視線の先では。先程まで座り込んでいたユーノがとうとう毒に耐え切れなくなったためか、地面に倒れていた姿が。
「ユーノがもう限界なんだ……何やってるのか知らねぇが、まずは治療してやらねえとっ!」
「はッ? そ、そうだッ、毒ッ!」
……そうだ。
最初に襲撃してきた三体を含む、蛇人間らを倒したまでは良かったが。その際にジャトラの子供の姿をした蛇人間にユーノは首筋を噛まれ、毒に侵されていた事を。
蛇人間の正体と、黒幕側の事情を数少ない情報から思い量るのに夢中になったあまり。すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
思考を巡らす事は後ででも出来る。
だが、ユーノの身体を蝕む毒は待ってはくれない。
しかもアタシは、蛇人間の正体を知ろうとした好奇心を優先し、ユーノの耐久力頼りに治療を後回しにしてしまったわけだが。
地面に力無く倒れてしまっていたユーノの状態から、ヘイゼルの言うように毒に耐え得るのも限界に達しているのを悟り。
「ちょ、ちょっとだけ待ってろよユーノッ?」
アタシは一先ず、蛇人間に関する思考を一旦中断し。慌てて倒れていたユーノに駆け寄るのか……と思いきや。
まずはヘイゼルの乗っていた馬の尻の側に回り、積んでいた荷物から何かを探していた。
「な、何やってんだアズリアっ?」
「確か……爺さんから、毒蛇の毒に効く薬草を受け取ってたんだけど……」
爺さん、とは世話になった療養所の主・治癒術師ウコンのことだ。
ウコンは治癒術師ではあるが、怪我や病の治療に治癒魔法を使わず。薬草や様々な治療方法で傷を癒やすという珍しい治癒術師だったりする。
そんな爺さんが、敵の本拠地へと出立するアタシらに。手持ちの薬草を数種類、持たせておいてくれたのだ。
その中には、毒蛇に噛まれた際に傷口から注入された毒を浄化する効果の薬草も含まれていた。
当然、薬草だけで魔竜の毒が浄化出来るとはアタシも思ってはいない。
だが、フブキの酷く化膿した矢傷の治療の際に。薬草を同時に使ったことが上手く働いたのをアタシは覚えており。
今回もまた、「生命と豊穣」による解毒と同時に毒に効く薬草をユーノに与えれば。効率良くユーノの身体から毒を浄化出来るのではないか、と考えたのだ。
「あれ? あれれ?……どこに……しまい込んだかねぇ?」
チラッと見た限り、噛まれた肩口の傷は見えなかったが。額にはびっしりと汗を浮かべるユーノの顔には体力の余裕など残っていない様子だ。
だから焦ってしまっていたのか、荷物に入れた筈の薬草の束が中々見つからない。
これ以上、薬草を探すのに時間を費やすのならば。いっそ薬草を使わず、魔術文字だけで毒の浄化を行ってしまおうかと思ったその時。
「おッ……あった、コレだよコレッ!」
荷物を入れた袋の底から、ようやく目当ての薬草の束を見つけ。大概が乾燥させてある種類の中から、唯一緑の葉のまま束ねられた細長い葉を取り出す。
「……ほらユーノ。口、開けられるかい?」
竜髭草、なる名前だと爺さんからの説明にはあった、蛇の毒に効く薬草を。アタシはユーノに飲ませるために、弱った彼女の口へと近づけるが。
「う……うぇぇっ……そ、そのにおいぃ……む、むりぃぃぃ……」
「そりゃ薬草なんだし、苦いのは当たり前だよ。毒を抜くためだ、我慢して飲みなッ」
「ん────っっっ‼︎」
鼻を少し動かし薬草の匂いを嗅いだユーノは、顔を歪めると。力無く、ではあるが首を左右に振って頑なに口を閉ざし、薬草を口に含むのを拒絶する。
そこまで嫌がる程の匂いなのか、と。ユーノの口に近づけていた竜髭草を嗅いでみると。
「が、ッ⁉︎……こ、こりゃ……」
まるで鼻を全力の拳で殴られたような強烈な刺激、そして口にしてもいないのに口に苦味を感じるほどの草の匂い。
人間のアタシでさえ強烈に鼻を刺激するのだ。人間よりも敏感な鼻を持つ獣人族のユーノは、さらに強烈に感じたのだろう。
アタシは、何故ユーノが薬草を口に含むのを拒絶したのか痛いほどに理解が出来た。
ならば、薬草なしの魔術文字のみで毒の浄化を始める……という選択も。
もしくは無理やりにでもユーノの口に薬草を放り込んでやる、という方法もあるにはあったのだが。
アタシはそのどちらの方法も選ばなかった。
「ゴクン……ま、まあ、仕方ない、ねぇ……ッ」
一度喉を鳴らした後に、覚悟を決めたアタシは。強烈な匂いのする竜髭草の葉を自分の口へと放り込むと。
口内でなお匂いが強く、噛まずに飲み下したくなる気持ちが湧き上がってくるが。無理やり嫌悪感を抑え込み、葉を細かく噛み切っていく。
一からこんな苦い薬草をユーノに噛め、というのは酷な話だが。ならばアタシが予め細かく噛み砕いておけば。
或いは、飲んでくれるのではないかと考えたのだ。
「うげッ?……に、に、苦あぁッ!」
アタシも八年間、大陸の各地を旅してきたことで、様々な料理や食材を口にしてきたが。当然ながら食べた全部が「美味しい」と思える食材ではなかった。
口に合わなかった数々の料理や食材の中には、匂いの強烈なものや、苦味の強いものもあるにはあったが。
口の中に暴力的なまでに広がりを見せる、他の味覚を全て塗り潰すような。今までアタシが口にした記憶のない圧倒的な苦味に。
アタシは思わず顔を顰めながら、「苦い」と言葉に出してしまう。そうでもしないと、苦味で心が折られそうだったからだ。
「ぐ……ぎ……ぎ……に、苦ぇぇぇ……ッ」
現に、口中の強烈……という表現すら生ぬるい苦味に。アタシは一度心が折れそうになり、口の中にある薬草を飲み込んでしまいたくなるが。
アタシの視線の先に、今もなお身体を蝕む毒に苦しんでいたユーノの姿を見てしまうと。
ユーノが噛まれたのは、周囲への警戒を解いて子供を運ばせようとしたのが原因だったのを思い出す。
その後、毒の浄化を後回しにして思いを巡らせていたのもアタシの失策と言ってもいい。
折れそうになる気持ちをどうにか踏ん張って耐え、アタシは口の中の薬草を細かく、細かく噛み砕いていくと。
余談ですが。
実際に「竜髭菜」と書くのは、灰ちゃも大好きなアスパラガスのことになるのですが。
ここでは架空の効能を持つ薬草ということにしておいて下さい。




