23話 アズリア、強力な味方の合流
アタシの前に立った二人の人影は、進む足をピタリと止めると。
馴れ馴れしい口調で話し掛けてくる。
「──よう。どうやら身体の調子はイイみたいじゃねえか、アズリアっ」
廊下の暗闇にも目が慣れ、ちょうど月明かりに照らされた人影の正体とは。
ヘイゼルとユーノの二人だった。
「あ、アンタたちッ……?」
フブキや、もしくはアタシを含め他の療養所にいる連中に危害を加えようとした侵入者かと思い。荒事を想定し身構えていたアタシは。
二人の顔が覗けた途端に、間の抜けた声を口から漏らしてしまうが。
「お……お姉ちゃんっ、よかったあ……」
そんなことは構わずに、ヘイゼルの横に珍しく静かにしていたユーノが。突然、満面の笑顔を浮かべると。
「ボクっ、ずっとずっと、お姉ちゃんのことしんぱいしてたんだからねっ!」
両手を広げて猛烈な……いや、突進と呼ぶに相応しい勢いで。アタシの腰目掛けて抱きついてきた。
「お、おいッユーノ?……うわあ、ッ!」
侵入者の正体を知って呆気に取られていたアタシは、向かってくるユーノを避けることが出来ず。
均衡を崩したアタシは、そのままユーノに廊下の床に押し倒され。当人たるユーノはというと、くしゃくしゃに崩した笑顔をアタシの身体に押し付けてきていた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃあああんっ!」
「……悪かったねぇ、心配かけてさ。アタシはもうこの通り、すっかり元気さ」
アタシの名前を連呼しているユーノの頭を、倒れた体勢のままで優しく撫でながら。
立ったままでこちらを見下ろしながら、ニヤニヤと気味悪く微笑んでいたヘイゼルと目線が合い。
「なあ……わざわざ気配を中途半端に殺して入ってきたのはヘイゼル、アンタの言い出したコトだろ?」
「はは、やっぱわかっちまうか」
「……そりゃ、こんな悪趣味なコト。ユーノが思いつくわきゃないだろうし、ねぇ」
まるで誤魔化す素振りも見せず、自分の仕業だと認めるヘイゼルに。
アタシは苦笑いを隠し切れなかった。
いくら親ジャトラ派の領主がソウエンへと変わり、フブキを大っぴらに狙われる事はなくなったとはいえ。黒幕のジャトラがいまだ健在である以上、フブキや彼女を護衛するアタシらが絶対に狙われなくなったわけでもない。
そんな状況で、悪趣味とも言える悪戯を仕掛けてくるのは。性格の悪いヘイゼル以外にはいないだろう。
「……だけどさぁ、ヘイゼル。もし、アタシがアンタらに気づかずに迎え撃ったならどうするつもりだったのさ?」
今回は入り口で侵入者を待ち構えるように動いたからこそ、ヘイゼルとユーノだと察知することが出来たが。
もしアタシが、侵入者を沈黙させることを最優先で動いていたとしたら。療養所に踏み込んだ二人を、不用意に傷付けていたかもしれないのだ。
当然、仕掛けた側のヘイゼルはその点への対策も想定したのだろうと思っていたが。
「そん時ゃ、強靭なユーノを盾にするつもりだったさあ。まあ……あたしはあんたらと違って、腕っぷしより頭で勝負するのが似合ってるからさ」
「あ、アンタねぇ……ッ」
ヘイゼルの口から出てきた対策に、アタシは呆れて言葉も出なかったが。
アタシの腹に顔を埋めていたユーノは、ヘイゼルの言葉に驚いた様子で顔を上げて。
「ひ、ひどいよっ、ヘイゼルお姉ちゃんってばそんなことかんがえてたのっ?」
「ははは、冗談だってのユーノ」
「……ゔ、うぅぅっ……っ」
自分を盾にする、と言ったヘイゼルへと非難の言葉を口にするユーノは。
あくまで冗談だと笑い飛ばすヘイゼルを、頬を膨らませて不機嫌な表情で睨んでいくが。
ヘイゼルはまるで意に介さず、今度はアタシに向けて軽い口調で言い放つ。
「まあ、こいつの性格ならあんなバレバレの忍び足なら敵じゃないって気づくだろうし、ね」
「あ、アンタッ……それでわざわざ、あんな中途半端な……」
ヘイゼルの言い分を聞いて、アタシは僅かに動揺して言葉を詰まらせてしまう。
確かにアタシが、侵入者に脅威をあまり感じなかった理由こそ。中途半端に音を立て、気配を殺し切れていない忍び足だったが。
まさか、アタシの性格や動向までも読み切った上での今回のヘイゼルの行動だとしたら……と思うと。
魔王領や海の王国で行動をほぼ一緒にしていたユーノと比べ、ヘイゼルと行動していた時期は遥かに短い。
それなのに、ここまでアタシの性格を把握されていることに驚愕したからだ。
アタシが次に続く言葉を言い淀んでいると。
「……ね、ねえアズリアっ? 廊下に、本当に誰か、いるの……?」
大部屋からアタシを呼んだのは、フブキの声だった。
アタシと同じく、入り口から療養所に中途半端に足音を消した二人の気配に気付いた彼女に。大部屋にいる他の三人を任せていたのだったが。
いつまでも部屋を出たままアタシは帰ってこない、なのに争う様子も聞こえてこないのに痺れを切らし。我慢しきれずにアタシを呼んだということだろう。
「あ、ああ、そうだったよ、フブキにゃ事情を説明しないといけないねぇ……よッ、と」
廊下に寝転がっていたアタシは、ヘイゼルを睨みながら腹の上に乗っていたユーノをゆっくりと退かし。
思わず声を漏らしながら立ち上がると、大部屋で警戒して待っていたフブキに事情を説明する。
「な、何だ……ま、まったく、人騒がせなんだからっ……」
アタシが説明を終えてから、部屋へと入ってくるヘイゼルとユーノの二人に。どこか非難めいたような冷めた視線を向けるフブキだったが。
それについてはアタシもフブキと同じ気持ちなので、敢えて彼女の態度を諫めたりはしなかった。
すると。アタシには笑顔で接してくれていたユーノが、何故か途端にフブキには険しい表情を見せ。
「あのね……ボクたちはお姉ちゃんにたのまれてたおしごとのほうこくに、ここにきただけだもんっ」
「アズリアが頼んだ仕事?」
「そうっ、おしごとっ!」
フブキは仕事の内容を聞き出すのが目的だったが。
ユーノはというと。まるで彼女の意図など知らずとばかりに、アタシから要件を頼まれた事のみを胸を張って答えるのみだった。
「私は、その仕事の内容を聞いてるのよね……」
「それはいえないもんっ。だって、お姉ちゃんに『ないしょ』っていわれてるからね」
どうやら会話が成立しないのは、アタシがユーノに言い含めた言葉が原因だとわかったからなのか。
「……アズリア?」
細めた目で、実に恨みがましくアタシを睨んでくるフブキ。
ユーノの言う通り。アタシは負傷と魔力回復の療養中で動けない自分に替わり、シラヌヒ出発のための準備のために色々と頼んでおいた。
まだ街には、元領主やジャトラの息の掛かった人間が潜んでいるかも知れないので。ユーノには下手にアタシが頼んだ内容を公言しないよう、確かに言い含めておいたのだが……。
「い、いや、イイんだぞユーノ。フブキはアタシらの味方だから頼んだ内容喋っても?」
「……つーん」
と、念を押した後も。
何故かは知らないが。ユーノはフブキに対して、依然として何も喋りはしなかったのだ。




