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76話 アズリア、フブキの力を借りて

 そう断言したアタシの、頭に浮かんでいた案とは。

 以前に一度だけ、フブキが元フルベ領主との交渉に割って入った際に見せた。彼女(フブキ)が『忌み子』と呼ばれる原因となった氷の魔力と。

 アタシの持つ「凍結する(イス)刻」の魔術文(ルーン)字の効果の二つを合わせ、この辺り一帯の地面を凍結させてしまおうという発想だった。


 今、アタシが使おうとしている「凍結する(イス)刻」の魔術文(ルーン)字とは。

 メルーナ砂漠から北上した位置、黄金の国(ホルハイム)の国境沿いに立ちはだかるスカイア山嶺で。遭遇(そうぐう)した氷の精霊(セルシウス)に気に入られ、入手する事の出来た魔術文(ルーン)字だ。

 古い文献によれば、元来は生命や時間すら「凍結させる」ことが可能らしいが。まだ未熟なアタシがこの魔術文(ルーン)字を用いて出来ることといえば、せいぜいが水や地面を凍結させる程度だ。

 交戦相手との距離を、普通に踏み込むよりも迅速に縮めるため。そして、海の上での戦闘で水に沈まず船と船の間を移動する方法として。アタシは今までにも魔術文(ルーン)字の効果で地面や水面を凍らせてはきたが。

 アタシらがいる一帯、を凍結させる範囲にするともなると。今の自分の熟練度だけでは、少し心許(こころもと)ない。


 そこで、カガリ家の直系が加護として宿す火の加護とは真逆の、氷の魔力を加護として身体に宿すフブキに力を借りようと思った次第だ。


「アタシの……力が、必要って……」

「ああそうだ、フブキッ。今、この状況を打破するにゃ……アンタの秘めた力がアタシに必要なんだよ」


 フブキの前に手を伸ばした状態のまま、アタシは困惑していた彼女(フブキ)の眼をジッと見つめながら。

 もう一度だけ手を貸してくれるように頼む……一瞬だけ毒に苦しむユーノへ視線を移して。


「悪いねユーノッ……少しだけ、頑張ってくれるかい」


 ただ、土中に姿を隠した敵の位置を割り出すだけなら、地面を凍結させるという面倒な方法を取らずとも。アタシが三体の蛇人間を察知した、魔力を視ることが出来る「魔視(まし)」を使えばよいだけの話だ。

 だが、アタシが()えてフブキに助力を頼むのには、理由が二つほどあった。


 一つはアタシの魔力の消耗を抑えるためだ。

 自分が移動する足元だけを凍らせるならともかく、今アタシらがいる周囲一帯を凍結させるとなれば一体どれ程の魔力を削られるのか。

 何しろ……今までに「凍結する(イス)刻」の魔術文(ルーン)字をここまで広範囲に試した事がないのだ。消耗する魔力量は想像も出来ない。

 さらにはこの後、ユーノを侵蝕(しんしょく)する毒を浄化するために「生命と豊(イング)穣」の魔術文(ルーン)字も使う必要もあるし。道中の休養を挟むとはいえ、今のアタシらは敵の本拠(シラヌヒ)地への突入が控えている。

 ならば少しでも、魔力を温存はしておきたい。


 そして重要なのが、もう一つの理由だった。


 その鍵を握るフブキが、アタシの真剣な眼差(まなざ)しを受け。少しの間目を閉じ、答えに思い悩んでいる様子だったが。

 

「……わかったわ」


 フブキもまた、身体を(むしば)む毒に耐えていたユーノへと視線を向けた後。


「やれるかどうかはともかく、やらない選択肢はないものね」


 決意を秘めた表情で力強く(うなず)いてみせると、差し伸べていたアタシの手を握り返してきたので。

 アタシは一度、握っていた大剣を背中に戻すと。(シュテン)(また)がっていたフブキの手を引いて、降りてくる彼女(フブキ)の身体を受け止めていく。


「ありがとなフブキ。それじゃ早速で悪いんだけど、アンタの魔力を足元から……地面に放ってくれるかい?」

「え、あ、足元に? わ、わかったわ、理由は知らないけど、急がなきゃ……だものねっ」


 アタシの腕で腰を支えられながら、地面に着地したフブキは。あまりに説明の足りない状況にも構わず、黙ってこちらの指示に従ってくれる。

 まずは目を閉じて集中すると、彼女(フブキ)の足元から徐々に白く曇った冷たい空気が発生する。


(カイ)祈り願う(オンキリキリ)……鎮める権現(ギャクギャク)……白く(ウン)凍れる銀嶺(ビシャナ)(ハッタ)──」


 集中が高まる彼女(フブキ)の口から紡がれるのは、アタシが聞いた事のない詠唱だった。おそらくは、この国(ヤマタイ)独自の術式なのだろう。

 詠唱が進む(ごと)に、足元から湧く白く冷たい空気の勢いが増し。早速、フブキのごく近い足元の地面が白く凍り付いているのが見えた。


 そう……これこそが第二の理由だ。

 敵の本拠(シラヌヒ)地に突入するにあたり、いつまでもフブキがただ護衛されるだけの存在でいてもらっては困るのだ。護衛する側のアタシらも、護衛される側のフブキも、互いに。


 アタシは昨晩、フブキの十年前の回想を聞いた時に。フルベの領主の屋敷で、元領主(リィエン)の罵声を受けたフブキが無意識に力を発動させ。領主の肩に霜を張らせ、凍らせていたのを思い返したとともに。

 その身体に宿している氷の魔力の加護をフブキが使ったのが、あれが最初で最後だった事から。家族以外の周囲に「忌み子」と言われ続けた事で、彼女(フブキ)は自分が持つ力を使うのを意識的に避けているのではないか……と考えていた。

 だが、そんなフブキにただ「力を使って」と頼んだところで、嫌がられ、使うのを拒否されるのは想像に(かた)くない。


 警戒を(おこた)ったせいでユーノが毒に侵されたのは、アタシの想定外ではあったが。

 毒に苦しむユーノには悪いと思いつつも。フブキの意識を変えるために、最大限にこの状況を利用させてもらう事にした。

 結果は、予想通り……いや、予想以上に上手くいった。


「は……ははッ、アタシも、負けちゃいらんないねぇ」


 目を閉じて詠唱を紡ぎ続けるフブキの周囲の地面は、みるみる白く凍結していき。このまま見守っていれば、アタシが手を貸すまでもなく辺り一帯の地面をフブキ一人で凍結させることが出来るかもしれない。

 勿論(もちろん)、フブキ一人に任せて放置するつもりはない。フブキが加護をしっかりと発動出来るなら、今度はフブキの加護とアタシの魔術文(ルーン)字が共闘出来るかを試す番だ。


「次は、アタシの番だよ──……()ッ!」


 思えば、右眼以外の魔術文(ルーン)字の発動の代償として必要なアタシの血。

 その代償を得るために指を切る行為も、久しぶりの感覚。身体が少しだけ慣れを忘れていたのか、背負っていた大剣の刃をなぞり、指を切った時の痛みがやけに新鮮に感じる。

 

「そういや……魔術文(ルーン)字を使うのに指を切ったの、何日ぶりかねぇ」

 

 正確には六日ぶりだが。感傷に浸っている余裕は今はない。

 アタシは指に(にじ)んだ血で、脚に履いていた脚冑(グリーヴ)に「凍結する(イス)刻」の魔術文(ルーン)字を描いていくと。


「我、()き止め凍りついた(とき)の針を戻せ───is(イス)

 

 魔術文(ルーン)字の力を解放するための力ある言葉(ワード)を唱えたアタシは。魔術文(ルーン)字を刻んだ脚で大地を踏み締め、凍結の魔力を地面へと伝達させていく。

 

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