49話 アズリア、四人で火を囲んで
すると、何とか感情を顔に出すまいとしていたアタシの雰囲気を察したのか。焚き火側にいたヘイゼルが、酒を片手に会話に割り込んでくる。
どうやらアタシがフブキと話していた間にも、既にヘイゼルは一人で酒を飲み始めていたようだ。
「ほらほら、二人で盛り上がってんじゃないよ」
最初はアタシとフブキとの間に流れる重い空気を払拭しようとしたのか、とばかりに思っていたのだが。
どうやらヘイゼルの意図はアタシの考えとは違っていたようで。フブキにニヤリと片側の口角を吊り上げ、何かを企んでいるかのような笑みを浮かべると。
「いや、さ。考えてみりゃ、アズリアはともかく途中から加わったあたしらは、カガリ家について何も知らないんだよね」
「……そうだったかしら?」
フブキは言葉を濁してみせたが、確かにヘイゼルらが合流した際に。
街の噂話をしてみせた憶えはあったものの、あの時フブキの口からカガリ家の過去や内情を聞いた記憶はなかった。
いや、そもそも──アタシも彼女が語ろうとしなかった家の事情を、敢えて深掘りして聞いてみようとは思わなかったからか。
幽閉場所から救出したこれまでの間、カガリ家の詳細について。フブキの口から語られた事はなかった筈だ。
「……ふぅ」
そんなフブキが、ヘイゼルからユーノ、最後にアタシへと視線を移した後。
諦めたように目を閉じ、溜め息を一つ吐くと。
「じゃあ、話しておこうかしら。マツリ姉様の事、それにお母様や父・イサリビの話を、ね」
そう口にして、何かしらの強い決意を秘めた表情を見せるフブキは。ヘイゼルと並んで、焚き火の元まで歩いていってしまうが。
フブキとの会話が、思わぬ方向に流れていってしまった事に。アタシは戸惑いを感じながら、遠ざかる彼女の背中をジッと見ていたのだが。
そんなアタシの右手を不意にくいくい、と引っ張る感触が。
「ほら、お姉ちゃんも、いこっ!」
「お、おいッ!……ちょ、ちょっと待てッて、ユーノ?」
見れば、満面の笑みを浮かべたユーノが。二人の後を追いかけようとアタシを急かしてくるのだ。
アタシも、フブキが話そうと決めた内容を是非聞こうとは思っていたが。その前に河原の石を積んだ竈門でやっておいた事がある。
そのためにアタシは、両手でアタシの腕を引っ張るユーノに少しだけ抵抗してみせる。
「ゆ、ユーノッ……そんな強く引っ張るなっての? 鍋が、こぼれちまう……ッ!」
フブキが米を煮ていた横で、アタシも鍋を竈門の火に掛けていたのだ。
アタシはユーノが引っ張る力に抗いながらも無事、鍋を回収して。ユーノへと焚き火側へと引きずられていく。
こうして、一番最後にアタシが焚き火を囲うように、椅子代わりに置かれた大きな石に腰を下ろし。
四人に串焼きにした川姫魚と、フブキが仕上げた米。料理に加え、アタシとヘイゼルの前にはそれぞれ別途の酒が満たされた陶器の壺が用意され。
全員の食事の準備が整ったところで。
「それじゃ、始めるとしようじゃないか」
「──こほん。それは、食事と私の説明……どっちの事かしら?」
アタシが石に腰掛けたのを見るや、ヘイゼルがこの場を仕切り始めるのだが。
彼女の合図に対し、フブキがわざとらしく咳払いをすると。自分を指差しながらあらためて確認を取ると。
ヘイゼルは、アタシが持つ米の酒ではなく。この国まで乗り継いだ帆船に積んでいたであろう琥珀酒を満たした瓶を一口含み。
「そりゃ決まってるだろ、お姫様の話さ」
「まあ……別にいいけど」
と、間髪入れずに答えていく。
先程は話す覚悟を決めたような素振りを見せていたフブキだったが、ヘイゼルの返事を聞いて顔色を曇らせていく。
「……とは言え。お父様やお母様、つまりは過去の話を聞いたからといって、シラヌヒ攻略に何かの助けになるとは到底思えないのだけど」
フブキの憂いは最もだ。
そもそも、アタシが最低限のお家事情しかフブキに聞かなかったのは。彼女から受けた依頼の達成に、カガリ家の事情を深掘りする必要がないと判断したからだ。
しかも。聞けばフブキの両親はどちらも既に存命ではないという。ならば、この場で彼女に二人の話をさせるというのは、一体何の意味があるというのだろう。
アタシもヘイゼルにどのような意図があって、フブキの家庭事情を掘り下げるのかを。目の前にある料理を口に運びたい衝動を抑えながら、耳を傾けていると。
「あたしはね……そこのお人好しと違って、素性の知れない相手にゃ生命は張れないのさ」
「ははあ……なるほどね、うん。納得したわ」
何故かアタシへと視線を向けたヘイゼルは、褒めているのか悪く言っているのか微妙な言い回しをすると。回答を聞いたフブキが、途端に表情を緩めて笑みすら浮かべる。
「おい! どういう意味だいそりゃ!」
二人のやり取りが、まるでこちらを小馬鹿にするような態度だったためか。苛立ちを覚えたアタシは声を荒らげるが。
「いや……だって」「なあ」
ヘイゼルとフブキの二人が顔を見合わせると。
事前に打ち合わせでもしていたかのように、二人揃えてアタシを指差して首を傾げてみせる。
「頼みを聞いてくれたのは嬉しかったけど、まさか何も聞かずに本当にシラヌヒに突撃してくれるなんて……ねえ?」
「なあアズリア……普通、依頼主の素性はもっと確かめるもんだろ?」
「しかも一人で流行り病を止めに行く、とか。発想が正気の沙汰じゃないわよ」
「まったく、一歩間違えば『無茶』とか『無謀』の類いだって、理解してないのかい?」
「ゔッ……そ、そりゃあ、さぁ」
息を合わせたように二人してアタシを問い詰める態度に。アタシは何も言い返せなくなり、言葉を詰まらせる。
だが、それ以上アタシを責め立てる言葉が二人から飛んでくることはなかった。
「まあ、いいわ。そんなアズリアがいなかったら今頃私はあの洞窟で死んでたか、魔竜の腹の中だったんだし、ね」
つい先程までアタシを、矢継ぎ早に言葉で責め立てていたフブキだったが。最後に彼女の口から出たのは、自分を救った事への感謝の言葉だった。
言葉と同時に、フブキはアタシに向けて片目をパチリと閉じて舌を出してみせると。
「生命の恩人の顔を立てて、素性でも何でも話してあげるわよ」
そう言うとフブキが腰を下ろしていた石から立ち上がり、早足でヘイゼルの元へ歩み寄っていくと。
「お、おいっ? それ、あたしの酒っ──」
ヘイゼルが地面に置いていた琥珀酒の入った瓶を素早く掴んだフブキは。そのまま注ぎ口に唇に付けて、中身の酒をぐびりと口に流し込んでいく。




