18話 アズリア、街の防御を懸念する
本当ならば、真剣な態度でフブキの話を聞かないといけないという場面なのだが。
「ぷ……ッ? く……く、くくく、ッ」
今一度、得意げな顔をしたフブキを目にした途端に我慢が限界に達してしまい。
とうとうアタシは閉じていた口から笑いを溢してしまう。
「え? な、何か私、変なこと言った?」
「くくくッ……い、いや別に、さッ」
まさかフブキも、アタシが笑いを吹き出した理由が自分の表情だとは思いも依らなかったようで。
何故に突然笑い出したのか、をアタシに問い詰めてくるが。
「ま、まあ、フブキッ……それより、話を詳しく聞かせてくれないかい?」
「あ、そ、そうねっ」
馬鹿正直に理由を話せば、またフブキが不機嫌になってしまうと思い。アタシは笑いを何とか堪えながら、話題を逸らして話を本題に戻そうとすると。
気を取り直したフブキが咳払いを一つして、話し出そうとした──その時。
「──ですが、フブキ様」
「ひやわあああああああっ⁉︎」
背後からした声に、今にも飛び上がる勢いで肩が跳ね、目を大きく見開き驚くフブキ。
彼女のすぐ後ろから声を掛けてきたのは、先程まで距離を空けて座っていた筈のソウエンであった。
アタシの位置からはソウエンが立ち上がり、近寄ってくるのを一部始終見ることが出来たのだが。アタシと向き合っていたために、ちょうどソウエンに背中を向けていたフブキは。接近する様子を確認することが出来なかったのだろう。
「ちょ……な、なな、何よっっ?」
激しく動揺してはいたものの、背後の声の正体を知るために。フブキは綺麗に折り畳まれた両膝を崩しながら後ろに振り返ると。
自分を驚かせたのが見知ったソウエンだと知り、安堵の溜め息を吐きながら。
「はぁぁ……も、もうっ、びっくりしたじゃない……」
などと口にしながら、崩れた姿勢を正して膝を揃えて座り直すフブキの様子を眺めていたアタシは。
一度は落ち着いたにもかかわらず、再び笑いを吹き出しそうになってしまう。
「驚かせてしまい、申し訳ありません。ですがフブキ様……こちらが知る限り、そんな場所に道などあったでしょうか?」
フブキを驚かせてしまった事を頭を下げて謝罪しながらも、ようやく話を本題に戻してくれるソウエンの言葉に。
アタシも、先程フブキが指を擦った地図上の場所を見返していくと。
ソウエンの言う通り。そこには道を示す線は引かれておらず、ただ山が広がるのみであった。
「……どういうコトか、説明してもらえるかい、フブキ」
「当然。それを話すためにここまで来たんだから。でも、ここから先の話は他言無用よ、二人とも」
ふぅ、と一度息を整える仕草をしたフブキが再び表情を変え。眉を寄せてアタシとソウエンを交互に睨んでいく。
その表情の変化に、またアタシは笑いが込み上げてきそうになったが。迫り上がってくる笑気を何とか腹へと押し戻し、フブキへと頷いてみせる。
「──よろしい。何しろ、この道はお父様に教えられた、カガリ家の人間しか知らない隠れ道なんだから」
同じくソウエンが頷くのを確認すると、フブキは地図に記されていない場所にあるという「道」の説明をし始める。
説明を聞いて、なるほど……その理由であれば、ソウエンが所持する地図に道が記されていないのも納得だ、とアタシが思っていると。
「……もしや、フブキ様がジャトラの元から逃げおおせたのは」
「そう。当然だけど、ジャトラはこの隠し道を知らない。だからシラヌヒから何とか抜け出した後、追手から逃げ切ることが出来たの」
どうやら隠し道の存在を初めて聞いたソウエンが抱いた疑問。
フブキがただ一人で、周囲を敵に囲まれていたジャトラの束縛から上手く逃げ出せた理由が。まさに隠し道にあったことを告白し。
「まあ……所詮は徒歩と馬。脚を射抜かれた傷もあって、すぐに追い付かれて捕まってしまったけど、ね」
ふと下を向いたフブキは、右脚を摩り出す。
アタシが「生命と豊穣」の魔術文字で治療し、受けた矢傷の痕の残っていない筈の右脚を。
この街の郊外にあった洞窟に幽閉されていたフブキを見つけた際には、右脚に受けた矢傷が酷く膿んでいた状態だった。
そのまま放置すれば生命に関わるほどに。
「あれからまだ七日ほどなんだよねぇ……信じられないけどさ」
フブキの仕草でアタシは、モリサカやチドリと一緒に彼女を救出した時のことを思い返していた。
実際、フブキと出会ってからまだ十日も経過していないのに。もう一月は一緒にいるかという、間違った感覚に陥ってしまう。
……だが。今、必要なのは過去の感傷に浸る事ではなく。これからの未来のために考えを巡らせる事だ。
「思い出話よりも、フブキ。アンタが示したこの隠れ道……こいつを使うと、シラヌヒまでどのくらいの日数に短縮出来るんだい?」
だからアタシは、自分の家にのみ伝えられる隠し道の存在を告白したばかりのフブキに。
隠し道を使うことでの利点をあらためて確認する。
というのも。シラヌヒの周囲が山々に囲まれているという地形の影響もあり。道は何度も曲がりくねっており無駄に距離が長くなってしまっているのに対し。
一方で、フブキが指で擦って示した隠し道はというと。シラヌヒまで一直線に到達しており、道程の長短は目に見えて明らかだった。
隠し道を使えば、ジャトラがこの街へと差し向ける武侠と道中に衝突し、無駄な戦闘をする必要もなく。
しかも想定よりもかなり早い日数でシラヌヒに到着出来るかもしれない、という期待を持って。アタシはフブキの答えを待っていたが。
「ふふふ、聞いて驚きなさいよ……五日よ」
フブキの口から出てきた回答は、アタシが予想していた以上の日数の短縮だったことに。
一瞬、言葉を失ってしまうくらい驚いてしまう。
「そ、そりゃ、凄えッ!」
十日が必要なところを、たったの五日で到着してしまうのだから。馬を飛ばせば、あと一日程度はさらに短縮出来るかもしれない。
もし、黒幕であるジャトラも隠し道の存在にまだ気付いていないと想定するなら。迎撃の準備が整う前に強襲を仕掛けるのも可能になる。
アタシでなくても、驚かないのがおかしいぐらいだ。
「だ、だけど、そうなると……一つ、大きな問題が出てくるんだけどねぇ……」
「ん? それは、どういう意味でしょうか」
だが、アタシの頭には一つの懸念が生じ。隠し道の説明を続けるフブキから、現在この街の領主に就いていたソウエンに視線を向けると。
「もし、ジャトラの部下がこの街を襲うようなコトがあったら……ッて話だよ」
アタシが頭に思い浮かべた懸念を口にしていく。
道程に懸かる日数が少なくなるのは非常にありがたいことだが。
ジャトラが差し向ける武侠とは別の道を使えば、アタシらと衝突することのない連中はそのまま一直線にこの街に向かってくることとなる。
もし、到着した連中が武力にものを言わせ、強行突破という暴挙に出たとすれば。果たしてこの街には防衛する手段があるのか、という懸念を。




