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50話 フブキ、幼き時の回想を語る

 琥珀酒は、(フルベ)で味わった(コメ)の酒に比べて相当に酒精(アルコール)の度合いが強い酒だ。

 フブキがどの程度、酒に強いのかアタシは知らないが。そんな酒精(アルコール)の強い琥珀酒を喉へと流し込んだことで、すぐに酔いが回ったのだろう。

 (ほお)を赤らめてしまっていたフブキは。


「あれは──まだ私がこれくらいの子供の頃だったかしら」


 酔いで口が軽くなったのか、小柄なユーノの背丈よりもずっと低い位置、彼女(ユーノ)の腹ほどの高さを指し示す。

 通常ならば、年齢にして五、六歳という頃合いだろうか。


「そういや、屋敷でも言ってたね。お姫様、実は『異端』だ何とかで(うと)まれてた、って」

「ええ、周囲の大人たちは私だけを遠ざけていたけど、お父様とお母様、そしてマツリ姉様は……私を家族だと扱ってくれたわ」


 アタシも屋敷にいた元領主から初めて知る事となったのだが。

 フブキの家系では代々、火属性の魔力を持っている血統なのに。何故か彼女(フブキ)のみ氷属性の魔力を持っていたことで、周囲から「忌み子」扱いされていた……のだが。


 過去の話を蒸し返すヘイゼルにも、酒に酔ったフブキはあまり気にする様子もなく。

 上機嫌なまま、本題である家族の話をし始める。


「そんなある日。私とマツリ姉様の生命を狙って、住んでた城の中に敵の国の(かげ)が侵入したの」


 すると、「(かげ)」という単語に首を(かし)げ。焚き火の明かりに照らされた足元に伸びる自分の影を指すユーノ。


「え……と、ん? かげ?」

「ああ、(かげ)ってのはね──」


 アタシは一度、フブキにこの国(ヤマタイ)に来た目的を語った際に聞いた事があったが。

 ユーノとヘイゼルにとっては「武侠(モムノフ)」同様に、聞き慣れない言葉だったようだ。


 潜入や目的物の奪取、破壊活動や暗殺など。正体を知られる事なく表舞台の裏で暗躍し、受けた命令を忠実に実行する人間のことをこの国(ヤマタイ)では「(かげ)」と呼ぶらしい。

 大陸で指すならば、隠密(スカウト)暗殺者(アサシン)といった役割なのだろう。


「……というわけよ。わかった?」

「うんうん……そっかあ」


 初耳だった言葉の説明として、(かげ)の役割を事細かにフブキから聞かされたユーノの反応はというと。

 一見、内容を理解しているかのように深妙な顔つきで。腕を組みながら何度も(うなす)いて見せていたが。

 

「あははっ……むずかしすぎて、ボクにはわかんないやっ」


 表情を一変、満面の緩んだ笑みを浮かべて。考えるのを諦めたことを白状するユーノを見て。

 アタシから見てもすぐにわかる程に肩を落とし、説明が理解されなかったことに呆れ顔をするフブキ。


 一方でアタシは、というと。


 ユーノがただの傭兵や冒険者であったならば、今のままでも(むし)ろ「可愛げがある」と評価されるだろうが。

 元来のユーノの立場とは──魔王領(コーデリア)を統治する獣魔王リュカオーンの四人の側近の一人であり、同時に獣人族(ビースト)一つの種族の(おさ)でもあるのだ。

 いくら小難しい話の大半を、常にアタシに対抗意識を持つ褐色の魔(アステロペ)女と、元・裏切り(レオニール)者に一任されているとはいえ。

 

「それでイイのかねぇ……魔王領(コーデリア)


 アタシは三人に聞こえない小声で、この先の魔王領(コーデリア)の行く(すえ)を少しばかり案じてしまうのだっだ。


「で、話の続きだけどさ──」


 どうやらユーノと違い、フブキの丁寧な説明で状況を理解出来たヘイゼルはというと。

 ユーノの反応で腰を折られた会話を続けるよう、呆れ顔のフブキに催促(さいそく)する。


「生命を狙われたお姫様は現にこうして無事でいる、ってことは……誰かに守られたって話だよな──つまり、それが」

「そう。その時に私と姉様を助けてくれたのが……イサリビ父様よ」


 ◇


 ここからは、フブキの回想となる。


 今から、十年前の話。

 カガリ家は、多数の物流により大きな利益を生み出すモリュウ運河を巡って。同じく八葉の一つ・隣国リュウガ家と抗争の真っ只中であった。

 当然ながら、本拠地であるシラヌヒ城にも。リュウガ家からの刺客の(かげ)が送り込まれ、要人の暗殺や拉致を仕掛けていた。


 そんな事情など知らずに暮らしていた

 フブキとマツリ、二人の姉妹の前に。


「だ、誰っ? あ、あなたたち……っ!」


 顔を隠し、黒装束(くろしょうぞく)に身を包む幾つかの人影が無言で立ち塞がる。

 怯えて声が喉から出せなかったフブキを庇うように、一歩前に出て気丈に黒装束(くろしょうぞく)の連中へと目的を聞くマツリ。


『……』


 (かげ)はマツリの問いに無言を貫いてみせるが。

 その手に握られた、周囲の光を反射しないよう荒く磨かれた短剣の刃は、真っ直ぐに二人へと向けた時点で。彼らが二人に危害を加えようとする目的なのは明確だった。


 数人の(かげ)らは、目の前にいるのが幼い少女が二人にもかかわらず、急に襲い掛かる真似をせず。

 一歩、また一歩と焦らすように包囲し、逃げ道を断ちながら距離を詰めてくる。


「く、っ……」


 最初こそ、フブキと一緒にこの場から逃走しようとしたマツリだったが。自分の背中に隠れているフブキを見ると、すっかり怯えて膝が震えていた。


「お、お姉ちゃん……」


 これでは、いくら目の前の(かげ)が隙を見せ。マツリが手を引いて逃げ出そうとしても、逃走が成功する確率は限りなく低いだろう。


「……大丈夫よ、フブキ。何があっても、あなただけはお姉ちゃんが守ってみせるから」


 逃げる選択肢がない、と悟ったマツリは。幼子とは思えない殺気を込めて、目の前の(かげ)を睨み付けると。

 胸の前へと突き出した両手で、三角を描いたり、指を巧みに組んでみせたりという動作を行い始め。

 

(エレ)願う(ノウマク)……怒れる権現(サンマンダ)……朱く燃ゆる(バサラダン)守護の紅蓮(オンカルラ)──」


 彼女(マツリ)の口から紡がれるのは、詠唱。


 カガリ家の血統が持つべき魔力を持たずに生まれたフブキとは違い、本来の火属性の加護を色濃く継承したマツリは。

 一年ほど前から、カガリ家の巫女となるべく厳しい修行を、文句一つ漏らす事なく完璧に(こな)してきたことで。

 (わず)か六歳という幼さながら。カガリ家を守護すると言い伝えにある炎の魔神から、強力な炎を借り受け、召喚することが出来た。


 今、マツリが両手の指で何かを描いている動作と詠唱こそ。炎の魔神の力を借り、強力な炎をこの場へと呼び寄せるための予備動作なのだ。

 それが証拠に、詠唱を続けるマツリの両手の先に真っ赤に燃える炎の塊が生み出される。

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