34話 アズリア、ジャトラという人物像
モリサカが告白をした人物・カナンとは。
アタシが今、鎧の上に纏っている、魔獣の革で出来た強靭な外套を仕立ててくれた革職人のことだ。
「な、何で、そのことを……?」
アタシの同行を拒んだ理由を聞いたモリサカは、途端に耳まで顔を真っ赤にし。何とも居心地の悪い表情を浮かべた後。
続けて、慌てながら辺りを見渡すような仕草をし始めるが。
「わ、私じゃないわよ?」
モリサカと視線があったフブキは、馬の上で片手で馬を御する麻縄を握ったままで。首と空いた片手を左右へ振り、彼の疑いを懸命に晴らそうとする。
きっとカナンへ告白した件を、アタシへと話した相手を探しているのだろう。
だが、その行為は無駄だということをモリサカへと教えてやらねばならない──何故なら。
「アタシが聞いたのは、他でもない。モリサカ……アンタが告白したカナン本人からだよ」
「か、カナンがっ?」
まさか当人から話が漏れた、とは思ってもいなかったのだろう。驚きの顔を浮かべていたモリサカ。
と同時に、「探しても無駄」とアタシが言った意味も理解したようだ。
そう、この待ち合わせ場所にカナンは訪れてはいなかったからだ。
同行を断った理由に、呆然としていたモリサカにアタシは続けて声を掛ける。
「なあ……モリサカ。アンタがフブキやマツリを慕い、自分の手でどうにかしたい気持ちは、アタシにもわからんでもないよ」
そもそも。モリサカが自分が暮らしていた村と訣別するように、フルベの街への案内を買って出てくれたのは。
最初から、ジャトラに人質として幽閉されていたフブキを救出するためにアタシの戦力を借りるつもりだった事を。街に到着した際に、彼の口から聞いた。
そしてようやく、救出したフブキを姉マツリと再会させ。カガリ家当主の地位を取り戻せるまで、後一歩というところまで来て。
「来るな」と言われれば、アタシの言う理由だけでは到底納得がいかないのかもしれない。
アタシの言葉に割り込むように、まだ諦めてはいなかったモリサカは一度断られた旅の同行を再度願い出た。
「だ、だったらオレもシラヌヒへっ──」
「なら、選びな」
そんなモリサカへと、アタシは殺気にも似た圧力を込めた視線を放つと。一段低く落とした声色で選択を迫る。
「フブキに同行するか、街に残るか、の」
「それなら勿論っ……」
「──ただし」
ただ、今のままのモリサカならば。間違いなく「同行する」選択しか取らないだろう。
だからアタシは、何故シラヌヒに彼を同行させない決断をしたのか。その理由をしっかりと説明していく。
「今はまだ、ジャトラの連中が率いる武侠がこの街にやってくる気配はないが。絶対じゃあ、ない……もし、街を襲撃されたら」
「しゅ……襲撃されたら、街はどうなるんだ?」
確か、モリサカは。現在領主を代行しているソウエンとフブキと一緒に、街の復興にこの四日ほど駆け回っていたようだが。
街の襲撃を念頭に入れていたソウエンとは違い、モリサカはまるでジャトラ陣営がこの街を奪い返しに来ることを考えていなかったようだ。
稀少な竜属性の魔法を使え、これまでの旅を同行したことでアタシはモリサカを過大評価していたが。
さすがにソウエンは元は領主を務めていた人間だ。その歳を重ねた経験と思考とを、村の若者のモリサカと比較するのは酷なのかもしれない。
だが、アタシの予想はさらに酷なものとなる。
「……聞きたいかい」
モリサカの問いに、少し間を置いてから。即座には説明せずに答えを焦らしていくアタシ。
さっさと説明しなかったのは、おそらくは深刻な話になるのだろうとモリサカに覚悟を決めて欲しかったのだが。
ゴクリ、と唾を飲み込み、喉を鳴らす音が聞こえ。無言でアタシの続く言葉を待っていたモリサカの様子から。
どうやらアタシの意図は彼に伝わっているのだ、と実感し。
アタシなりの最悪の予想を口にしていく。
「まず、連中が騎馬で街に突っ込んできたら……今の街の戦力じゃ防衛は無理さね。まず間違いなく街の入り口での防衛戦は失敗する」
アタシは、自分なりに街に残る戦力と。村に派遣された武侠やナルザネらとの交戦から、ジャトラが派遣してくるであろう戦力が激突した時にどうなるか……を。
ハッキリと街側の敗北を断言してみせる。
「だ、だがっ?……この街にはモリュウ運河がある。運河を利用すれば、軍勢を止めることだって」
「ああ、アンタの言う通りさ。運河の船を全部始末すりゃ、街の半分から先は攻め込めないだろうけど……もう半分の街の被害は相当なモノになるだろうねぇ。それにさ──」
モリサカの反論に、アタシは弓を射掛ける仕草を見せていくことで。彼の主張には大きな欠点があることを示唆していく。
「運河を越えて飛んでくる弓矢にゃ、運河を渡る連中は無防備になっちまう。しかも街に並ぶ建物はどいつも木製だ、火矢でも撃ちゃ盛大に燃えるだろうしねぇ……」
ジャトラの軍勢が街に攻めてきた段階で、運河の反対側へと戦闘に参加しない住民らを逃がし始めていれば別だが。
そうでなければ、とてもではないが東側の街に暮らす住民の全員を、療養所やカナンの工房のある西側に逃がすには。船の手配や時間があまりにも足りな過ぎる。
しかも、矢避けの遮蔽物が何もない船に乗っている最中は。河岸からの弓矢で、船に乗る住民らは狙い撃ちされ放題と言うわけだ。
さらに言えば、矢の先端に火を付けて放てば。木製の建物ならばあっという間に燃え上がり、他の木製の建物にも燃え広がるのは想像に難くない。
「そ、そこまでするか?」
まあ、モリサカの異論はもっともだった。
この街は、運河から運ばれてくる交易品でカガリ領全体に利益をもたらす重要な都市だ。ジャトラが街を取り返そうとするなら、この街の価値こそが目的だろうからだ。
ならばこそ、街の価値を落とすような真似をわざわざ仕掛けてくるだろうか……という疑念だが。
「忘れちゃいないだろうね、モリサカ。あの連中は、言う事を聞かずに逃げ出したお転婆なお姫様を殺そうとしてたコトを、さ」
「ど……どういう事だ?」
一瞬。アタシが何を言いたかったか、言葉の真意を読み取れずに。思わずフブキへと視線を移してしまうモリサカだったが。
「──あっ!……そ、そういう事かっ」
「説明する前に理解してくれたようで嬉しいよ。な
、あり得ない話じゃないだろ?」
何かを閃いたかのような大きな声を上げ、少し遅れてアタシの言葉に含んだ意図を理解してくれる。
アタシはジャトラという人物像を。たとえ自分にとって有用であろう物や人であっても、自分に従わないとなれば切って捨てる非情さを持った性格だとフブキの一件から想定していた。
何しろ、である。逃走するフブキの脚に、二度と逃げ出さないよう深傷を負わせただけでなく。傷が膿んでいるのに放置し、見殺しにしようとしていた節まであった。
しかも、である。フブキ救出を阻止する武侠・ナルザネらの軍勢を押し返した後に。何もない洞窟に魔竜まで出現する念の入れようだったのだから。
いや、フブキの事だけではない。前領主リィエンが裏切り、フブキ側に寝返ろうとしたのを見越して。凄腕の射撃手を用意して領主リィエンを射殺した事もそうだ。
「アタシはさ、ジャトラって男は……街を燃やすくらいのことを躊躇いもなく実行する奴だって思ってるからねぇ」
だからこそ、自分の支配から離れたこの街に対し非情な手段を取ってきたとしても。アタシは違和感を覚えないだろう。
余談ですが。
カナンが告白を受けた、という話はこの章の13話に掲載してありますので。
最新話から触れた、という方はそちらもどうぞ。




