表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1142/1777

60話 ジャトラ、魔竜の恩寵を授かる

27話のジャトラ視点の話の続き、となります。

 ──その一方で、シラヌヒ城地下では。


「う、お……オオオ……ォォォォ……っ」


 地面に座り込み、足元にぽっかりと空いた大穴を眺めながら。まだ穴の中に消えた自分の息子の、身体に突き立てた短剣を握り締めていたジャトラ。


「許せ……タツトラ……そして、サラサよ……全ては我らがカガリ領の民、そして……ヤマタイ全ての人間を救う……ため、なのだ……っ」


 彼の目からは滂沱(ぼうだ)と涙が溢れ落ち、その口からは自分が魔竜(オロチ)のために手にかけた妻子の名前を(つぶや)いていたが。

 同時に、自分の妻子を(あや)めるという行為に対する正当性を説き。妻子に理解を求め、許しを乞うていた。

 殺害された妻サラサと息子のタツトラ……二人が彼を許す機会は永久に訪れないが。とにかく彼は、愛する妻子を殺した罪を誰か許されたかったのだ。

 そんなジャトラの願望を知ってか知らずか。

 

『その罪──我が、許そう』


 ジャトラの眼前に広がる、地面の大きな穴から聞こえてきたのは。

 今、ジャトラが一番聞きたかった言葉だった。


「その……声はっ?」


 妻子を生贄(いけにえ)に捧げるくらいだ。穴の底に何が生息しているのかを、当然ジャトラは理解してはいたが。

 魔竜(オロチ)から声を掛けられたのは、これが初めての経験(こと)だったからだ。

 驚きのあまり、座った体勢のまま。大きな穴の(ふち)へと寄るジャトラは、底が見えない穴の先を覗き込んでいくと。


 穴の底に、まるで鮮血のような赤に輝く二つ……ではなく三つの眼が見えたかと思うと。その眼の光が急速に迫り来る。

 地面に空いた穴は確かに大きかったが、魔竜(オロチ)の頭が姿を現わすには全然小さかったようで。

 魔竜(オロチ)の頭部が穴を無理やり押し拡げながら迫る(たび)、穴の周囲から亀裂が走り地面が崩壊していく。


「──う、うおおっっ⁉︎」

 

 穴の(ふち)にいたジャトラは、地面の崩壊と亀裂に巻き込まれないように安全な場所へと飛び退()きながら。

 地面の穴から顔を見せた魔竜(オロチ)を、しばらく呆然(ぼうぜん)とした表情で見ていた彼だったが。

 ハッと我に返った途端に、魔竜(オロチ)に対して片膝を突いて頭を下げると。


「はっ……こ、これは、これは……魔竜(オロチ)様っ、この(たび)は我が願いを聞き入れて下さり誠に──」

追従(ついしょう)はよい』


 ジャトラとしては、自分が望む言葉を魔竜(オロチ)に掛けられたのが嬉しかったのか。興奮を抑えられず、魔竜(オロチ)へと感謝と敬意を伝えようとするが。

 各地に散らばる他七本の頭部から、外部の情報を入手していたこの首は。ジャトラの言葉を途中で(さえぎ)り、早速本題に入る。


『どうやらこの地に向かってきているのは、二ノ首と、六ノ首を討ち倒した人間のようだな』

「な、なんとっ⁉︎」


 魔竜(オロチ)の口から語られた事実に、ジャトラは耳を疑った。

 報告では捕縛し、逃げ出せないよう脚に負った傷を治癒せず放置して、幽閉してあると聞いていたが。

 その幽閉場所から逃げ出しただけでなく、逃げ込んだフルベの街の領主を打倒した……と。次々に飛び込んでくるフブキの動向から。

 彼女(フブキ)に強力な支援者がいることは、ジャトラも認識していたが。


「ど、何処(どこ)に、そんな猛者(もさ)がいたというのかっ?……それに、その猛者(もさ)何故(なにゆえ)、あの小娘と行動を共にっ……?」


 ジャトラも無能ではない。カガリ家の筆頭家老という、当主に次ぐ立場の人間として。領内にいる実力者はほぼ網羅(もうら)していた。

 カガリ領で名を馳せた武侠(モムノフ)羅王(ラ・オ)、そして術師や識者がフブキと手を組んで。自分に叛旗(はんき)(ひるがえ)さぬように、と。

 そういった人物に対しては、懐柔(かいじゅう)や人質を取るなどの手段で穏便に済ませたり。それでも提案を飲まない相手には幽閉や暗殺など、(あらかじ)め……手を回しておいたのだ。


 ならばこそ、フブキの協力者にジャトラは全く見当がなかったのだが。

 まさか、魔竜(オロチ)の首を一度きりではなく。二度も打倒出来る程の絶対的な実力者がフブキに味方しているとは。

 一度ならば何かの間違いもあるかもしれないが、偶然は二度も続かない。二度も起これば、それは偶然ではなく必然であり、実力なのだ。


『我としても。我の脅威(ちから)を理解している貴様がこの地の人間を支配する立場でなくなるのは、都合が悪い』


 魔竜(オロチ)としても、マツリが当主の時には次々に対策を取られたという記憶がある。

 大好物である人間の肉を食べようとした際に、何度となく手痛い反撃と対策を講じられたことか。

 それが、目の前のジャトラという男に力を貸し、カガリ家の実質的な支配者となってからは。「(にえ)」として差し出された人間らを、問題なく喰らうことが出来るようになったのだ。

 大量の人間を喰らい、本来の力を取り戻すまでは倒されるわけにはいかない。


 現に、二ノ首と六ノ首は人間を甘く見たため。封じられたのではなく、人間の手で倒されてしまったのだ。


『対策を、取らねばなるまい』

「で、ですが魔竜(オロチ)様。口を挟むようですが、連中を迎え撃つための人員を揃えるだけで、さすがに対策を取るほどの余裕は……」


 フルベ陥落の報告を受け、本拠地シラヌヒの警護を固めるために。周囲の拠点や都市へと人員をシラヌヒへと派遣する要請を出した……のだが。

 同じくフルベ陥落の知らせを聞いた、ジャトラの下の地位に甘んじていた武侠(モムノフ)らは。手の平を返したように様子見の態度を取り。結果的に要請を無視する選択を取ったのだ。

 今、ジャトラの指揮下にいる武侠(モムノフ)は三百ほど。この人数は、シラヌヒを警護するだけで精一杯の人員だ。

 

 最初は、かつて最強の傭兵団として名を馳せた「韃靼(タタルゥ)」の四人を雇い入れたのは、警戒が過ぎると思っていたが。

 今となってジャトラは、自分の直感は間違ってなかったと胸を撫で下ろす。

 そして、いくら魔竜(オロチ)危惧(きぐ)しているとは言え。フブキがシラヌヒに向け出立した状況下で、韃靼(タタルゥ)の四人を自分の直接の警護から外すような真似は賛同出来なかった。


『わかっている。と、そこで……だ』


 すると、突然。

 魔竜(オロチ)の首の辺りがぼこりと膨らみ、喉奥から何かが()り上がってきたかと思うと。

 口から、複数の丸く大きな石の塊を次々と吐き出していく。


 その数──なんと、五個。


 五個の石塊(いしくれ)はいずれも、ジャトラの背丈とほぼ同じ程度の巨大さだった。


「こ……これは?」

『はぁ……はぁ……我が魔力を宿した眷属を、貴様に授けてやろう、ふふ』


 息を荒らげた魔竜(オロチ)の言葉が終わるよりも前に。口から吐き出された丸い石塊(いしくれ)は大きさに見合わず、地面に落下した衝撃からか表面に亀裂が走ると。

 石塊(いしくれ)が縦に二つに割れた中から、ぬるぬるとした粘液塗れになって身体を丸めていた人型の生き物が姿を見せる。


「な、何だ、これは……生き物?」


 ジャトラが石塊(いしくれ)の中から現れた、謎の五体の生物の外見を観察すると。

 身体の表面は(うろこ)に覆われ、頭部は魔竜(オロチ)を模したような毒蛇(バイパー)蜥蜴(リザド)に似た形状をしており。まるで世界の最南端、マリリス火山にのみ生息すると噂される蜥蜴人(ダイナソア)のような姿をしていた生物は。

 外を覆っていた石の(から)が割れると、即座に活動を開始し。それぞれが粘液塗れのままで二本の脚で立ち上がり、ぺたぺたと足音を立て歩き始める。


『うむ、我が力を宿した眷属よ。命ず……我の首を討ち果たした人間と、一緒にいる人間も全員──殺せ』


 魔竜(オロチ)の言葉に、キィィィ!と甲高(かんだか)い奇声を発したと同時に。口にびっしりと生やした鋭い歯と、両の指先から伸びた鉤爪(かぎつめ)がギラリと光り。

 地下の広い空洞までの道を驚くべき速度で駆け抜け、外へと飛び出して行ってしまうのを。ジャトラは状況を飲み込む事が出来ず、ただ呆然(ぼうぜん)と見送るしかなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者のモチベーションに繋がるので。

続きが気になる人はこの作品への

☆評価や ブクマ登録を 是非よろしくお願いします。

皆様の応援の積み重ねが欲しいのです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ