38話 アズリア、フブキの失念
だが、出発の時に色々な出来事があったお陰か。
同行する他の二人には「秘密の抜け道」の事を一切話していなかったからか。
「どうしたんだよ、こんな何もない場所で? ユーノが隠れてる敵の気配でも察知したってのかよ?」
突然、アタシが速度を緩めて馬を歩かせたことに不審がりながら。同じく馬の速度を緩めて歩を寄せてくるヘイゼルは。
アタシが馬の速度を落としたのを、周囲を警戒していたからと踏んだのか。先頭を走っていたユーノに制止の声を掛ける。
前領主だったソウエンやカガリ家の人間であるフブキ、そしてモリサカが尽力して街の復興や、実権の掌握にこの四日の間尽力してはいたが。
屋敷でアタシらに剣を向けた武侠の中には、嬉々として元領主に忠誠を誓った者だっていた筈だ。
そんな連中が、アタシらを狙って襲撃する可能性も全くの皆無とは言えなかったからだ。
「え? ぜんぜんそんなけはいないよっ」
そんな彼女に呼び止められ、ピタリと脚を止めてくるりと振り返ったユーノだったが。
ヘイゼルの指摘する敵の気配や存在は、首を元気良く左右に振りながら即座に否定する。
「だったら、この場所に何か用でもあるってえのかよ……?」
ならば、アタシの突然の行動に納得のいかないヘイゼルは。一体何事なのか、と不思議そうに訊ねてくるので。
「そういや二人にゃ話してなかったねぇ。実はさ──」
返答としてアタシは。療養所でフブキから聞いた話を、頭で覚えている限りで再現してみせる。
「へえ、ちかみち……ちかみちかあ、ふんふん。ボク、よくわかんないけど……すごいことなんだねぇ」
話の途中、何度も内容を理解しているように頷き「なるほど」「そうか」という独り言を繰り返し呟いていたユーノだったが。
どうやら、あまり抜け道の重要性を理解出来てはいなかったようだ。
ユーノは、大陸から離れた魔王領で生まれ育ったためか。時々、妙に鋭い閃きを見せる反面。街や村で暮らす人間が基本的に身に付けている知識が欠如していたりする。
アタシが教えたり、言い聞かせれば大抵の事はすぐに理解出来ることから。元々、ユーノの頭の出来は良いとアタシは思っている……のだが。
「ん? なになに、お姉ちゃん?」
「……いや、何でもないよッ」
どうやら今回に限っては、元来の飲み込みの良さや理解の早さは発揮されなかったようだ。
だが、同じく話を一緒に聞いていたもう一人……ヘイゼルは。話の内容の重大性をよくわかっていないユーノとは違い、充分に理解していたようだ。
「懸かる日数が半分以下って、その話がホントなら凄い話じゃないか……で、だ」
アタシが話を終えると、ヘイゼルは一本立てた指をこちらに差してくる。
……いや。正確には、指を差した先はアタシではなく。アタシの背後で跨っていた馬から降り、辺りをきょろきょろと見渡していたフブキだった。
「あの娘は一体何を探してるんだい?」
「……さあ? アタシも詳しい話は聞いてないからねぇ」
周囲を隈無く、覗き込むように視線を巡らせ何かを探していたフブキ。
アタシはてっきり秘密の抜け道とは、パッと見てわかるような道とばかり思っていたが。もしかしたら、一見では判別出来ないように細工がされているのかもしれない。
……もしくは、或いは。
「な、なあフブキ……アンタ、もしかして。抜け道の場所がわからなくなったとかじゃ……ないだろうねぇ?」
そう、フブキが抜け道を使用したのは。ジャトラの元から単身、逃げ出した時なのだ。
しかも追ってくる相手はフブキを殺すことも厭わない連中、逃げるフブキも必死だったに違いない。現に幽閉されていた彼女は、右脚に深い矢傷を負っていたではないか。
もし、丁寧に隠される細工がなされた抜け道ならば。フブキがこちら側に抜ける出口を覚えてなかったとしても、責められる話ではない。
だが、心配したアタシの言葉を聞いてもなお。
然したる動揺も見せなかったフブキ。
「大丈夫、ちょっと待ってて……たぶん、いや間違いなくこの辺りなんだからっ……」
と、アタシを遇らいながら。先程から変わらずに周囲を注意深く凝視しているが。
フブキが抜け道を発見出来た、という朗報が聞こえてくる気配は全くと言って良い程見られなかった。
「……さて、どうするかねぇ」
「どうする、って言われても……あたしらには出来る事はないんじゃねえの?」
「「……はぁ」」
アタシは、ヘイゼルと互いに顔を合わせ。溜め息を一つ吐きながらも、フブキが抜け道を探す様子を見守るしかなかった。
何しろ、秘密の抜け道はフブキしか知らないのだ。ここでアタシらが抜け道の探索に加わったところで、何か手助けになるようには思えなかったからだ。
「何処よっ?……一体何処に入り口があったってのよおおっ!」
未だに発見出来ない苛立ちに、思わず大声を出してしまうフブキ。
そんは彼女の様子を見れば。浮かんでいたのは額に滲む汗と、徐々に濃くなる焦りの色。
もしかしたら、秘密の抜け道を発見する事が出来ず。シラヌヒまでは正規の道を使い、十日程を懸ける必要があるのではないか。
「なあ、アズリア……もしかしたら」
「ああ、最初は『抜け道』って聞いて喜んじまったけど、一度引き返すのも考えておくべきかも、ねぇ……」
だとすると、一人乗りのヘイゼルが使ってる馬には四人分の食糧が積んであったが。街から持ってきた食糧は合計で二十日分だけ、正規の行程で進むには到底足りない。
となれば、まだ大して距離が空いていないフルベへ引き返すのもやむ無しと考えていた……その時だった。
もう一人。
話の輪に加わってなかった人物の声が響く。
「──ねええっ! なんか、へんなのみつけたよおっ!」
それは、アタシらのいる場所よりも結構離れた道の先にいたユーノからの反応だった。
見ればユーノは、道外れを指差しながらアタシらに向かって大きく右腕を振っていた。
「ユーノ、そんなトコにいたのかい……ん?」
アタシらを呼んでいるユーノの表情や態度からは、焦りや慌てている様子は感じない。ということは警戒を必要とする敵対する存在や、早急に治療を要する行き倒れを発見したわけではなさそうだ。
「フブキ。ユーノが呼んでるから、少し移動するよ?」
「あ、う、うん……わかったわ」
まだ懸命に周囲を探していたフブキに腕を伸ばし、掴んだ彼女の身体を馬へと引き上げると。
ヘイゼルと一緒に馬を小走りさせ、ぶんぶんと腕を振るユーノへと近寄っていくと。
「おいユーノ、何勝手に先行って……はぐれたらどうすんだよッ?」
「へいきへいきっ、お姉ちゃんのニオイならボクわかるからさ。それよりも──」
アタシの注意に意味がないのは、ユーノの返答からも明らかだ。
相当に距離を空けた敵のほぼ正確な数と位置を察知出来るユーノならば。多少はアタシらが見失う程度の距離が空いたとしても、容易に合流することは可能だろう。
まあ……自分の体臭がそれ程に強いのかどうかは、後でユーノを問い詰めようとは思うのだが。
「あそこ、なんだけどさ」
そう言ってユーノが指差していたのは、茂みや蔦で巧妙に隠されていた洞穴だった。




