36話 アズリア、いざシラヌヒへ
すっかり言葉を失ってしまったモリサカへ、アタシはチドリについての説明を続ける。
「それにねぇ、チドリは家族のいない孤児ってコトで、同じ境遇の子供らと暮らすことになったから心配ないよ」
「そ、そうかっ? ソウエン様の政策かっ!」
モリサカの言う通り。ジャトラの元から派遣された領主リィエンが死に、前領主だったソウエンが暫定的に領主の椅子に収まったことで。
リィエンが領主だった時に一旦は廃止されていた、街の孤児たちを保護する政策が復活し。
チドリもまた、その政策の恩恵に与ることが出来た……というわけだ。
「で、でも……オレも忙しくて忘れてたのに、一体いつの間に……?」
「ああ。そりゃ、偶然の出会いってヤツでねぇ」
話題に上がっていたカナンに連れられ。街の中央通りに立ち並んだ屋台で出会った、ウナギの串焼きを提供してくれた孤児ら。
孤児の中で一番の年長者だったココに話を通し、チドリも仲間に入れてもらうことの承諾は貰っていた。
「それに、役に立つならウコンの爺さんが助手として療養所に置いてもいい、って言ってたしねぇ」
「はは、それならチドリも一安心というわけだな」
モリサカが安堵の表情を見せたのも無理はない。
両親を既に亡くし村には身寄りがいなかったチドリは。元々、この街で生計を立て、暮らしていくための場所を見つける必要があった。
アタシは傷の治療に、モリサカは街の復興に忙しいあまり。チドリの居場所を探すのは後回しになっていてしまったが。
ココがまとめる孤児らの集まりと。
ウコン爺の療養所。
出発の直前とはなってしまったが、アタシがチドリに用意してやれたのはこの二つ。だが、こちらが出来るのはここまでだ。
「さて、こっからはアンタ次第だよ……チドリ」
ココら孤児たちと一目惚れしたヤエのいる療養所、どちらか好きな方を選び。選んだ場所で懸命に生きていけるかどうかはチドリの努力に懸かっている。
だからアタシは、おそらくはチドリが寝ているであろう療養所のある方角へと顔を向けると。
村からこの街まで一緒に旅を続けてきた仲間へと、餞別の言葉を口にしていくと。
もう一人、ハクタク村から共に旅をしてきた男・モリサカにも感謝の思いを告げようと彼へ向き直り。
「モリサカ、ここまでありがとな。この国に来てから最初に出会ったのがアンタで……ホントに良かったよッ」
言葉とともに、利き腕である右手を開いてモリサカの目の前に突き出していく。
直後、感情に任せて握手を求めてしまったが。別れの時に手を握り合うのは、あくまで大陸の作法であって。
この国ではその習慣はないのではないか、と変に緊張してしまったが。
モリサカは笑顔を浮かべながら、アタシが差し出した手を両手で握り返してくると。
「オレこそっ……アズリア、あんたみたいな人間と出会えて、この数日間、色々な事があったが全部楽しかったよ。本当に……本当にありがとうっ……」
モリサカの言葉は最後の辺りから涙声が混じり、上手く発音出来てはおらず。
笑顔こそ崩さなかったものの、アタシを真っ直ぐに見ていた両の眼からは数滴涙が溢れていた。
まるで今生の別れのような態度のモリサカに、アタシは呆れるように言い放つ。
「……おいおい。これが最後ってワケじゃあないのに涙なんて流すんじゃないよ。ジャトラを当主の座から引きずり下ろしたら、また戻ってくるんだからさぁ」
「そ、そうだな……その、通りだ、はは……」
湿っぽい出発が嫌いだったので、アタシは一つだけモリサカに嘘を吐く。
永遠の別れではないのは本当だが。一連の騒動が決着したらこの街に戻るかといえば、おそらくはそうはならないだろう。
療養所で安静にしているナズナから聞いた話では、海魔族の首飾りを所持しているのはジャトラではないのが確定しているからだ。
カガリ家と肩を並べる有力貴族が、この国にはあと七つもあるのだから。首飾りを取り戻すにはまだまだ先は長い旅になるだろう。
アタシはモリサカとの別れの余韻に浸りながらも。
既に頭の中では、ジャトラを打倒した後の自分の次の目的地を思案していると。
「さて、と……そろそろ、いいかい?」
「ボクたち、まちくたびれちゃったよお」
余韻と思案を遮るよう、割り込んできた声は。
フブキとは別の馬に乗るヘイゼルと、二頭の馬に徒歩でついて来ることを選んだユーノだった。
そう言えば……二人が療養所の前でアタシらと合流した後、互いが紹介し合ったその中にモリサカはいなかった気がする。
確か……屋敷への突入の際に。二人を足止めしていた死霊術師コンジャクに最後の一撃を加えたのも、他ならぬモリサカだったのだが。
あの時は結局、領主だったリィエンが何者かに射殺された衝撃と。途中でアタシが意識を失ったことで、モリサカの存在が有耶無耶になってしまったのだろう。
つまり、二人からすれば。あまり素性の知れぬ男と会話していたため。会話に割り込むのを躊躇った……という事か。
「ああ、待たせて悪かったねぇ、二人とも」
「ほらお姉ちゃんっ、はやく、はやくっ」
そんなモリサカを街に留める説得が長引いたことで、待たされた二人は少し苛立っている様子だ。
出発を待ちきれないユーノはアタシの腕を掴むと、ぐいぐいと馬へと引っ張っていき。これでもか、と出発を急かしてくる程度だが。
「はっ、まったくだね。空を見てみろよ、もう朝じゃねえぞ……ったく」
ヘイゼルなどは、乗っていた馬の背に寝そべって悪びれた態度を取っていた。
馬がまだ繋がれているのを良いことに、馬の首に両脚を乗せながらアタシへと悪態を吐く始末だ。
「わかったわかった、アタシが悪かったっての、ヘイゼル様ッ」
「はっ、わかりゃいいのさ」
ユーノに急かされ、フブキが既に騎乗していた馬へとアタシが飛び乗るのを見て。
寝そべっていたヘイゼルもまた馬に跨り直し、いつでも馬を疾らせる準備を整えていく。
「お、おッ?……この馬、大陸の馬とは全然違うねぇ」
「そりゃ、アズリアが『出来るだけ体格の良い馬を』って注文したからじゃない」
「ははッ、そうだったねぇ」
今までに乗ってきた馬とはまるで違う、しっかりとした乗り心地に少し驚くアタシ。
アタシが今までの旅で馬に乗ることをしなかったのかというと。
立派すぎるアタシの体格に加え、大剣や鎧を足したアタシの重量は。並大抵の馬では短距離こそ平気でも、長い旅路を一緒に歩くにはとても耐えられないからだ。
だが、少なくとも。乗った感じの馬の背からの筋肉の張り具合、フブキと二人乗りをしても問題のない背の広さから。乗馬に適するようになる二歳から四歳ほどの若い馬ではなく、十歳……いやそれ以上に歳を重ねた良い馬なのが見てわかる。
「コレなら、シラヌヒまでは問題なく走れそうだね──よろしく、頼むよ」
予想通り、いや想定以上の立派な馬を用意してくれたフブキに感謝し。
アタシが自分とフブキ、二人の身を預ける馬へと声を掛けると。
ヒイィン、と一声──アタシの言葉に応えるように嗎きを漏らす。どうやら体格だけではなく、普通の馬よりも賢い様子の乗馬を見て。
「それじゃあ、行こうか。フブキ、しっかりアタシの背中に掴まってるんだよ……馬から振り落とされないように、ねぇ?」
「な、何言って……え、ええええええええええっっ!」
アタシは馬の手綱をギュッと握ると、馬の首を撫で、街の出口に向けて馬を疾らせる。
すると、アタシとフブキを乗せた馬は一気に速さを強めていき。恐るべき速度でアタシらは街を飛び出していった。
驚きのあまり絶叫するフブキの声を残響させ。




