10話 アズリア、価値観の違い
「ちょ、ちょっと待て。本当にこれを……アズリア、お前が一人でやった、って言うのか?」
鉱山街に詰めていたランドルの部下に伝令として、坑道に巣食っていた鉄蜥蜴らを倒した事を報告してもらったアタシは。
ランドルの旦那が馬車で鉱山に到着するまでを、アタシが歩いて掛かった日数……つまり七日程度は懸かると思っていたのだが。
「いや……先に報告では聞いていたから驚きはしないが、こうして死骸を見てもにわかに信じられんな……この数は」
どうやら、伝令役に伝えていた鉄蜥蜴の膨大な数と。
積まれた死骸の中に一際目を引く、黄金蜥蜴を倒した、という話が大層気になったらしく。
死骸を王都まで運搬する馬車に先行して、ランドル本人が馬を走らせてやってきたようで。
鉱山に到着したのはわずか四日後のことだった。
開口一番、到着し死骸の山を見たランドルから出たのがその台詞だった、というわけだ。
「いや、あの時は、酒の席での約束だと思っていたが……まさか本当に依頼を終わらせるとは、想定外だったぞ……」
「まあねぇ。で、た」
アタシは自分が倒した鉱蜥蜴の死骸を前に、今回の依頼の報酬について交渉を持ち掛ける。
何しろこの依頼、行き倒れを助けてもらった恩義を返すという意味で引き受けたので。当然ながら、依頼を成功したとしても報酬はなかった。
だが、それでは今後の路銀を稼ぐ事が出来ない。
そこで、鉱蜥蜴の表皮に商人であるランドルに値を付け、購入してもらおうとした。
「黄金鱗もだけど、もちろん鉄鱗も胴体にゃほぼ傷なんてつけてない……だから、高値を付けてくれりゃアタシも嬉しいんだけど、ねぇ」
今までにも何度か鉄蜥蜴は討伐したことがあるため、大体の鱗の値は分かるアタシだが。
さすがに黄金蜥蜴は遭遇したのも、当然ながら討伐も初めての経験であり。どの程度の値が付くのか、想像も出来ていなかったからだ。
「あ……ああ、いや、これだけの鱗だ。高値で買い取るのはもちろん、約束通り成功報酬として喜んで買うが……むぅぅ」
腕を組んで難しい顔で考え込んでしまうランドル。
何故か先程から喉に物が詰まったように、歯切れの悪い言葉でアタシへの返事をやたら遠回しにしようとする彼の態度が気になったので。
アタシはそんなランドルへ質問を返してみると。
「ん、ん? もしかして……ランドルの旦那。アタシの報酬の一部を鉱夫へ支払うっていう提案が、何か不満とかなのかい?」
「……そういう問題じゃない」
ランドルは首を左右に振って、アタシの質問を否定していく。
なら、何をそんな歯切れの悪い言い方で誤魔化そうとしているのか。
アタシはますますランドルの態度に疑念を深めていく。
そう言えば、ランドルはクロイツ鋼製の大剣を見て、思わせぶりな事を言っていた気がした。
もしかして、アタシを帝国の斥候か何かだと勘違いしているという可能性も考えられる。
それとも、王国に来てもなお、この国では珍しい褐色の肌を見て、アタシは異端者扱いされてしまったのかもしれない。
そんな想像を頭に浮かべたアタシは、悔しさのあまり、つい拳を固めてしまうのだったが。
「まあ……アズリア。一応、お前さんにはきちんと説明するが」
困ったような、申し訳なさげな表情を浮かべたランドルが、頭を掻きながら説明を始める。
「さすがにこの討伐数と素材を考慮したら、行き倒れたお前さんを拾って食事や宿の世話をしたくらいじゃ……俺のほうが不義理だと商売を続けてられないんだ」
「へッ?」
「最初、俺はせいぜいが鉱蜥蜴が二、三匹程度だと想定していた。さすがに雇われの兵士数人じゃ鉄鱗でも厳しいが、冒険者組合でまともな連中を雇えば対処出来ないわけじゃない」
「えっと……何が言いたいんだい、ランドルの旦那?」
どうやら。
アタシは行き倒れ助けてもらった上に食事までご馳走になった御礼に、倒した鉱蜥蜴の死骸を旦那に引き取ってもらったお金で財布がホクホクに。
旦那は助けた行き倒れに鉱山から鉱蜥蜴を排除してもらって鉱山も無事に採掘を再開できて、しかも金鉱石の層まで見つかって大満足……という結末では幕を閉じなかったようだ。
「鉄蜥蜴がこの数だと、組合でも対処出来る冒険者は限られてくる。しかもだ、黄金蜥蜴までいたとなれば組合に加入している冒険者総出で何とか倒せるか、という話になってくる……当然、依頼料は総額で金貨数枚程度じゃ済まなくなるだろう」
「……はあ」
アタシは、ただ呆気に取られて長々と続けられるランドルの話に合槌を打ちながら。
ランドルの説明が最初にアタシが想定していた事態とはまったく違った方向へと転がっていっている、ということだけは理解出来た。
「問題なのはこの依頼の基本報酬だ。こんな危険な依頼だったら大金貨三枚でも少ないほうだ」
「だ、大金貨って……は? 冗談だろぉ?」
「何を驚いてる? 黄金蜥蜴討伐なんて大仕事を冒険者組合に依頼してみろ、大金貨どころか白金貨がどれだけ飛んでいくことやら」
と。
ここで王国の通貨について説明しよう。
国ごとに通貨が違うので一概には言えないが、ここシルバニア王国では小銀貨や銀貨が王国民が通常使っている貨幣で。
小銀貨一〇枚で銀貨一枚、銀貨一〇枚で金貨一枚。
金貨一〇枚で大金貨一枚、大金貨一〇枚で白金貨一枚。
──という両替制度になっている。
ちなみに、先日アズリアがランドルにご馳走になった夕食の値段は小銀貨五枚、王都の宿代が大体銀貨二枚なので。旅人が一日を過ごすのなら銀貨が三、四枚あれば充分な金額と言える。
さらに言えば、鉄蜥蜴の皮や肉を合わせた死骸の買取価格は金貨三枚は下回らないとされている。
そもそも鉱蜥蜴自体、鉱山にしか生息しない魔獣なので傭兵稼業やたまに魔獣や猛獣退治をこなした程度の旅人には縁のないモノなのだが。
アタシは旅で何度か鉄蜥蜴を相手にしていたので。奴らの死骸がどの程度の金になるかはおおよそ推測出来ていたので。
「鉱山の連中の手間賃に、ッて言ったんだけどねぇ……」
だが、アタシは。
想定外の黄金蜥蜴に遭遇する事態となり。
金が採掘出来る場所にしか存在し得ない黄金蜥蜴なんてものは、アタシも実際に遭遇したのは初めてなのだ。だから、討伐した依頼料の相場や黄金蜥蜴の死骸の売値など、想像出来るはずもない。
「い、いやいやいや! アタシは鉄蜥蜴を買取ってくれる報酬だけで事足りるからさぁッ?」
白金貨、などという場違いな単位が出てきたことに思わずアタシは慌てふためき。
座っていた椅子を立ち上がって、黄金蜥蜴の素材の売り上げや討伐報酬を辞退しようとするが。
「……そんなわけにはいくか。黄金蜥蜴は蜥蜴扱いなんかじゃなく、もはや竜属扱いだ!」
確かにランドルの言う通り、最早口から火の息を吐き出すような危険な魔獣を。爪と牙、あとは硬い鱗のみの他の鉱蜥蜴と分類するのは相当の無茶がある。
「……竜属退治の依頼をいくら行き倒れを助けたからって無報酬でやらせた、なんて噂が広がったら信用問題でウチが破産する」
当然ながらランドル側も一歩も引こうとしない。
アタシは困った。
そりゃ確かに、財布にいくらあっても困る事はないのだが。旦那が深刻に思ってるほど鉱蜥蜴が肩慣らしにしても弱すぎたのも、また事実なのだ。
それで命の恩人から大金貨三枚も貰うのは、何か間違ってる気がして辞退してしまったが。ランドルの説明を聞く限りは引き下がらないだろうし、商人であるランドルの顔を潰しかねない。
ならば、ランドルが飲む妥協案を出すしかない。
「な、なら報酬の代わりに一つ頼まれてくれよ、ランドルの旦那」
「何だ?……あまり無茶な頼み事なら聞けないが、他ならぬ恩人の頼み事だ、無下にはしない」
「それじゃあさ、アタシが王都に滞在している間は旦那の財布からアタシの宿代と、食事の代金を融通してくれたら……その、まあ、助かるなぁ、ってねぇ」
アタシの提案に、ランドルは肯定的な様子だ。
まあ、得体の知れない旅人が自宅にどれだけ滞在するかわからないのはさぞかし不安だろうが。
アタシとしては、リザードの買取金で王都の美味い料理をある程度堪能したら、次の街か国にでも旅立つまでの間、宿代や食費が浮けばシメたモノだ。
「……よし、わかった。アズリアが王都に滞在する間は俺の客人としてウチの屋敷の離れを寝泊まりの場所として用意させるし、食事も俺と同じものを用意する……それでいいか?」
「え?……い、いや、アタシは普通に旅の宿を手配してくれて、少ぉーしばかり王都で食べ歩き出来ればそれでよかったんだけどねぇ……」
何故か宿代を肩代わりしてもらうという話が、ランドルの客人になって屋敷に迎えられる話になってしまったのかはアタシにも分からないが。
何はともあれ王都に滞在する間、アタシは宿代と食事の代金を心配する必要がなくなった、ということだ。
余談。
通貨の価値ですが、現在の貨幣価値に換算すると小銀貨一枚は約200〜250円ほどだと思って下さい。
あと、あえて世界共通の通貨にしなかったのは。
この世界にはまだ、共通の通貨を発行しうるだけの組織がない世界事情だからです。