31話 アズリア、火傷の少女の恩返し
──そこで、アタシはふと思い出す。
全身に白い包帯を巻かれた目の前の少女が、何故に酷い火傷を負っているのか……その経緯を。
この国に来る前にアタシが滞在していた海底都市。そこに暮らす海魔族から、魔竜復活のために「ハイドラの首飾り」なる魔導具を強奪するために侵入してきたのが。他ならぬナズナと、イズナという彼女の姉の二人だったが。
彼女は、首飾りを持った姉イズナを逃がす隙を作るために。アタシを巻き込んで自爆を敢行したのだった。
爆発の気配を感じ取ったアタシは、間一髪で後方に退いたため何とか自爆に巻き込まれずに済んだが。爆発が収まった後にその場にナズナの姿は見えず、アタシらはてっきり爆発によって跡形も無く身体が吹き飛んでしまったものかと思っていたが。
……実は、離れた場所にて海魔族に救出されていた彼女は。
生命を繋ぎ止める応急処置を施されて地上に帰され、フルベの街へと流れ着いた……というわけだが。
「まさか、ねぇ……嘘、だろ」
あの時、アタシを自爆の巻き添えに出来なかった報復に。この場でもう一度、自爆でもしようというのだろうか。
一度そう考えてしまうと、無理やりに身体を起こし苦痛の声を漏らしたのも。動けない状態のナズナへ、こちらを接近させるための手段だったのかもしれない。
アタシは思わず、一、二歩ほど後ろへ退がろうと重心を倒していったが。
「……いや。そりゃない、か」
同時に。今もなおアタシの制止を聞かずに身体を起こそうとし、苦痛に顔を歪めていたナズナの両目を覗くと。
何かを決意したような強い意志を秘めた……だが自爆し、死を覚悟している悲壮感はこれっぽっちもなく。寧ろ、これから先を生きる活力に満ちた眼。
そんな眼をした人間が、自爆して果てる筈がない。
後退を思い止まったアタシは、身体を起こそうとしていたナズナの背中に腕を回すと。
「ほら、無理に力入れると身体が痛むだろ……力を抜きな、アタシが起きるの手伝ってやるからさ」
「……あ、ああ」
アタシの勢いに押されたのか、言われるままに身体の力を抜いていくナズナ。無理に起き上ろうとするのを止めたことで、苦痛のために険しい表情を浮かべていた彼女の顔が徐々に弛んでいく。
そんな彼女の身体を背中から支えたアタシは、火傷が痛まないようゆっくりと上半身を起こしていった。
「で。無理してまで、アタシに何を喋ろうとしたんだい?」
起こした身体が寝床へ倒れないよう、右腕でナズナの背中を支えたままの体勢を取りながら。
ようやく落ち着いた表情となった彼女へと話し掛けていく。
ウコン爺の治療を終えた際に彼女からは、今話せる限りの事情を聞く事が出来ていた。
何故に海魔族の至宝を狙ったのか、という動機についてと。
この国の重鎮に魔竜復活を唆したのは、エイプルという大陸から来た人間だという話を。
残念ながら、彼女に海底都市に潜入する命令を直接下した人物の名前こそ聞くことは叶わなかったが。
「もしや、アンタの雇い主について話してくれる心変わりをした……なんてコトは」
治療を施された今ならば、彼女らを雇った黒幕の正体を語ってくれるのではないかというアタシの期待だったが。
無言のまま、小さく左右に首を振る動作を見せたナズナは。
「済まない……それだけは、話せない」
アタシの淡い期待を打ち砕くように、雇い主を白状するのをキッパリと拒絶する言葉を口にした。
しかし、ナズナの唇はそれ以外にまだ何かを語ろうとしていた。
「だが……これだけは断言する。私の主人は……カガリ家でもなければ、ジャトラでも……ない」
「そ、そうかい……」
ナズナの言葉を聞いて、アタシは少しだけ落胆する。
ナズナら姉妹が、カガリ家やジャトラと何の関係もないという事は。アタシがこの国に来た理由である「ハイドラの首飾り」は、シラヌヒにはないという結論になるからだ。
「だから……これを、お前に託す」
嘆息するアタシに、ナズナが震える手で何か草紙のようなものを差し出してくる。
早速その手にあった物を受け取ったアタシは、折り畳まれた草紙を広げていくと。
「な、何だ、コレ……?」
見れば、何かしらの建物の部屋や通路が書かれた地図のようだが。
パッと見ただけでは土地勘のないアタシには当然だが、地図に書かれた建物に全く見覚えがなかった。
アタシが地図が表す場所を尋ねようとすると。
「それは、お前たちがこれから向かおうとしているシラヌヒ城の中の図だ」
「で、でも、何で?……アンタはカガリ家と関係がないって今言ったばかりじゃ──」
「……だからだ。以前、主人の命で、二度ほどシラヌヒに潜入したことがある……その時の記憶だ」
疑問が払拭されたことで、アタシはもう一度、今度は詳細にシラヌヒ城の地図に目を通していくと。
部屋割りや通路だけではなく、通路や部屋の各所に仕掛けられた罠や。正規の通路ではない、言わば「隠し通路」というべき場所などが事細かに記されていた。
「ちょ、ちょっと待てよッ?……でも、そういや、アンタ。アタシが運んだ時にゃ……」
そう、最後の疑問は。今、手渡されたシラヌヒ城の地図をどう保管していたというのか。
アタシが船着き場で行き倒れていた彼女を発見した際。包帯代わりの海藻が巻き付けられていたが、元からの服装や装備を身に付けていた形跡はなかった筈だ。
しかも草紙は火を近付ければ燃えてしまうし、海水に浸せば脆くなり簡単に破れてしまう。とてもではないが、元々シラヌヒ城の地図を所持していたとは到底思えないのだ。
そんなアタシの疑問に、ナズナは薄っすらと笑顔を浮かべながら答える。
「ああ……ヤエという童に筆と紙を借りて……な。お前のために、書いた」
「あ、アンタッ……」
つまりは、元から持っていたのではなく。ずっと寝たきりだと思っていた療養中に、アタシに気付かれないようこの地図を作成していたという事だ。
この地図が彼女が仕掛けた罠である可能性も、勿論アタシの頭を過ぎる。
いかに彼女が負った火傷が、自ら爆発したからとはいえ。自爆を実行するまでの状況に追い込んだのは、紛れもなくアタシだからだ。
──しかしアタシは。上半身を起こすだけで苦痛で顔を歪め、呻き声を漏らすほどの状態で。腕と身体を動かしながら書き上げ。
ナズナが震える手で用意した地図に疑惑の感情を抱く気にはなれなかった。
それに、当然ながら嘘偽りを記したとしても、こちらにはカガリ家のお姫様たるフブキがいるのだ。フブキが地図に目を通せば、大概の嘘は容易に看破されるだろう……という理由もあった。
「……ありがとな」
身体に走る激痛を我慢し、地図を書き上げた彼女の心意気に。嬉しくなったあまりアタシは彼女の身体を思わず抱き締めたくなったが。
全身を火傷の治療のため、真っ白な包帯を巻いたナズナを抱けば。彼女の身体に激痛が駆け巡ることだろう。
だからアタシは、感謝の気持ちをここは敢えて軽く頭を下げるのと言葉のみで伝えたのだ。
「……ゔ、うっ……く、っ」
するとナズナは、身体を少し動かすだけで痛みが走る火傷を全身に負っているというのにもかかわらず。
ぷい、とアタシから視線を逸らすように。あらぬ方向へ顔を捻ると。
「は、早く……仲間の元へ行ってしまえっ!」
何が彼女の気に障ったのかは知らないが、不機嫌そうに語気を荒らげながら。
背中を支えていた腕を強引に振り解きながら、アタシから顔を背けたまま寝床へと身体を倒してしまう。




