57話 アズリア、微睡みの先に見た光景
「……むぅ」
物分かりの良いヘイゼルが一歩引いたため、フブキもそれ以上の追及を諦め、黙って引き下がるが。
彼女の表情からは、どうしても納得がいかないという心情が顕著に滲んでいた。
おそらくは、見張りに加えて貰えなかったのは。自分を戦力ではなく、お荷物だとアタシらに見られている……そう考えているのかもしれない。
「まぁ……ゆっくり寝れるのは今夜一晩だけだと思っときなよ、フブキ」
「え?……そ、それって」
だからアタシは、不機嫌そうにアタシから視線を逸らしていたフブキに声を掛ける。
言葉だけを聞けば、機嫌をさらに損ねてもおかしくない内容なのだが。まるで真逆の反応、期待に表情を綻ばせながらこちらを見るフブキ。
「ああ。明日の夜からはアンタにも見張りを引き受けてもらうからね。今夜はしっかり寝とくんだよ」
続くアタシの言葉を聞いて、期待が確信に変わり。いよいよフブキの緩んだ表情は満面の笑みにと変わっていき。
「──任せて頂戴っ!」
「お、おうッ?」
アタシの言葉が終わるのを待たずに、食い気味に返事をするフブキに。若干、戸惑いもしたが。
どうやら目の前のフブキの顔からは。先程までの不機嫌さは微塵も感じられなかったのを見るに。
フブキが不機嫌になった理由はアタシの想像通りだった事と。言い方は悪いが……後始末は上手くいった、という事だ。
「そういう事なら私はさっさと寝ることにするわ」
納得がいったフブキは、ヘイゼルの馬に積んであった毛布に包まり。寝心地が少しでも良くなるように石を片付け平らにした地面に、ごろんと横になる。
「じゃあ二人とも、見張りの前半は任せたよ」
「うんうんっ、まかされたよっ!」
「ほれ。余計な話はいいから、お姫様と一緒にさっさと寝ちまいな、アズリア」
そしてアタシも、見張りの前半をヘイゼルとユーノの二人に任せ。
道中の荷物を少しでも軽くするため、アタシ用の毛布は馬に積まず。代わりに、カナンに仕立ててもらった魔獣の革の外套で全身を覆い。特に地面を気にする様子もなく、座っていた岩を背もたれにして目を閉じると。
寝ようと試みて即座に眠りに落ちる事が可能なのは、八年間もの長旅や傭兵稼業で自然と身に付いた特技と言えるかもしれない。
「────」
間もなくアタシの意識は混濁し。深く……微睡みの領域へと、驚くほど迅速に沈んでいく。
眠りに落ちる際に、こんな感覚に陥る時のアタシは大概……幼少期の出来事を夢に見ることが多い。
一般的には「夢」というものは、神のお告げか妖精の悪戯によって見る現象と言われていたりするが。
夢を研究する魔術師らの考察によれば、夢は神や妖精によって見せられる現象ではなく。自分の心の中にある強い願望や、過去の苦い経験が頭から離れずに夢というカタチで現れるのだという。
──だとすれば。
「コイツは……何だってんだい?」
確かに眠りに落ちた筈のアタシの視界の先には、見覚えのない光景が映っていた。
知らない土地。
知らない人物たち。
一見すると、一人の壮年の男……身に付けた貴族風の服装に、豪華な装飾が施された長剣など。身格好からは身分の高さが窺える。その壮年の男が、その他大勢の衛兵に包囲されているという光景だった。衛兵の数、ざっと十五……いや二十はいる。
八年間の長旅の道中にも、悪事を働いた豪商や貴族ら権力者の館や拠点へと潜入し、悪事の証拠を盗み出し。領主やより高位の貴族の後ろ盾で、権力者を捕縛した事は何度かあったが。
アタシは、その壮年の男の顔に見覚えがなかった。
いや……単に頭から抜け落ちているだけかもしれないが。
早速アタシは、自分が眠りに落ちているという事を忘れ。衛兵らに味方をしようと、背中の大剣に手を伸ばそうとしたが。
「待てよ……よく見ればコイツら衛兵じゃねぇ……騎士だ、それも──」
アタシの視界に入ってきたのは、衛兵だと思われた連中の金属鎧に彫られていた二種類の紋章。一つはおそらく連中を指揮する貴族の紋章だろうが。
衛兵や兵士に金属鎧が支給されることは、裕福な国家や都市ならばあり得る話だろうが。その鎧に国家の紋章が入るとなると、衛兵や兵士程度の立場の鎧に彫られる事はまず、ない。
だがそれより、問題は二つめの紋章だった。
それは……帝国の紋章だったからだ。
「な、何で……帝国の連中がアタシの夢の中にまで出張ってきてやがんだッ?」
八年前に、恋仲だったランディの死が転機となり。アタシは故郷の帝国を出奔した。
当然、それ以来。帝国の地に足を踏み入れた事もなく、関与したのは傭兵となった時に好んで帝国軍を相手にしていた時と。
半年ほど前に黄金の国が帝国に受けた侵略戦争……所謂「ホルハイム戦役」の時だけだ。
だとすれば、アタシの見方と態度は一変する。
味方をすべきは壮年の男であり、倒すべきは帝国の騎士らなのだ。
アタシは背中の大剣に手を伸ばし、剣の柄を握って騎士を蹴散らし。包囲されていた壮年の男の元へと駆け付けようと試みる──が。
「な、何だッ? 身体が……すり抜けやがるッ!」
まず目の前の帝国騎士を退かそうと、肩を掴もうとアタシは手を伸ばすも。
肩に触れた感触はまるで感じられず。騎士の姿が幻影であるかのように、アタシの手は騎士の肩を透過していってしまう。
そして。
多分、騎士らを先導していた貴族なのだろう。貴族にしては歳若く、男とも女とも見れる麗しい容貌の赤髪の人物の合図によって。
包囲していた多数の帝国騎士は剣を構え、壮年の男へと一斉に襲い掛かる。
一対二十、他勢に無勢ともなれば。襲い来る剣の刃を防御するにも限度があり、避ける場所は残されていなかった。
「や、やめろおおおおオオオオオオッ!」
アタシは絶叫しながら、騎士らの身体を通り抜けて壮年の男の隣に並び。男に向けられた剣を大剣で弾き飛ばそうと試みるも。
先程、肩や身体をすり抜けたのと同様に。アタシが掲げだ大剣を、騎士らの剣は透過していき。アタシの横にいた壮年の男の身体へと刃が喰い込んでいく。
同時に、刺突を繰り出した騎士の剣先が。壮年の男の胸板に、腹に、背中に次々に突き刺さっていく。
剣で斬られた傷、剣が刺さる傷口、そして彼の口からも大量の真っ赤な血が流れ。壮年の男は自分の身体から流れ出た血溜まりに力なく倒れ込んでいく。
誰が見ても、壮年の男の傷は致命傷だった。
赤髪の貴族は、壮年の男の生命の灯があと少しで消えるのを確信したのか。騎士らに合図を出してその場を離れていく。
地面に倒れた壮年の男は、仰向けになり天を仰ぐと。未練があるのか、死にきれないからか、虚空に向け震えながら腕を伸ばしていく。
「な、何が言い残したいんだいッ、アンタッ?」
壮年の男の正体は不明だが、目の前で死んでいく人物がいたら。まずは駆け寄り、未練があれば聞いてやるのが人間の道理というやつだ。
アタシは、空へ伸ばした男の腕を握ってやろうとしたが。
騎士らを相手にした時と同じく、アタシの指は無情にも男の手をすり抜けていってしまう。




