78話 アズリア、蛇人間の正体を知る
一瞬、アタシは地中に潜んでいた蛇人間が、本物のジャトラの子供を咄嗟に身代わりにし。身体を入れ替えた事に気付かずアタシは、子供の胸に大剣を突き立ててしまったか……と思ってしまったが。
「い、いやッ、こ、こりゃ……鱗じゃないかッ」
だが、子供の肌をよく見てみると。所々に蛇人間と同じ黒い鱗を生やしており。
身体の鱗こそ今、アタシの眼前にあり。大剣が胸に突き刺さっていた子供の正体こそ、ユーノを噛んだ蛇人間だという確かな証拠でもあった。
『あ……が……ち……ち、ち』
「ん、コイツ?……何か言おうとしてるのかい?」
小さな身体を大剣が貫通し、最早誰が見ても致命傷を受けていた子供の姿をしたモノは。苦しそうに口をぱくぱくと動かしながら、何かを言葉にしようとしている様子に。
息も絶え絶えに子供が発する声に、アタシは顔を近付けて耳を傾けていた。
「お、おいッ! 何を言いたいのか、もっとハッキリ口にしなよッ!」
『……ち……ち、ちち……うえ……は、はは、うえっ──』
ようやく聞き取れたのは「父上」と「母上」。フブキの話が真実ならば、父とは一連の騒動の黒幕である人物・ジャトラを指す言葉なのだが。
母親が誰なのかは今のアタシには、皆目検討が付かなかった。
子供の姿に戻った蛇人間は、親を呼ぶ声を発しながら、弱々しく腕を空へと伸ばした後。
『……か、は……っ……』
一層苦し気な息を吐き出した途端に、伸ばした腕が力無く垂れ落ち。目蓋を静かに閉じて、アタシの目の前でついに力尽きていった。
アタシらはただ、こちらを待ち伏せ襲撃し、ユーノを傷付け毒を負わせた敵を撃退しただけなのに。倒した蛇人間が子供の姿をしているだけで、何とも後味の悪い気分になる。
「な……何だってんだよ、この連中はッ」
アタシはふと、思うことがあり。
既に息絶えた子供の姿をした蛇人間から、大剣を引き抜いて。動かなくなった身体を地面へとそっと寝かせていくと。
「ッてえコトは……もしかしてッ?」
「お、おいアズリアっ! 何処行くつもりだっての!」
「さっきアタシらが倒した連中のトコだよッ!」
呼び止めるヘイゼルにそう言い放って、アタシは先程三体の蛇人間と戦闘した場所へと駆け出していった。
アタシは考えたのだ。もし、あの蛇人間がジャトラの子供に姿を変えていたのだとしたら。死に際にまで、姿を似せる真似をするだろうか。
寧ろ、逆の発想。ジャトラの子供が蛇人間にされていたと考えれば。最後の時に父親を呼んだのも、子供の姿に戻ったのも納得がいく。
……だとすれば。
あの三体の蛇人間も、人間が姿を変えられた魔物なのかもしれない。
頭に浮かんだ疑問を確かめるため、アタシは倒した蛇人間を探すために周囲を見渡していくと。
地面に転がせたままだった三体の蛇人間の死骸を、すぐに見つけることが出来た。
「──やっぱり、だったよ」
アタシの推察通り。三体の蛇人間全てが、襲撃してきた際の真っ黒な鱗に覆われ、頭部が蛇の姿から。
子供と同じく、身体の各所に鱗を残しているものの。すっかり人間の男女の姿へと変貌していたからだ。
……若干一体ほど。ヘイゼルの単発銃で、確認するべき頭が吹き飛んでしまっていたが。
だとすれば、次にするべき確認は。
「おおいッッフブキいッ! ちょっとこっちに来てくれないかあいッ!」
地中に潜んでいた蛇人間を地表へと引きずり出すための罠として、周囲一帯の地面を凍結させる手助けをしてくれたフブキは。
魔力の消耗が大きかったのか、いまだ地面へと座り込んでいたが。まさに今、休憩中の彼女をアタシは大声で呼び寄せる。
「もう……何なのよ、一体っ……」
「休んでたトコ悪いねぇ。でもさ、コイツはアンタにしか頼めないんだ」
疲労の回復を遮られることになったフブキは。文句を言いながらも立ち上がり、不機嫌な表情でこちらへと歩み寄ってくれる。
「う……ま、まあ、そう言われちゃったら、無碍に断るわけにもいかないじゃないっ……で、私は何をしたらいいわけ?」
「そいつは──これを見てくれよ」
三人の亡骸を見たフブキは、呻き声を漏らし、顔を歪めて口元を手で押さえていく。
横目で見るフブキの顔色が蒼白になり、明らかに血の気が引いているのが分かる。
「──ゔっ⁉︎」
確かに……一体は頭が吹き飛び首から下がなく。さらに男と分かる亡骸は頭から股まで縦に両断されている。
唯一、顔がはっきりと判別出来る女の亡骸も腰から上下に両断され。見つけたのは上半身の部位だけだったのだから。
カガリ家のお姫様であるフブキに見せるには、少しばかり刺激が強すぎる状態だったかもしれないが。
「どうだい?……この連中に、さっきの子供みたいに見覚えのある人間は、いるかい?」
冷静に考えれば、残酷な事をさせている自覚はアタシにはある。
先程、ユーノが介抱していた子供をジャトラの息子だと思い出した時には。まだ蛇人間としての正体を見せる前だったのに対し。
無残な亡骸を見せただけでなく、その相手が顔見知りかどうかを確認させているのだから。
……だが。
人間の姿に戻った蛇人間の正体が、果たして子供が「ジャトラの息子」だったように。
この三体、いや三人も黒幕に近しい人物なのか。その確認だけは、余所者であるアタシやヘイゼルには不可能であり。
こればかりはフブキの記憶を頼りにしなくてはならない案件なのだ。
アタシは、転がる無残な亡骸を見て少し震えていたフブキの肩へと手を置き。何とか気持ちを落ち着かせようと、肩や背中を優しくさすっていくと。
「ふうぅぅぅ……うん、うん。もう平気よアズリア。ごめんなさい、こういうのはあまり見慣れてないから」
何度か息を吸って吐いてを繰り返し、気持ちを落ち着かせる仕草を自分でも取っていたフブキは。肩に置いたアタシの手を握り返し、一度大きく息を吐いていくと。
顔色には血の気が戻り、先程までの怯えて動揺した表情から一変。毅然とした目線で足元の亡骸を見つめ。
上半身のみの女の亡骸を指差していき。
「間違いないわ、この人……コクエン家の正妻の、サラサ様よ」
「ん? こ、コクエン家、だって?」
フブキの口から出てきた新しく聞き覚えのない言葉に、アタシは首を傾げてみせるのだったが。
こちらの疑問を解消すべく、フブキからすぐに説明が入る。
「コクエン家はね、私たちが打倒しようとしてるジャトラの家名なの」
「へえ……アタシゃてっきり、家名を名乗ってイイのは『八葉』とかいうお偉い様だけかと思ってたけどねぇ」
大陸では、一般人が名前とは別に家名を持つ事は少ないが。村長や商人、騎士などある程度の地位を持った家族は、家名を名乗ることがあるが。
この国に足を踏み入れてからというもの、家名を名乗っていたのはフブキとマツリの二人以外には存在しなかった。
だからアタシは、この国で家名を名乗って良いのは。カガリ家を含む「八葉」と呼ばれている、八家の貴族階級しか許されていない権利だと思っていたが。
「この国ではね、普通の人や武侠には家名はないんだけど。優れた武侠も家名を名乗る事が許されてるの」
「ッて、コトは……おい、じゃあ、この女の正体ってのは──」
この国の家名については、簡単ながらフブキの説明である程度は理解することが出来た。
そしてアタシは今の説明と、つい先程のフブキの言葉を思い返し。二つの内容を頭の中で結び付けていくと。
「そうよ……この女の人は、ジャトラのただ一人の奥さんで。さっきユーノを噛んだ子供、タツトラの母親よ」




