79話 アズリア、敵側の事情を推察する
フブキに言われる前に、頭の中でその結論には達していたが。
改めて言葉にされたことで、推測は確信へと変わり。アタシは足元の女の顔と、離れた場所で息絶えた子供とを交互に見返してしまう。
「じゃ、じゃあ……最後に、あの子が口にした、母親ってのは──」
「ええ。多分……ね」
もう既に答えは出ているアタシの問い掛けに対し、フブキは目を閉じて顔を伏せ。言葉の数を少なく、歯切れの悪い肯定をしていく。
というのも。アタシらはつい先程、蛇人間に姿を変えていたジャトラの子・タツトラの最後を看取った際に。子供が母親を呼びながら手を伸ばしたのは、母親だった蛇人間が死んだこの場所ではなかったからだ。
タツトラの最後の行動が意味するもの。それは……母親が同じ蛇人間だったことを、知らなかった可能性。
「ねえ、あの子……母親が蛇人間にされてるって事実を知らずに、死に際になって母親を求めた……わけ、よね?」
「ああ、実に胸糞悪くなる話だが、ねぇ」
いくらユーノに噛みつき毒を注いだとはいえ、蛇人間と化して襲ってきた子供の胸を貫いた時の感触が。そう口にしたアタシの手にはまだ残っており。
子供が母親を呼んだ声を思い返すと同時に。肉を割き、骨を砕いた大剣の切先から伝わる感覚が手のひらに戻ってくる。
その途端、心に湧き出してきた苛立ちを発散しようと。アタシは地面に転がっていた石をあらぬ方向へと蹴飛ばしていく。
「おそらくは、母親のほうも。自分の息子が蛇人間に変えられてるのを知らなかったんじゃあないか……ねぇ」
仕方がなかった状況とはいえ、母親と子供を同時に殺めてしまった事実に。
石を蹴ったくらいでは気持ちが晴れる筈もなく、アタシは何ともやるせない、後味の悪さで胸が埋められていく。
「ね、ねえ、聞いても、いい?」
「ん……何をだい?」
不機嫌さを隠すことなく、寧ろ露わにしていたアタシに。
最初は声を掛けるのを躊躇っていたフブキだったが、何度目かの挑戦でようやくアタシへと質問を飛ばしてくる。
「で、でも、何でよ?……マツリ姉様を当主の立場から追い落として、本拠地に待ち構えてるはずのジャトラの家族が、こんな姿に変えられてるなんてっ……」
確かに、フブキが疑問を抱くのは当然の内容だった。
ジャトラといえば、カガリ家当主の座を狙い。最初はフブキを捕らえ人質とし、フブキの姉でもあったカガリ家当主マツリを裏から操っていたが。フブキがジャトラの元から脱走した事で、強引に当主の座を強奪し、今に至るというわけだが。
なればこそ、現状ではカガリ家が支配するこの一帯で最高の権力を握ったジャトラが。何故、妻と息子を魔物に変貌させる必要があったのだろうか。
だが、アタシはもう一つの懸念があった。
……それは。
「いや……ジャトラってのがアンタの姉さんを蹴落としてまで当主になろうとしたのは、魔竜が関係してるのかもしれないよ」
「……えっっ⁉︎」
フブキの疑問に対しての、アタシが返した言葉は。最初に黒い鱗の蛇人間と対峙した時の既視感だった。
それもその筈、蛇人間の姿は。アタシが二度ほど交戦し、周囲に多大なる被害を振り撒いた巨大な蛇の姿をした魔物・八頭魔竜の首にあまりに良く似ていたからだ。
「フブキにも話したけどさ。アタシゃ、今までに二度……魔竜と戦って、倒してきたんだよ」
「うん、その話なら何度か聞いたわ」
最初の遭遇は、立ち寄った村でチドリという子供を生贄に差し出そうとしていたのを阻止した事で魔竜との戦闘となったが。
二度目の首との戦闘は、フブキが幽閉されていた洞窟でだったが。アタシはその時からずっと、一つの疑念を胸に抱いていた。
それは。魔竜が好みそうな生贄など用意をしていない場所に、突如として出現したことに、だった。
勿論フブキの前では、今までに何度か魔竜と交戦した話をする機会はあったが。
そこから先……アタシが胸に抱いてきた疑念と推察を口にするのはこれが初めての機会だ。
「で、アタシはずっと思ってたんだ。二度目に魔竜が襲ってきた時の目的は、フブキ……アンタを喰わせるためだったんじゃないか、ッてねぇ」
「え? それって……も、もしかしてっ、わ、私に、カガリ家の血が流れてるから?」
アタシは、フブキを指し示した指の先で彼女の胸へ直接触れ。
魔竜の狙いが、まさに彼女であったと指摘していくと。
当のフブキはというと。何故、自分が魔竜に狙われてしまうのかがまるで思い当たらなかったのか。苦し紛れに言葉に出来たのはカガリ家であるという結論を口にするのだが。
「いや、惜しい……そう、じゃないんだねぇ」
決して的外れというわけではないが、今のアタシが問い掛けた話への正確な解答ではない。
……それにフブキが導き出した結論が正しいとなると。
フブキの姉であり、正当なカガリ家の加護を継承しただろうマツリはフブキよりも狙われる可能性が高くなる理屈だ。当主でなくなった彼女は今頃、魔竜の餌食になっているだろう。
「じゃ……じゃあ、何だってのよっ?」
自分の意見を否定され、アタシが答えを言うのを勿体ぶっているように思われたのか。
感情的になったフブキが回答を急くためか、自分の顔をこちらへと間近へと寄せて迫ってくる。
もしくは、フブキやマツリらカガリ家を含む「八葉」と呼ばれるこの国の支配階級の八大貴族、その遠い先祖が。
魔竜を封印したという過去に何らかの関与をしていた理由で、魔竜に狙われているという可能性も。或いは捨て切れないが。
権力者は例外なく、自分の生命が脅かされる立場になれば。自分の身を守るために警戒と警備を強化し、危険な対象を排除しようと躍起となるが。
アタシにはどうもこの国の権力者らが、出現した魔竜の討伐には消極的だと肌で感じていたし。
消極的な理由も、フブキの幽閉場所を警護していたナルザネという武侠から。徐々に衰退するこの国への危機感を、魔竜の力を利用し一変させようとしている事情を聞いて。
故に。八葉の血を魔竜が狙う、という可能性を完全に捨て去って。
──アタシが導き出した結論というのが。
「アタシはさ。ジャトラが何らかの方法で魔竜をある程度は制御、つまり思い通りに動かせたんじゃあないか……って考えてんだ」
アタシの言葉を聞いたフブキは目を見開いたまま。一瞬、時間が停止したかのように、身動き一つ取らなくなったが。
すぐに目蓋を忙しなく動かしながら、迫ってきた顔をさらに寄せて驚きの声を上げる。
「は……はあっ? お、魔竜を思い通りに、ですって?」




