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27話 ジャトラ、残された手段とは

 ──ヘイゼルの予想は的中していた。


 交易の中心地ともいえるフルベが陥落した報告を受け、何としてもフブキとマツリの再会を阻止しようとするジャトラ。

 ヤマタイ最強と名高い傭兵団「韃靼(タタルゥ)」を味方に引き入れ、後はフブキの陣営を座して迎え撃つだけだった──が。


「な、何だとおっ! り、リュウアンまでもが兵の派遣を拒否してきただとっ?」


 本拠地シラヌヒに築かれた異国感漂う城郭の、最上階の部屋から。草を編んで作られた敷板に両膝と(ひたい)を着けて頭を下げた配下の者に、これでもかと怒鳴(どな)り散らすジャトラの姿があった。

 シラヌヒの防御を固めるという名目で、カガリ領の都市全部に「武侠(モムノフ)をシラヌヒへと派遣せよ」と伝令を送った。

 だが……集まったのは(わず)か五十名ほど。その結果に(いきどお)っていたからだ。


 配下の男は顔を上げると。激昂(げきこう)するジャトラの心情をこれ以上悪くしないように、なるべく言葉を選んで配慮しつつ。


「は、はい……その、何でも、領主が急病のために兵を送るのはしばし考慮(こうりょ)させて欲しいとの事で……はい……」


 配下の男はジャトラに対し、この場で思いつきの(いつわ)りの報告を並べていく。


 本当のところは、フルベ陥落を知った他の街の領主らはジャトラが当主の器ではないと薄々感じ取っており。今回の一件、ジャトラ・フブキ双方に味方せず、様子見の態度を貫くため。こぞって派遣を拒否したのだが。

 真実をそのまま述べれば、シラヌヒを防衛するどころの騒ぎでは収まらない。そう思った配下の男は、()えて真実を胸の内に秘め。嘘の報告でこの場を濁してみせる。


 だが、配下の報告を聞いたジャトラは配下の配慮も(むな)しく。顔をみるみる真っ赤にしていき。

 (ひたい)(ほお)には、怒りのあまり血の(くだ)が浮かび上がっていた。


「それで、他の都市からの派遣はどうしたっ!」

「そ、それが……リュウアンだけでなく他の領主も病で伏せており、良い返事はいただけず……」


 当然ながら、武侠(モムノフ)の派遣を命じたのはリュウアンなる都市だけではない。コウガシャ・アカメ・テンジンなどその他都市にも兵の派遣を命じる伝令を送ってはいたが。

 配下の返答はどれもジャトラを喜ばせるどころか、怒りの炎に油を注ぎ入れる結果となった。


「ぐぬ……ぐぬぬ、これではフルベ奪還のために兵を差し向けることすら出来んではないかっ……ぐぎぎぎぎぎ……」


 配下が見ているにもかかわらず、激しく歯軋(はぎし)りを鳴らすジャトラ。

 フブキを亡き者にするために召喚した魔竜(オロチ)の首を倒し、フルベまで陥落させた戦力相手に。直属の武侠(モムノフ)を一人でも減らしたくなかった(ジャトラ)は。

 ならば、と。周辺のカガリ領の都市から集結させた武侠(モムノフ)の半分を、予定通りシラヌヒの防衛に。もう半分をフルベ奪還に向かわせようという計画だったのだが。

 

 相手は魔竜(オロチ)の首を撃退出来る戦力まで有しているのだ。

 三十名弱の数で都市の奪還など出来るわけがない。


 妹フブキを人質に姉マツリへの脅迫を繰り返し、魔竜(オロチ)の力を見せつけることでようやく当主の座を奪取することが出来た。

 そこまではジャトラの思惑通りだったが。

 人質として軟禁していたフブキには逃亡され。あろう事か逃げたフブキは、姉マツリの地位まで奪い返そうと牙を()いてくる始末だ。


「ど……どいつも、こいつも、当主となったこの(ワシ)の命令を、(ないがし)ろにしおってえ!」


 思い通りに計画が運ばないことに、ジャトラの憤慨(ふんがい)は最高潮に達してしまったのか。

 持っていた木製の(おうぎ)を勢い良く膝へと叩き付け、真っ二つに砕いてしまう。

 いや、それだけでは(いきどお)りは治らず。


「じゃ、ジャトラ様っ、お……お止め下さいっ?」


 床に落ちた木製の扇の片割れを、何度も何度も踏み付けていた。それこそ、(そば)に控えていた配下の者の制止も構わず、である。

 ジャトラの胸中(きょうちゅう)には、逃げ出したフブキへの憎しみで溢れ返っていたが。それでも何とか口には出さない程度の理性はまだ残っていた。

 (そば)に控えている配下の者は全員、ジャトラが用意したフブキの偽者を「フブキ本人である」と思い込んでいたからだ。


「ふうっ……ふうっ、ふうっ……はあ、はあ」


 一度は感情を爆発させ、配下の者らの前での醜態(しゅうたい)を晒したジャトラであったが。

 怒りが落ち着いてくると今度は、間違いなくこのシラヌヒに来るであろうフブキへの対応をどうするかに迫られ。

 顔には焦燥(しょうそう)の色が濃く表れる。


「ど、どうする? 外には兵が三百……おまけに韃靼(タタルゥ)の四人も配置しているが、それでも、足りなかったとしたら──」


 シラヌヒでは連日、大規模な包囲戦になった事を想定し。城を三百人の武侠(モムノフ)によって警護しており。

 さらにはカガリ家が抱える歴戦の猛者(もさ)、さらにカムロギら韃靼(タタルゥ)の四人が控えている万全の警護体制とはなっているが。

 そもそもフルベが陥落した報告を受けた時点で、フブキの持つ戦力はただただ脅威でしかなく。戦力の内訳(うちわけ)を全く把握していないためか、ジャトラの不安が(ぬぐ)い切れることは決してなかった。


「な、ならば……こうしてはおれん!」


 何かを(ひらめ)いたかのように突然、ジャトラは配下らを横切りながら部屋を出ようとする。

 配下らはジャトラの命令で集められたにもかかわらず、談義の結論が出ないまま部屋を飛び出そうとする主人を止めようとするが。

 

「じゃ、ジャトラ様っ、何処へ──」

「付いてくるでないわっ!」


 声を掛けてきた配下を大声で怒鳴(どな)り、自分の後を追うことを(かたく)なに制した。

 さすがの剣幕で怒鳴(どな)られては、それ以上は誰も口を挟むことは出来ず。主人が立ち去った後の部屋で今後の対策を相談することしか出来なかった。

 

 一方で、部屋を出たジャトラは。階段を駆け降りながら下へ下へと向かう最中に、ある部屋へと立ち寄っていた。


「どうしたのですか、お父上? そのように(けわ)しい顔をなさって」

「……一緒について参れ」

 

 それは、ジャトラと妻である女性・サラサとの間に生まれた十二歳の息子・タツトラの部屋だった。

 突然、部屋へと入ってきた父親に驚いた顔をしていた息子の腕をジャトラは掴み。事情か分からず唖然(あぜん)とする息子と一緒に城の地下へと降りて行く。

 城の地下一階、様々な物資が積まれた倉庫の中をジャトラに手を引かれ歩く十二歳の息子は。


「ち、父上っ、このような城の地下に何か用事があるというのですかっ?」

「……お主、母親に会いたくはないか?」

「は、母君(ははぎみ)に? も、もちろん会いたいです……が、確か母君(ははぎみ)は実家に帰ったと父上が言っていたはずでは……」


 ジャトラの息子は、もう母親(サラサ)の顔を一月以上見てはいない。理由は今話した通り、ジャトラが母親の生家であるフルベの豪商に帰したからだと息子は聞いていたが。

 息子は母親の話と城の地下倉庫と何の関係があるのか、さらに困惑した表情を浮かべ父親(ジャトラ)を見ていた。


 すると、ジャトラが倉庫の一角にある壁を押し込んでいき。壁に隠された秘密の入り口が(あら)わになる。

 ぽっかりと開いた入り口は照明(あかり)こそない暗闇だったが。ジャトラは先程までと変わらない足取りで息子の手を引き、暗闇の先をどんどんと進んでいった。

 途中、道は下りになっている程度は知ることが出来たが。明かりのない道が何処(どこ)へと続いているのか、父親(ジャトラ)に尋ねようとした──その時。


 ふと、父親(ジャトラ)の足がピタリと止まる。


「ち……父上、こ、ここは?」


 暗闇に目が慣れてきたからか、薄っすらとではあるが周囲の状況が分かるようになると。

 今いる場所が、完全な袋小路(ふくろこうじ)になっていることと。()き出しの赤土の地面であり、洞窟のような場所であることだけは何とか理解出来た。


 ──だが。

 まさか父親(ジャトラ)が腰に差した刃を抜いて、息子の頭上に狙いを定め、振りかざしていたなどとは思いもよらなかっただろう。

 

「……今、母親に会わせてやるぞ。もっとも……母親と同じ腹の中とは限らぬが、な」

「それは、どういう意味で──」


 残酷(ざんこく)な言葉を放ったジャトラは、何の躊躇(ためら)いも見せず。

 握っていた曲刀の刃を自分の息子へと振り下ろしていく。

 直後、言葉に成らない断末魔が周囲に響き渡り。息子の身体から生温かい鮮血が噴き出し、地面に吸い込まれていく。


 まさに、ちょうど一月ほど前。

 この場で自分の妻・サラサを手にかけた時のように。


「な、何故で……ござい、ますか……ち、ちち……う、え……っ……」


 まるで一字一句、(サラサ)と同じ言葉を父親(ジャトラ)へと浴びせながら。

 小さな子供の身体は力無く、血溜まりへと崩れ落ちる。


「許せ……許せ……っ、我が妻を(にえ)に捧げたその時から、もう後戻りをするという選択は、(ワシ)には残されておらぬのだ……っ」


 ジャトラの(つぶや)きとともに、洞窟が震え始め。地の底から強大な魔力を持つ「何か」がジャトラへと迫ってきていたかと思うと。

 突然、ジャトラの足元に大きな穴が空き。既に物言わぬ愛する息子の(しかばね)は穴へと飲み込まれてしまう。


 ジャトラの口から漏れる、最早(もはや)言葉にならない後悔の嗚咽(おえつ)が。

 いつまでも、地下の洞窟内に響き渡っていた。

 そう、いつまでも──

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