45話 アズリア、同乗者の異変に気付く
次の瞬間。
「あ──っはっはっはっはっはっはははははは‼︎」
案の定、ヘイゼルとユーノは盛大に笑い出す。
悪意なく笑っているユーノはともかく、ヘイゼルなどは空腹を訴えたアタシの腹を指差しながら、自分らの腹を抱えて。
馬鹿にされても仕方ない、と覚悟はしていたが。実際に笑いの種にされてしまうと、文句の一つも口から出てしまう。
「し、仕様がないだろッ? 今日はまだ朝から何も口にしてないんだからさぁ……」
が、アタシの言葉を打ち消すように。二度目の腹の虫が大きく鳴ると。
一度目と大差ない空腹の訴えに、二人は収まりかけていた笑い声を再開させる。
「お、お姉、ちゃんっ、あははっ、どれだけ、おなかへってたのおっ、あははははっ……」
「くっくっくっ……いやいやユーノっ、考えてもみろよ、あの大喰らいのアズリアが、むしろここまで我慢出来ただけでも褒めてやらねぇと、ぷ……あ──っはっはっはっは!」
二人は何かアタシに言っているようだが。大声で笑いながら話していたために、言葉の意味を上手く聞き取ることが出来なかった。
それでも、馬鹿にされているのだけはヘイゼルの態度から察したアタシは。
「……くそッ」
今さら二人に反論しても、「愉快な感情」という火に油を注ぐだけだ。
だからアタシは黙ったまま二人に背を向けると、ここまでアタシらを乗せて走ってくれた馬を繋ごうとする。
「ん?……そういや──」
ふと、手綱を引きながら。先程の大笑いに何か違和感を覚えていたアタシだったが。
その理由はすぐにわかった。
アタシが引っ張る馬の背には、まだフブキが降りずに乗っていた。考えてみれば、空腹で鳴った腹を笑った中にフブキが混じっていなかったからだ。
「あの、フブキが、かい?」
ヘイゼルほど人を馬鹿にする性悪ではないが、かといってユーノほど純朴で素直な性格ではないのは。幽閉場所から救出してからの決して短くない時間、フブキを見てきたから理解している……と思っている。
そのフブキが馬に跨ったまま、先程の会話に入ってこないというのは少し変だ。
唐突に胸騒ぎがしたアタシは、慌てて馬に乗ったままのフブキへと視線を向けると。
「お……おい、フブキッ! フブキッ!」
変わらず馬の背に跨るフブキの脚を揺すりながら、アタシは彼女の名前を大声で連呼する。
それでもフブキは何の反応も示すことなく、見れば焦点の合わない視線をただ一点を向け。まるで抜け殻のようになっていた。
背後で笑い続けていた二人も、アタシの切迫した雰囲気を見て。笑うのを止め、何事かとこちらに注目していたが。
アタシは二人に構わずに、物言わなくなったフブキの身体のあちこちを視認していく。
「──くそッ! アタシが護衛してながら、気付けないなんて……ッ!」
アタシは片手で頭を押さえながら、苛立ちのあまり髪をくしゃくしゃと掻きむしり。歯軋りを繰り返す。
今、アタシが懸念していたのは。抜け道に待ち伏せていたかもしれないジャトラの配下が、何らかの手段でフブキを攻撃したかもしれないという点だった。
勿論、敵の本拠地であるシラヌヒに向かうための道中だ。アタシも周囲に警戒はしていたし、ユーノが敵の気配を察知したなら即座にアタシに報告してくるだろう。
だからこその油断もあったのだが。
敵であるジャトラの視点から見れば、既にフブキの偽者を用意しているという話だ。だから本物のフブキを始末してしまえば、当主マツリは永久に自分の手の内のまま……といったところか。
当主マツリに味方するこちら側にとっても、逆にジャトラ陣営にとっても。勝敗を左右する一番重要な人物。それがフブキだっただけに。
アタシはもう少し、フブキへの警戒を強めておくべきだったと後悔する。
「見たところ、傷も、魔法を喰らった様子もない……みたいだけど」
そんなフブキの身体の表面をサッと見ただけだが、投石具などの石礫や、矢を受けた傷は今のところ見られなかった。
ならば精神に影響を及ぼす何らかの魔法でも、と思い。左眼に魔力を巡らせ、魔力の流れを視ることの出来る「魔視」を使うも。
フブキの魔力には何ら悪影響は見られなかった。
ならば、何故フブキは動かないのか。
アタシが、その背後にいた二人も心配そうな視線で馬上のフブキを注視していた……その時だった。
「う……ううん、はあ……酷いメに遭ったわ……ぅぅぅ」
先程まで、アタシが脚を掴んで身体を揺すっても何の反応も示さなかったフブキが。額に手を当てて頭を左右に振り、息を一つ吐くや否や。
まるで寝覚めのようなか細い声を、彼女は口にしたのだった。
「お、おいフブキ、何があったッ?」
声を発し、反応を見せたことにアタシは一旦胸を撫で下ろし安堵するが。先程までの異常から、フブキに何かがあった事は間違いない。
気を取り直したアタシは、フブキに何が起きたかの説明を求めていくと。
「な〜に〜が〜……ですってえ? アズリア、私……言ったわよねええ」
途端にフブキは、声を掛けたアタシを真っ直ぐに睨んでくる。
確かに、彼女はアタシにシラヌヒまでのの護衛を依頼したのだ。道中までの安全を約束した以上、依頼主の身に危険が及んだのなら護衛に怒りを向けるのは当然の話だろう。
彼女の怒りの鉾先を、アタシは甘んじて受け止めることにした。
「済まなかったねぇフブキ。アタシは──」
「ついさっき、怖い思いさせて悪かったって謝ったばかりじゃない! なのにまたあんな速く馬を走らせてっ!」
しかし、アタシの謝罪を遮りながらフブキの口から出たのは意外にも。
山道を駆けた馬が、あまりに速すぎたという速度の抗議の言葉だった。
確かにアタシは二度ほど、同乗していたフブキを案じることなく急な走り出しや全速力で山道を跳躍させたりと。フブキを驚かせてしまう失態をしたため。
互いの間で「速すぎたら速度を緩めるよう口に出す」と約束した筈なのだが。
そして、つい先程まで。ユーノが目の前の小川と休憩に適した場所を発見するまで。フブキから「速度を落とせ」という声を掛けられた記憶は、アタシにはなかったのだが。
きっと怪訝そうな顔を浮かべてフブキを見返していただろうアタシに対して。
「こっ……怖すぎて、声なんて出せなかったのよっ!」
アタシが何を思っていたのかを知っているかのように。彼女は互いに交わした約束を果たせなかったその理由を明確に告げた。
「なるほど、な。お姫様はアズリアがあまりに馬を飛ばしすぎたから、気が抜けちまったわけだ」
「そ……そうよっ!」
理由に唖然としていたアタシに代わり、背後から近寄ってきたヘイゼルが先程までの馬上のフブキの異変を要約してくれた。
つまりは、フブキは道中に待ち伏せていたジャトラの配下に攻撃を受けたわけでは決してなく。
アタシが駆る馬の速さに三度、恐怖を感じたものの。最早その時には恐怖で身体が竦み、要望を口に出せる状態ではなかったというのだ。
そして恐怖に晒され続けた結果、すっかり放心してしまい。先程のように声を掛けても身体を揺すっても反応を示さない状態になった、とも。
「はいはい、どうせアタシが全部悪いんだよ……ふん」
小川に到着してから、腹の鳴る音でヘイゼルとユーノには笑われるわ。
馬の速度に恐怖し、声も出せなくなっていたフブキからは叱咤されるわ、と散々だったアタシは。
「──アタシの味方はアンタだけだよ、うん」
まるで拗ねるかのように、心にもない言葉を冗談めいて吐きながら。
せめてもの僅かな幸運である、自分を乗せることの出来た馬の頬を優しく撫でていった。




