19話 アズリア、老領主の決断
だが、そんなアタシの言葉を聞いて。
同じく不安そうな表情を浮かべるフブキとは対照的に、ソウエンは微笑みながら小さく頷き。
「アズリア殿の懸念はごもっともです。が……黙ってジャトラの兵を待つほど我らも馬鹿ではありませんぞ」
そう話すソウエンは、地図上に記されていたモリュウ運河を指で擦りながら。
「運河を利用している商人たちにも協力を要請し、快い返事を貰っているところです。街が戦場になれば困るのは、運河から積荷が届かなくなる彼らですからな」
そう言えば先程、カナンと一緒に街を出歩いた際に船着き場を横目で見たのだが。
アタシらが到着した時点での人集りとはまるで別物のように、運河から到着した運搬船には大勢の商人が集まり。商品の仕入れや取引で大盛況だった。
だが、合点がいかない事が一つある。
商人といえば、損得勘定を弾くのに敏感という印象を持っているアタシは。この街の商人が敢えて権力者に歯向かうソウエンらに手を貸すものだろうか?
「それって……やっぱり、前の領主が決めた、税金が原因なのかい?」
「その通りです。リィエンが設けた重税は商人らにも実に重荷でしたので」
苦笑いを浮かべるソウエンの説明で、商人らが味方する理由にアタシは納得がいった。
最初こそ、前領主……というよりはテンザンら腕利きの護衛の睨みが効いていたからこそ、商人らも嫌々従うしかなかったのだろうが。
先程アタシが見た船着き場の大盛況ぶりが、税が軽くなったことで戻ってきたのだとすれば。利益を最優先に考える商人ならば、可能であれば。ソウエンを領主とした街で賑わう商売をしたいと思うのが自然な流れだろう。
それでも、ただアタシが結果的に領主を打倒しただけでは。たとえ街にジャトラに逆らう組織があったとしても、ここまでの流れにはならなかっただろう。
アタシは、街を動かす大きな要因になったお姫様へと一瞬、視線を移すと。
「え? な、何よっ、アズリア?」
何故かソウエンが指差す地図ではなく、こちらを見ていた彼女と目線が合ってしまう。
カガリ家の正当な当主であるマツリの実妹、という立場である彼女は。
強引に当主の座を奪い、カガリ家の権力を振るうジャトラの待つ本拠地シラヌヒに向かい。当主の座を姉マツリに取り戻そうと宣言までしているのだから。
ジャトラに反抗する人間にとっては。実に心強い存在であったのだろう。
「……いや。別に何でもないよ」
予想外の出来事に少しばかり気恥ずかしくなったアタシは。
このままフブキを見ていると、「アンタが街の連中を動かしたんだ」と口走ってしまいそうなので。あくまで素っ気ない態度を装いながら、再び地図に視線を戻していくと。
「それと……実は、ですな」
ソウエンは少しだけ躊躇う様子を見せながらも、街の防衛策について説明を続ける。
「……もし本当に、ジャトラが街を強引に占領しようとした非常時に限り……武侠だけでなく、街の者にも武器を渡そうと考えているのです」
「そりゃ、イイ考えじゃないか」
アタシが旅して回った農村でも、野盗や魔獣の襲撃に備えて。村人らが自ら武器を持って村を護衛することは良くあった。
街の治安を守る衛兵なんて仕事は農村にはないし、大きな都市から冒険者や騎士や兵士の派遣を頼むには金も時間も必要となる。
ならば、と。村人らが生み出した苦肉の策なのだが。
「……ちょ、そ、ソウエンっ……そんなこと、許されていいはずがっ?」
だが、ソウエンの説明に腕を組み頷いていたアタシと違い。目を大きく見開いて驚き、どちらかと言えば否定的な態度を見せたフブキ。
「あ、そっか。この国にゃ、武侠って立場があるんだっけ」
そう。
この国には「武侠」と呼ばれる戦闘階級が設けられており。一般の人間は武器を持つ事が出来ず、武侠のみが武器の所持を許されている。
だから、ソウエンの提案はこの国が今まで守ってきた制度を真っ向から否定する話だ。
大陸から来た余所者のアタシはすぐに理解出来ても、この国の人間であるフブキには信じ難いのだろう。
「ですがフブキ様。先の強襲で、この街に駐留していた大半の武侠が傷付き倒れてしまいました。武侠のみで街を防衛するのが不可能なほどに……」
ソウエンの話を聞いたアタシは、罪悪感とともに目線を落とし。ジッと自分の手を開いて凝視していた。
本来ならば、ただ領主に「これ以上フブキと療養所を狙うな」という要求さえ飲んで貰えればよかった屋敷の強襲だったが。
直前に、テンザンが率いる領主の配下の武侠が療養所を襲撃し。返り討ちにしたという経緯があったため。
結果的に、立ち塞がる領主の護衛の大半をアタシやユーノ、ヘイゼルが薙ぎ倒してしまったわけだが。
また同時に。
街の危機に立ち向かうべき武侠を負傷させた一番の張本人こそ。まさにこのアタシに間違いなかったからだ。
「い、いえっ……アズリア殿が悪いとは、街の誰も思ってはおりませんぞ」
「は、ははッ、いや、悪いねぇ。柄にもなく落ち込んじまってさ」
「他の武侠はともかく、リィエン配下のあの三人がいたからこそ誰も逆らえなかったわけですからっ」
どうやらこちらの態度を見て、ソウエンは慌てた様子で前領主を打倒した一連の行動に間違いはなかったと評価してくれる。
ちなみに「あの三人」というのは、今は別室にいる母娘の父親であるテンザン。そして女武侠のササメと死霊術師のコンジャクを指す。
「で……でもっ、いきなり武器の所持を許したところで、武器はどうするつもりよっ?」
すると、ソウエンとの会話のやり取りに割り込んできたフブキは。武器の所持を認めるという案の問題点を挙げる。
「た、確かにッ。その点についちゃ、何か考えがあるってのかい?」
そう言えば、街を出歩いた時に。大陸で必ず見かける剣や槍、斧などの武器や鎧兜などの防具を扱う店舗が見当たらなかった。
この国では一般人に武器の所持を許していないのだから、当然と言えば当然の話なのだが。
だとすれば、いざ街の人間が武器を持つ事を許されたとしても。彼らが持つ武器が確保出来ないのであれば、ソウエンの提案も意味のないものになってしまう。
フブキとアタシの視線がソウエンに集まるが。
「そこはご安心あれ。先程、運河を利用する商人の協力を取り付けたと言ったでしょう。それに……前領主の屋敷にも、不用になった武器が眠っておりますからな」
握った拳で胸を叩いてみせたソウエンの、アタシら二人の疑問に淀みなく答えていく様子から。
今この場の思いつきではなく。この数日間、街を忙しく駆け回った末に出した新領主としての回答なのだろう。
フブキはどうかは知らないが、少なくともアタシは彼の意図をそう理解した。




