41話 アズリア、先に続く道への懸念
こうしてアタシらは、四方を岩壁で囲まれた薄暗い洞穴を少し我慢して進むと。
やはりこの洞穴は大した距離ではなかったようで。光射す先には、アタシの予想通り外の景色が広がっていた。
「あれ? ひみつのみちって……これでおわり?」
洞穴の外へと出たアタシとフブキの乗る馬のすぐ後ろから、駆け足で次に洞穴を出てきたのはユーノだった。
そのユーノは、外に出だ途端に周囲を忙しなく見渡していたが。
「あはは、そんなわけないでしょ。シラヌヒはまだまだ先よ、ほらっ」
アタシの背中越しにフブキが指を差した先には、山の奥に延々と伸びる獣道が続いており。シラヌヒまで伸びる正規の平坦な道に比べると、傾斜が大きい登り道となっていた。
然るに、アタシらが通ってきた洞穴はこの獣道を正規の道を通る人間から誤魔化すために用意されたのかもしれない。
周囲を険しい山々に囲まれたシラヌヒを、平坦な回り道ではなく。その険しい山を一直線に突っ切るための道なのだろうが。
「こんな登り道を二人乗りで……大丈夫かねぇ」
大丈夫か、というのは後ろに乗るフブキを心配したわけでは決してなく。まさにアタシらが騎乗する馬の脚を案じて、の言葉だった。
確かにフブキに用意して貰った馬は、体格に見合った立派な筋肉の具合の見事な馬だったが。
それでも重量のあるアタシに、さらにフブキと二人乗りという負担のまま。目の前に伸びる険しい獣道をどこまで走れるのか……という懸念だったが。
アタシがそんな言葉を口にした途端。乗っていた馬が「ヒヒィン」と鳴き声を漏らし、蹄で地面をかつかつと打ち鳴らす仕草を取る。
「ほらアズリア、馬は『任せろ』って言ってるわよっ」
「……ホントかねぇ」
さすがに人間が動物の思考を理解出来る、などという話は聞いたことがない。
しかし……もしかしたら人間ではない、獣人族のユーノだったら動物の気持ちがわかるのではないか、という淡い期待から。チラッとユーノに視線を移していくと。
「え?」
「あはは……だよねぇ」
どうやらユーノはどこか違う方向を見ていたらしく、今のやり取りを聞いていなかったようだ。馬の鳴き声の意味がわかるか否か、それ以前の問題だ。
抱いた淡い期待は、また別の機会に確かめることとしよう。
ユーノに遅れ、少し時間が掛かってヘイゼルの乗る馬が洞穴から姿を見せる。
「いやあ……先を行くあんたがいつまでも灯りを照らさないから、進むのも気が気じゃなかったよお……」
薄暗い空間から解放された安堵からか、息を大きく吐くヘイゼル。
どうやら先導していたアタシらが、照明を使うだろうと思っていたらしいが。
「あのさあ……ヘイゼル。アンタはアタシが基礎魔法使えないっての知ってて言ってるんだろ?」
「いやいや、あんたが使えなくったって。背中に乗せてるお姫様が使えるだろうがよっ」
ヘイゼルの抗議の言葉に、後ろにいたフブキが肩からひょいと顔を出し反論しようとする。彼女は洞穴の中で、魔法で照明を出すことを実際に提案していただけに。
だが。アタシは背中越しに開いた手を差し出し、フブキを制していく。
「な……何でっ?」
顔が近いのをよい事に、耳元に口を寄せたフブキが小声で。何故ヘイゼルへの反論の機会を制したのか不満を口にするが。
アタシも小声で、フブキの不満を払拭しようとする。
「ヘイゼルはさ、あれでもアタシらを心配してくれてんだけどさ……ああいう言い方しか出来ない女なんだよ」
「え、そ、そうなの?……とてもそんな風には──」
フブキはまだヘイゼルと知り合って大した日数は経っていないだろうが。
既にヘイゼルと行動を共にし、半月以上は経過していたアタシは。徐々にではあるが元海賊だったヘイゼルの事を知ることが出来た。
その一つに。
対象がアタシの場合、何を話し出すにしてもまずは皮肉や否定から始めないといけない性格だ……ということだ。
だが同時に、その皮肉や否定が彼女なりの懸念や心配の表れであり。本当は相当に義理堅い性格なのだということも理解していた。
そうでなければ、アタシとの約束を守ってユーノの世話を見ながらこの国に上陸することはなかっただろうし。そもそもこの国に来る前の、海の王国で奈落の神が引き起こした大騒動の最中に。アタシらの味方にならずに逃げ出せる機会など、幾らでもあったろう。
「……ふーん」
「な、何だよお姫様っ?」
アタシの説明を聞いて、反論するのは思い止まってくれたフブキだったが。代わりに肩越しにヘイゼルに疑いの眼差しを向けていたが。
アタシは構わず、ジッと見つめるフブキの視線を受けて首を傾げていたヘイゼルへ声を掛ける。
「それじゃヘイゼル。ここから先はシラヌヒまで、一直線に道を馬で駆けるだけの簡単な話さね」
「馬で駆けるって……この登り道を、かい?」
洞穴を出てすぐにアタシらと会話を交わしていたヘイゼルは、ようやく急激な傾斜の山道を目にして。
ギョッとした顔で、道を指差しながら抜け道を唯一知るフブキに真偽を問うが。
「そうよ?」
そう答えたフブキは満面の笑みを浮かべていた。
おそらく笑顔の真意は、先程ヘイゼルに反論出来なかった不満の意趣返しといったところだろうか。
「い、いや、けどよおっ……?」
ヘイゼルがここまで不安がっているのは、先程のアタシと同じ理由なのだろう。
大陸では、馬という騎乗動物は主に平地で運用されるものであり。帝国重装騎士に代表される重装備の騎士は馬に乗って移動せず、馬車や魔法を使用するのが通常であり。
とてもではないが、この険しい山道を進むのは難しいと思わざるを得ない。
「へぇ……珍しいね、ヘイゼル。アンタがこんなにゴネるなんてねぇ」
……にしても、である。
ここまで不安がるヘイゼルの態度に、アタシは新鮮さを感じていた。というのも、今までの旅が海路だった事にも起因してるのだろう。
彼女がいなければ、海の王国を離脱した後の航海をまともに行えなかった筈だ。元海賊のヘイゼルが持つ海や船の知識に、アタシもユーノもかなり助けられる点が大きかった。
──だが。
「いや、何落ち着いてんだいアズリアっ……馬でこんな山道登るなんて無茶だってえ話だろ?」
ヘイゼルは同じく大陸出身のアタシならば、険しい山道を見て不安になる自分の気持ちを理解して貰えるものだと勘違いしていたようだ。
アタシとヘイゼルが抱いている懸念は、似ているようで全然違うものだ。
ヘイゼルが抱いていた懸念は。急な傾斜の山道を進めば、落馬する危険があるという彼女自身の身を案じての話だが。
アタシの心配事はそこにはなく。馬が途中で潰れてしまわないかという懸念だった。
すると。
アタシが乗る馬が再び、蹄をかつかつと鳴らしながら今度は大きく嗎きだす。
何か、乗り手であるアタシに訴えかけるように。




