37話 アズリア、二頭の馬で道を駆ける
──こうして。
フルベの街を出立したアタシら四人と二頭だが。
「ちょ……アズリアっ、急に走り出すなんて、速度上げるなら先に言いなさいよっ!」
突然の全速力に絶叫する程に驚いていたフブキだったが。街を出てしばらく道を走らせるうちに徐々に速度に慣れたのか、ようやく普段のフブキの調子が戻ってくると。
急に速度を出したアタシへと、背中を強く掴んだままで文句を言い出したのだ。
「やれやれ、悲鳴の次は文句かい……忙しいねぇ、アンタも」
「な、な、何よっ……もうっ!」
まあ……文句を言いたいフブキの気持ちもわかる。
アタシも最初は軽く駆けてみよう、と思い。手綱を少し引いただけだったが。どうやらフブキがアタシのために用意した馬は、予想した以上に敏感で、脚が早い馬のようだった。
それが突然、街の外を飛び出してしまう事態に陥ってしまった理由だ。
走らせるうちに、アタシも少しずつ馬の性質も性格も理解してきたからか。手綱や首の撫で方、腹の触り方で街を飛び出した時より大分速度を落としてはいるが。
こうして、フブキを背に乗せて道を駆けるアタシが騎乗した馬に。横並びしてくる人影が一つ。
「ん、もうっ。お姉ちゃんたち、きゅうにとびだしていっちゃうから、ボクおどろいちゃったよお」
「ひ? ひやあああああああっ⁉︎」
その人影とは、一人馬に乗ることを拒否し、素足のまま馬に付いてきていたユーノだった。
馬に騎乗したアタシらの横に並走してくるユーノの姿を見て。
先程の急発進の時に続き、驚きの悲鳴を上げるフブキ。
というのも。先程アタシは「馬の速度を落とした」と言ったが、それは全速力で駆けるのを止めさせただけであり。今でも頬で風を切る速度で馬を走らせていたのに。
横に並んで自分の脚で走るユーノときたら、息一つ切らせていない様子なのだから。
「え! え、えっ?……ちょ、ちょっと、あなた本当にユーノ……よね?」
「ん? ボクはボクだよっ」
初めて、ユーノの身体能力を目の当たりにしたであろうフブキは。ただただ目を丸くして驚くばかりであった。
アタシは既にユーノの獣人族ならではの強靭な脚力を知っていたので、何一つ驚く要素はなかったが。
今までこの国に来てからというもの、ユーノと同じ獣人族を見た事がない。もしかしたらこの国には、「獣人族は存在しない」のかもしれない。
ふと、背に掴まるフブキを避けて背後をチラッと見ると。
一人で馬に乗っていたヘイゼルは、離れ過ぎることもなく適度な距離を空けて順調に走っていたが。
「……で、アズリア。あれから四日も食っちゃ寝してたんだ、身体も魔力も完全に癒えたんだろうね?」
そんなヘイゼルの言葉に、横を並走するユーノも後ろに乗るフブキもアタシに視線を集中させる。
領主の屋敷に突入した先日は。アタシの魔力に余裕がなかったが故に、思わぬ苦戦を強いられてしまったからか。
ヘイゼルはアタシがどこまで復調しているかが気になっていたようだ。
「……ど、どうなの、アズリア?」
勿論、アタシの身体の回復度合いが気になっていたのはヘイゼルだけでなく。
フブキもまた。自分が姉マツリと再会出来るかどうかに関わる話だけに、ヘイゼルへの回答を注視している。
心配そうな視線でアタシを見つめていたフブキ、そしてユーノに対して。
「そんなに心配だってなら、野営の時に少しばかりアタシに付き合って身体を動かしてみるかい?」
と、少し挑発的な言葉を返していくことで。逆に三人の心配を取り除こうとしたアタシ。
どうせ通常通り「大丈夫だ」とここで返答したとしても、素直に受け止めて貰えるとも限らない。素直な性格なフブキやユーノですら、アタシが無理をしてるのではないかと懸念は払拭出来ないだろうし。
ヘイゼルなどは何か邪推するかもしれない。
ならば、アタシが野営で馬から降りた時にでも。自分らの身をもって確かめてくれればよい、という意味で口にした言葉なのだが。
当然、護衛対象であるフブキや、面倒事をあまり好まないヘイゼルなどは。アタシの言葉の意図を汲み、それ以上の追及はしないのだったが。
「──うんっっ!」
野営時に身体を動かす、というアタシの言葉をそのまま受け止めてしまったのか。
ユーノが大きな眼をキラキラと輝かせながら、何度かコクンコクンと大きく頷き。嬉しそうに声を弾ませて賛同してくる。
「じゃあ、面倒事は全部ユーノに任したからね。あたしゃ、アズリアに付き合うほど酔狂じゃないよ」
「わ、私もちょっとアズリアには……ねえ?」
「え? え? ボクだけなのっ?」
馬と並走しながら、少し後ろを追走するヘイゼルと馬の背に乗るアタシらを交互に見返してくるユーノ。その顔には「何か変な事を言ったか」という、困惑の色が浮かんでいた。
「ぷ……ッ、くくく……あッはははッ!」
「「ははははははははははははははっ!」」
「え? え、えええっ? なになにっ?」
そんなユーノの態度が愉快だったからか、声を揃えてアタシを含めユーノ以外の三人が笑い出してしまう。
三人が同時に大声で笑う様子に、さらに困惑の度合いを深めていくユーノだったが。
「……っと、ユーノを揶揄いすぎて忘れるトコだったよ、フブキッ」
「はははっ……え? 何、アズリアっ」
石などは敷かれず、あくまで踏み均されただけのシラヌヒまでの道を馬に走らせていたが。
ふとフブキとの話を思い出し、アタシはいまだ戸惑っていたユーノを笑うのを一旦止め。握っていた手綱を引いて馬の速度を緩めていく。
「さて。アタシが聞いた話じゃ、シラヌヒまでの正規の道じゃない。フブキ、アンタだけが知ってる秘密の道があるって話だけど」
「ええ、勿論。嘘じゃないわよ」
それは、療養所でフブキの口から聞いた「シラヌヒまでの秘密の道」のことだった。
本来、正規の道のりを辿るのであれば。黒幕であるジャトラの待つ本拠地シラヌヒまで懸かる日数は、およそ十日となる。
だが、フブキの言う秘密の道を使えばシラヌヒに到着までの日数は四日ほど。半分以下に短縮出来る上に、シラヌヒからフルベに差し向けられる武侠との無用の衝突をせずに済む。
だが、アタシが聞いたのは「秘密の道がある」というだけで。正規の道の何処から秘密の道へと入り、何処に出るのか……その詳細を何も聞いてはいなかった。
「その秘密の道の入り口ってえのは、一体……何処にあるんだい?」
アタシはてっきり正規の道の途中に、秘密の道に入る分岐点があるものだと勝手に決めつけ、馬を駆けてしまっていたが。
実はフルベの街から正規の道のりではない場所こそが、シラヌヒまでの秘密の道の入り口だとしたら。今までの距離をわざわざ引き返す事になってしまう。
だからアタシは一旦、馬の速度を落とし。背に乗っていたフブキに確認をしていくと。




