17話 アズリア、フブキの提案とは
「コレは……地図?」
股を開いて座っているアタシとは違い、両の膝を揃えて畳み床へと腰を下ろすフブキが自分の前に広げたのは草紙で出来た地図であった。
アタシは、目の前に広げられた地図に視線を落とすと。地図の中央に引かれた長くて太い一本の道を指差し。
「真ん中に流れてるのは、もしかしなくても」
「ええ、その通り。街を流れるモリュウ運河よ」
フブキの回答で、アタシは目の前の地図がこの街を中心部に置いて記された地図だと理解する。
「へぇ……コイツはありがたいねぇ。特に、これからシラヌヒに向かうアタシらにとっては、ね」
よく見れば、地図は陸地と海、山や川などの大まかな地形と連なる道が線一本だけで記された簡易的なものではあるが。
それでも、この国の地理に全く疎いアタシにとってこの地図は、周囲の地形や道を把握する重要な品であった。
何しろ、モリサカやチドリとハクタク村からこの街に来る道中は。石が敷かれるなど整備された街道ではなく、あくまで踏み固められた剥き出しの土だったからだ。
だが、ナルザネらによって街外れの洞窟に幽閉されていた彼女が。このような地図を持っているのはどう考えてもおかしいし。
もし、本当に所持していたのならアタシらにもっと早く公開しているだろう。
「で、フブキ……この地図は一体どこで手に入れたんだい?」
そうフブキに質問を投げ掛けると同時に、アタシは後ろにいたソウエンに視線を向けると。まるでアタシの質問の意図を肯定するかのように、ソウエンは一つ頷いてみせた。
つまり、フブキが取り出した地図は。元々はリィエンの前の領主でもあったソウエンが所持していた ものだったのだ。
「なるほど、ねぇ。だからこの地図は、この街が真ん中にあるってワケなんだね」
「ちょ、ちょっとっ……まだ私、何も言ってないんだけどっ?」
ソウエンとの目配せで、この地図が誰から入手したのかを理解したアタシだったが。
どうやら、地図を出した自分を無視しているアタシが気に食わないのか。床をダンダン、と平手で叩いていたフブキ。
街の周囲の地図を見て、少しばかり高揚してしまい、フブキを揶揄ってしまったアタシだったが。
「ははッ、いや、悪かったねぇ。それで、重要な話ってえのは一体何なんだい?」
「きゅ……急に真面目な顔にならないでよ、アズリアっ、反応に困るじゃない……っ」
本題である「重要な話」を聞くために感情を切り替え、冷静さを取り戻した表情でフブキを見据えていくと。
彼女は不機嫌そうに床を叩いていた手を止め、言葉を詰まらせていき。
「……コホン。そ、そうね、それをアズリアに話したくて、わざわざ療養所まで来たんだから……」
一度、咳払いをして気を取り直したフブキは。
地図の何箇所か、フルベから相当に離れていた場所に次々に指を置いていく。
「おおよそここら辺が、私が捕まっていた洞窟の場所。そしてハクタク村がここね。そして……これから私たちが目指すシラヌヒの位置よ」
さすがに地図上には、フブキが幽閉されていた洞窟やハクタク村の位置は記されていなかったが。フブキは手慣れた感じで、洞窟や村の場所を指差していき。
最後に、フルベから相当に距離が空いた、周囲を山に囲まれている場所へと指を置いていく。
「なるほど、ねぇ……それだけ離れてりゃ、確かに十日は懸かるっていうのも納得の距離だよ……にしても」
「ん? 何よ、今の説明じゃわからなかったかしら?」
ただシラヌヒの場所を示されても、土地勘のないアタシにはどれだけ距離が空いているのかを理解するのは難しかったろうが。
滞在していたハクタク村や洞窟と、この街までの距離と比較出来たことで。「十日は懸かる」と聞いていたシラヌヒまでの距離にも納得がいった。
フブキの地図を使った説明の上手さに、アタシは感謝の言葉を口にしていくと。
「いや、余所者のアタシにも分かりやすい説明だった、と驚いてただけさ」
「あ……そ、そう、それならよかったわ」
続けて何かを話そうとしていたフブキが、突然呆けた感じの表情を浮かべ言葉を止めてしまうが。
すぐに気を取り直した様子で。
「ここからシラヌヒまでは十日。馬で駆けても、二、三日短縮出来るかどうか……しかも馬には相当に負担がかかる」
「確かに、その通りだねぇ」
治療に専念していたアタシの代わりに。フブキが領主のソウエンに話を通して、三頭ほど馬を用意してくれていたらしい。
三頭とはアタシとヘイゼル、フブキが騎乗する数だ。ユーノの馬を用意していないのは、馬に騎乗するよりも自分の脚で駆けるほうが速く移動出来ると。ユーノが馬に乗るのを拒否したためだ。
アタシが道程を急ぐには理由がある。
それは、敵に余計な策を実行させてしまう時間の余裕を作ってしまうことだ。
アタシらの存在と、フブキが健在だという事は。領主を射殺し姿を消した射撃手によってジャトラも知る事となるだろう。
元々ジャトラは、当主だったマツリを脅迫するための人質であるフブキを洞窟に幽閉し。あわよくば魔竜の生贄に、と考える狡猾な人物であり。
その上、現状はこのカガリ家の領地を統べる立場だ。
いたずらに時間が経過しても、こちら側の状況が悪くなることはあっても。良くなることはあり得ない。
「だけど、地図をどう見たところで……シラヌヒまでの道のりは一本しかないから、ねぇ……」
そう。目の前に広げられた地図には、この街からシラヌヒまでの道はただ一本しか記されていなかったのだ。
周囲を山々に囲まれていることで、自ずと移動に適した道は少なくなるのは理解出来たが。今、アタシらが置かれた状況でシラヌヒの配置は非常にありがたくない位置にあった。
……或いは、アタシらを敵の軍勢と見立てれば、敵側からすればこれ程に攻め込みにくい場所はない。
その事を見越して、カガリ家はシラヌヒを本拠地に選んだのだろうか。
大陸では国家や有力貴族の領地で、王都や首都を定める場合。なるべく往来が多い場所……つまりは開けた平地に置かれることが多いが。
それもまた、大陸とこの国の考え方の違いなのだろう。
「……むぅ」
地図を睨んだからといって、新しい道を示す線が浮かび上がってくるわけではない。
そんなことは承知で、アタシが地図を何度も見返していると。
「それがね、あるのよ。実はもう一つ道が、ね」
突然、アタシの視界にフブキの指が入ってくるなり。道を表す線が書かれていない地図の上を指で擦り始める。
「そ、そりゃどういうコ──」
ふと、顔を上げてフブキを見ると。「どうだ」と言わんばかりに勝ち誇ったような笑顔が目に入ってくる。
先程、フブキを無視してソウエンと目線のみで会話をした時には床を叩くほどに不機嫌さを見せていたのにかかわらず……である。
そんな表情がころころと変わるフブキの顔に、アタシは笑いを堪えるのが精一杯だったが。




