24話 アズリア、二人の仲を取り持つ儀式
何故、ここまで頑なにユーノが喋ろうとしないのかがアタシには疑問だったが。
「待てよ?……そういや」
一つだけ、思い当たる節があった。
それは、ユーノとフブキの二人が初顔合わせだった時だ。
最初は寧ろ、市井に広まっていたフブキの偽情報のせいでヘイゼルに疑惑の目を向けられていたりしたが。ユーノとは何も問題なく自己紹介を終えた筈だった。
状況が一転したのは、元領主リィエンの屋敷に突入する話に移った際。フブキがユーノに対して、禁句である「子供」扱いをしてしまってからだ。
あの時もアタシとヘイゼルが割って入るまで、二人で言い争いを続けていたのを思い出す。
あれから、療養中のアタシを見舞いに。一度や二度ほどフブキとユーノが遭遇する機会があった気がするが。
二人が会話を交わしていた記憶がアタシにはまるでないのだ。
「あの時のコトをまだ引きずってるッてのかい……ッたく、ユーノらしくないねぇ」
「だって、ボク。こどもじゃないもんっ……」
あらぬ側に顔を向けていたユーノの頭に手を伸ばし、ポンポンと軽く手を置いていくと。
ユーノは隠す気などまるでなく、フブキに言われた言葉をいまだ気にしている事を白状する。
「……やれやれ。参ったねぇ、こりゃ」
明日にも、黒幕であるジャトラの待つ本拠地シラヌヒに向け出発しようというのに。
そもそもフブキをシラヌヒまで連れて行くという話だし。待ち構えるジャトラの配下を蹴散らすのにユーノの尽力は欠かせない。どちらかを連れて行かないという選択肢はない以上。
依頼主であるフブキと護衛のユーノ、二人の関係が上手くいっていないのは深刻な問題だった。
出来るなら、出発前に二人の啀み合いを解消しておく必要がある。そう考えたアタシだったが。
「ボク、こどもじゃないから……フブキがちゃんとあやまってくれたらゆるしてあげるよ」
「フブキが?」
さすがは長らく行動を一緒にしたユーノ、言葉に発せずともアタシの意図を読み取ってくれたのか。
アタシやフブキをチラチラと見ながらも、怒っているにしては妥当な解決策を提示してくれた……のだが。
「え? え、え?……わ、私っ?」
アタシだけでなく部屋にいた六人の視線が集まり、その動向を注視されたフブキはというと。
「──な、何で私がっ? だ、大体っ……子供に子供だって言って何が悪いってのよ!」
注文されたことが裏目に出たのか、言葉を言い淀み動揺したフブキが口にした言葉は。
ユーノが望んでいた謝罪ではなく、寧ろ真逆である謝罪を拒む意思表示であり。
せっかく収まりかけた口論の火を再燃させる口火となってしまった。
「あ──っ! またいったあ! だからこどもじゃないっていってるじゃないかあっ!」
「ユーノが子供じゃないのは戦闘力だけでしょ! 見た目はまだまだ子供じゃないの、ほらっ!」
互いを罵る言葉を吐きながら、どちらからともなく互いに歩み寄っていくと。
顔を付き合わせるくらいに間近に迫ったフブキが平手で、まだ女性特有の膨らみのないユーノの胸をぺしぺしと何度も触っていき。
「こんなに胸が平坦なのは子供の証拠じゃない」
「う……うわあああああん、そ、そんなことないもんんんん!」
胸を触られたユーノは、手を伸ばしてきたフブキの胸に視線を落とすと。自分にはない胸の膨らみを目にしてしまい。
一瞬でげんなりと落胆した表情に変わってしまう。
確か、聞いた話ではフブキの年齢は十六。
身に纏う衣服次第では、正確な胸の大きさを測り知る事はなかなか出来ないのだが。一瞥した限りでも、フブキの胸の大きさは同年齢の女性と比較しても何ら劣っている大きさではなく。寧ろ「大きい」と言ってもよいのではなかろうか。
「これからだもん! ボク、ここからお姉ちゃんみたいにすっごくおっきくなるんだからねっ?」
「はいはい、そうなるといいわね」
「……ゔ、ぅぅぅ……ちょ、ちょっとむねがおっきいからってえ……」
負け惜しみを口にするユーノと、あくまでも歳上という態度でそれを軽く遇らうフブキ。
このまま放置したら、言い争いが止まらないのではないかと思ったが。何故か最初の時のように、二人に割って入る気が起きなかったのは。
「はは、あの二人さ。何だかんだ言いながら、歳の近い姉妹みたいじゃないか」
「……だねぇ」
横から話し掛けてきたヘイゼルの言う通り、二人の言い争いが何だか微笑ましく見えていたからに他ならない。
見れば、まだ理解が及ばない子供のヤエはわたわたと慌てふためいていたが。横にいたヘイゼルも、ソウエンやウコンもまた二人の口論を優しい目で見物していた。
「それに、あの二人。もしかしたら──」
フブキはフブキで。長らくジャトラに人質として扱われ、生命からがらに逃げ出して今に至る事情から。ユーノとの口喧嘩で姉マツリとの関係を思い出しているのではないか。
それに、有力貴族であるカガリ家の関係者ということで。一人の女の子として接しているのはアタシらくらいだろう。その関係を楽しんでいるのかもしれない。
ユーノはユーノで。彼女が生まれ育ってきた魔王領を一人飛び出し、アタシの旅についてきた事で。確かに、広い外の世界を知ることは出来ただろうが。
そろそろ魔王領の仲間や実兄である魔王様のことを懐かしんでいるのかもしれない。
「……それにねえ、私だって決してアズリアやユーノに守られっぱなしじゃないのよ」
「ふんっ、どうだか! まあ……ボクのこと、こどもだっていうから、きっとすごいことできるんだろうけど──」
「けど……何よ?」
「ボクやお姉ちゃんのあしだけはひっぱらないでよねっ」
「な、な、な……何ですってええっ!」
つまりは溜まった鬱憤や感情を互いに吐き出し合っているのだろう。
だとしから目の前で繰り広げられている口論は、二人に必要不可欠なことなのではないか、と。
「まあ、アタシから見りゃ。二人ともまだまだ子供なんだけどねぇ」
「はは、そりゃ……違いないね」
アタシが二人に割って入るのは、掴み合いの喧嘩になってからでも遅くない。
そう考えながら二人をしばらく見守っていると。
「……ふぅ、ふぅ、け、結構、意地を張るのね……」
「はぁ……はぁ……そっちこそっ……」
二人が肩を上下させながら息を切らし、額には汗を浮かべ。顔には疲労の色が浮かんでいた。
感情を吐き出し続ける、という行為は想像以上に体力を消耗する。
ただのお姫様のフブキと、人間以上の体力を有する獣人族のユーノが。同じ程度に疲れている、というのは甚だ疑問だが。
フブキはただ立っていただけなのに対し。ユーノは言葉を返しながら、身体も激しく動かしてフブキの周囲を回っていたので。疲労もより大きくなったのだろうと納得する。
そんな二人の間に割って入ったアタシは。
「これだけ悪口を言い合ったんだ、そろそろ言いたいコトも互いに言い終えたんじゃないのかい?」
そう言いながら、街を案内してくれたカナンから持ち逃げしておいた米の酒が入った壺を取り出すと。
フブキには、アタシが薬湯を飲んだ時に使っていた杯を持たせ。壺から酒を勢い良く注いでいくと。
一方でユーノには、注ぎ終えた酒の壺を丸ごと手渡していく。
「え、お姉ちゃん?」
「な、何よこれは?」
目を見開き、不思議そうな顔で。アタシとアタシが提供した酒を交互に見ていた二人に。
アタシは突然、二人に貴重な米の酒を振る舞ったその理由を説明していく。




