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72話 アズリア、迫る眷属の爪撃

「いや……よく見ろよヘイゼル。連中、どうやら痛くも痒くもないみたいだよッ……」


 よく見れば、人間であれば大量に血が流れている程の傷の深さにもかかわらず。胸の傷口からは一滴の血も流れてはいなかったのだ。

 こちらに接近してくる蛇人間も、傷を痛がる素振りを一切見せていない様子から。もしかしたら、先程の群野犬(リカオン)動く屍体(ゾンビ)同様に厄介な相手かもしれない。


 こちらが対峙した敵の正体を見極めようと、攻撃よりまずは観察を優先したのだったが。

 どうやら相手は、アタシらが答えを出すのを待つ道理はさらさらなかったようで。


「──来るッ!」


 三体の蛇人間が同時に大きな蛇の口を開き、口内に生やした無数の牙を()き出しにし。大きく広げた両腕の先からは、鋭い爪を長く伸ばして攻撃の構えを取ると。


『『『──ギシャアアアァァッ‼︎』』』


 吠え声とともに一直線にアタシらへと突進してくる。


「それじゃ、前衛はあんたに任したよっ!」


 手には鉄球と火薬を装填(そうてん)したばかりの単発銃(マスケット)を構えたヘイゼルは、近接武器を持たない今の状態では蛇人間の突進に対処出来ないと踏んで。

 後方から射撃で援護するために、馬の手綱(たづな)を引いて馬を方向転換し。アタシの隣から離脱していく。


「……シュテン。アンタも、攻撃を受けない位置に一度下がってな」


 アタシは迫ってくる蛇人間をジッと睨み、目線を外さないまま。今は誰も背中に乗せていないシュテンに対し、指示を出す。

 普通なら人語を理解出来ない馬に指示を出すなど、頭がおかしくなったかと思われる行動だが……このシュテンは違う。


 アタシの言葉を理解した合図なのか、鼻息をブルル……と鳴らしていくと。後方から援護するため離脱したヘイゼルとは別の方向へと、颯爽(さっそう)(きびす)を返して走り出していった。

 これでアタシの周囲には、誰もいなくなった。


「これで……心置きなく、相棒(コイツ)を振り回せるってえ話だよッ!」


 突撃してくる三体を、ただこの場で待ち構えるのは危険だ。三体に包囲され、牙と両腕の爪で同時に攻撃されたら逃げ場はない──ならば。

 囲まれるよりも前に、迫る敵を迎え撃つしかない。

 アタシは一旦、膝を曲げて腰を落とし体勢を低くしていくと。先程は刺突を繰り出す構えを取ってみせたが、今度は真横に振り回すための予備動作。腰を回して握っていた大剣を背後へと振りかぶり、両腕に力を溜めながら。

 地面を蹴り、前傾した体勢のまま。一番先頭を走る蛇人間に向かってアタシは突進を開始する。


『ギシャアアアアアアア‼︎』


 アタシと蛇人間、互いに接近した事でその距離が一気に詰まると。両腕の攻撃範囲に侵入してきたアタシに向かって、無慈悲な爪撃が頭目掛けて放たれる。

 当たれば肉が引き裂かれ、まず間違いなく深傷(ふかで)を負うだろう、鋭く伸びた四本の爪の初撃を。アタシは蛇人間の腕を回避の直前まで目線を離さずに見極め、狙いである頭を少し横へと(かたむ)け、回避していく。


「……ちぃッ⁉︎」


 直後、側頭部(こめかみ)に走った鈍痛と灼熱感。


 突撃の足を止めたくなかったが(ゆえ)に、出来る限り最小限の動きでアタシは回避に成功したつもりだったが。

 どうやら避けた筈の爪が、(わず)かではあるが頭を(かす)めたようだ。痛みを感じた箇所が箇所だけに視認出来ないが、傷口から何か液体が肌を伝う感触は。おそらく血、なのだろう。


 だが、爪による初撃を潜り抜け、懐深くに踏み込んだことで。今、アタシの目の前には、蛇人間の胴体が無防備で晒されていた。

 慌てた様子の蛇人間は、懐に潜り込んだアタシの頭を無数の鋭い牙で噛み砕こうと試みるも。


「そうは……させるかよッ!」


 アタシは噛み付こうとしてくる蛇人間の(あご)を、背中側へと振りかぶった大剣の握り(グリップ)の部分で下から打ち抜いていき。

 牙の攻撃を防御したと同時に、さらに大きな隙を作り出すと。(あご)を殴り付けた勢いのまま、渾身の力で大剣を真横に振り抜いていく。


 今度は、振り抜く瞬間に。

 右眼の魔術文(ルーン)字を発動させて。


『……シャ?』


 一瞬、自分の身体に何が起きたのかを理解出来なかったのだろう。

 アタシが今、繰り出した横薙ぎの剣撃によって。身を守るための真っ黒な(うろこ)はまるで意味を為さずに、まさか胴体が上下に両断され。既に腹から下がない(・・・・・・・)状態なのを、いまだ把握出来ずにいた蛇人間は。

 残る両腕や口をばたばたと動かすものの、もうアタシを害するだけの力は残ってなく。やがて身体を支える足腰を失った上半身も、地面に力無く落下していった。

 

 それでも、戦闘前に見た胸板の傷口と同様に。上下に両断された切断面から、ただの一滴も血が流れ出はしていなかったのだ。

 

「な、何なんだい、コイツら一体ッ……魔竜(オロチ)に似ちゃいるが、少なくとも魔竜(オロチ)は血を流してたよ……ッ?」


 アタシは、今戦っている敵の正体が生き物なのか、亡者(アンデッド)なのか。(ある)いは魔竜(オロチ)の魔力で創られた魔法生物なのか。いよいよ頭が混乱しそうになったが。


「い、いやいやいやッ!……余計なコト考えるのは、目の前の蛇人間(コイツら)を片付けてからだよ、アタシ……ッ」


 そう。まだ迫ってくる三体のうち、最初に対峙した一体を倒しただけ。残りの二体は、左右から鋭い爪を伸ばして襲い掛かってきている最中なのだ。

 戦闘中に考え事をして呆けていると、またヘイゼルに叱咤(しった)されてしまいそうだ。


 アタシは余計な考えを振り払うという意図で、ぶんぶんと頭を左右に振ると。

 左右から接近してくる蛇人間の、果たしてどちらを先に迎撃するかを一瞬で判断する。


「──右、だね」


 今、発動している「筋力増(ウニョー)強」の魔術文(ルーン)字が右眼に宿っていて。両手で大剣を扱ってはいたが、アタシの利き腕は右だ。

 よって、右から迫る蛇人間を次の目標に定めたばかりのアタシだったが。


「アズリアっ頭を下げなあっっ!」


 突然、強い口調で掛けられたヘイゼルの指示に。指示の目的を詮索(せんさく)するよりも先に、身体が反応してしまい。

 思わず、言われた通りに身体を屈め、頭を少し低く下げた途端。アタシが次に斬り掛かろうとしていた右からの蛇人間の頭部が突然、爆発した。

 爆発……といっても。何も火属性の攻撃魔法や火薬による熱と轟音を(ともな)う爆発ではなく。蛇人間の頭が粉々に吹き飛んだのを「爆発」と称しただけだが。

 

 頭部を失った蛇人間は、突進してきた勢いのまま地面へと倒れ込み。そのまま二度と起き上がることはなかった。


「……仕方、ないねぇ」


 本来、攻撃しようとしていた対象を先んじて倒されてしまったのだ。ならアタシは、残る一体へと攻撃対象を変えるしかない。

 同族の二体がこの短時間に倒されたのだ。蛇人間に感情があれば、激昂(げきこう)したり反対に恐怖や怯えの反応を見せるのが普通だろうが。

 残る蛇人間は、何の感情を見せる様子もなく。ただ愚直にアタシに突撃を仕掛けてくる。


 アタシはてっきり、先に倒された二人の身体を群野犬(リカオン)の死骸を操ったように。死霊魔法(ネクロマジック)亡者(アンデッド)に変え、もう一度戦列に加えるのかと思っていたが。

 

「予想が外れたねぇ。まあ、そっちのほうが楽で助かるんだけど──ねぇッ!」


 右眼の魔術文(ルーン)字を発動させ、その魔力を身体全体に巡らせていることで。全身の筋力が飛躍的に上昇していたアタシは。

 大剣をもう一度握り直し。刺突、横薙ぎときて今度は頭上高く振り上げていくと。

 まるで周囲を揺らすかのような強烈な踏み込みと同時に、凄まじい速度で地面を跳躍していき。


『……ギ、ィッ⁉︎』


 回避は間に合わないと判断し、頭の前で両腕を交差させて防御の体勢を咄嗟(とっさ)に取った蛇人間に。

 防御されているのも構わずアタシは、頭上に掲げた大剣を勢いのままに振り下ろしていった。


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