16話 アズリア、贈り物に秘められたもの
少しばかり母娘の様子が落ち着きを見せてから、ウコン爺が二人を別の部屋へと案内する。
「ささ、案内するぞい、こっちぢゃ」
「う……は、はい……ぅぅぅ……っ」
ヤエも爺さんに同行し、レンゲとフウカの背中を支えながら大部屋から出て行ってしまい。
泣き声が聞こえなくなり、静寂が訪れた部屋に残されたのは。アタシとフブキ、そして領主のソウエンだけとなってしまった。
「いや……何とも、まさかこんな事になるとは……誠に申し訳ない、アズリア様」
二人を療養所まで招き、アタシに紹介したソウエンは。静けさと一緒に気まずさの漂う場を取り繕うため、頭を掻きながら口を開く……が。
「……どうしたの、アズリア?」
そう問い掛けたフブキの声も、ソウエンの謝罪の言葉もアタシの耳には入っていなかった。
というのも。テンザンの妻子という二人が手渡してきた藁の人形を、まじまじと見つめていたからだ。
「確か、御守りって言ってたねぇ、コレ……」
よく見れば、ただ藁を束ねているのではなく丁寧に編み込んで強度を増した人形になっており。人形の頭部には、アタシの赤髪を模したのか、染料で赤に染めた動物の毛が縫い付けられていた。
それだけなら、何の問題もなかったのだが。
問題は、人形が帯びている魔力だ。
あの二人を疑うのは偲びないが、もしかしたらアタシを害する「呪詛」の類いかもしれない。
人形が帯びている魔力の種類を判別するため、アタシは左眼に力を込めて「魔視」を発動させると。
左眼に視えたのは、それぞれ大地属性と月属性の魔力だった。
「ふむ……なるほど、こりゃ──」
帯びた魔力の属性と人形の裏に刻まれた文字から、アタシは人形に込められていた魔法の種類を推察し。
瞬時に閃いたのが「防護」と「心理の壁」の二種類だった。
まず「防護」は。肌の表面に薄い革一枚ほど微弱な防御結界を張り、子供の投石や毒蛇の牙程度なら防げる効果を発揮する。
もう一つ「心理の壁」は精神の安定を維持する魔法である。効果中は魔獣の吠え声で容易に動揺したり、心を操る魔法の効果を受けにくくなる。
この二種類の魔法は、誰もが少し教わればすぐに使えるようになる基礎魔法とは違い。魔術師の素養が必要となる初級魔法に分類されているが。
逆に言えば、素養さえある人間ならばこの二種類も簡単に使用が出来る魔法であり。大陸でも、この二種類が込められた護符はそこまで高価な魔導具ではない。
そこまではアタシも推察出来た、のだが。
「だけど、何か……引っかかるんだよねぇ……」
というのも。感知した魔力とは別の、ごく僅かな謎の魔力が人形の中心部にあるのをアタシは見逃さなかったが。
その魔力だけは、アタシの魔視と知識では種類を判別出来なかった。
まあ……あくまでアタシが有しているのは魔術文字の研究や調査の過程で目を通した、数々の文献や書籍の知識にすぎず。魔導具の専門家では決してない以上、仕方のない話ではあったが。
アタシは一見、身体と心を護ってくれる魔法の効果が付与されている人形だが。
謎の魔力の正体がどうしても気に掛かり。何とか正体知れずの魔力を解き明かせないかと、色々な角度から人形を凝視していると。
「──ちょっとアズリアっっ‼︎」
「う、うおッ?」
耳に飛び込んできた大音量に驚き、声の方向へと振り向くと。視界に飛び込んできたのは、すぐ横で鼻の頭同士が触れるほどの距離にまで迫っていたフブキの顔だった。
「お……驚かせるんじゃあないよ、フブキッ」
「そ、そりゃ仕方ないでしょ、いくら大声で話しかけても反応してくれないんだからっ!」
間近に詰め寄ってきたフブキは。苛立ちを隠すこともせず、アタシを怒鳴りつけてくる。
怒るフブキを敢えて無視して、アタシは視界を覆うほど間近に迫った彼女から目を逸らしていくと。
フブキの背後では、床に座ったままのソウエンが何とも気まずい表情ながら。こちらに愛想笑いを浮かべてくれる。
人形に気を取られている間に話し掛けてきたのはフブキだけでなく。ソウエンもだったようだ。
「わ、悪いねぇ……話、聞いてなくてッ」
「い、いえいえ。あの二人の事を気にしていないのなら、こちらの用件はそれだけでしたので……」
今、この街で一番忙しい立場であろう領主のソウエンが何故に、わざわざ療養所に訪れたのかと不思議に思っていたが。
どうやら、あの二人をアタシに会わせるというのがソウエンの唯一の目的だったようで。
「実は、フブキ様から重要な話があると」
「……重要な話?」
ソウエンが複雑な表情をしながら、視線と手振りでフブキを指し。
重要の話の内容が気になったアタシは、一度はわざと無視したフブキへと視線を戻すと。
「話……しても、いいかしら?」
笑顔を浮かべてはいたものの、苛立ちからか眉をひくひくと震わせていたフブキは。
何とか穏やかな声を無理やり作りながら、遠回しにアタシとソウエンに圧を放ってくる。
だが、今さら重要な話とは何なのだろう。
これまでにもアタシは何度か、フブキ自身やこの場にはいないモリサカから。カガリ家の内部事情についての説明を、かなり事細かに聞いてきた記憶がある。
今、アタシらは。フブキの姉を当主の座から追放したジャトラを打倒する目的で、本拠地シラヌヒに突撃するために。
アタシの傷と魔力の回復を待っている状況なのだが。魔力の回復こそまだ完全ではないものの、明日……遅くてもさらに一日も休養を取れば、魔力も完全に補充されるだろう。
しかも、馬を持たず徒歩のアタシらに対して既に。速度の遅い荷馬でなく速く駆ける馬を、シラヌヒまでの移動用に準備までしてくれていたのだ。
「……で? アタシとしちゃ、あとはシラヌヒに向けて出発するだけだと思ってたんだけどねぇ」
話を聞くにあたり、立っていたアタシはもう一度床に腰を下ろし。
フブキの言う「重要な話」を聞く体勢を取っていく。
確かに……シラヌヒへの突撃を実行する上で気になる点はいくつかある。
まずは前領主リィエンを射殺した人物も含めた、ジャトラが有している戦力だ。
正当な後継者であるフブキの姉を押し退け、当主の地位に就いているジャトラを。カガリ家の配下らがどれだけ支持し、もしくは従属しているのかが未知数なのだ。
そしてもう一つは、ここフルベの防衛だ。
前領主リィエンを射殺したのがジャトラの配下ならば、既にこの街が自分の支配下から離れた事を知っているのは間違いない。
しかも一度は殺してまで除外しようとしたフブキが、この街に滞在しているのも知れているのだ。
カガリ家の戦力と当主としての権力を保持しているなら、そのまま放置するだろう筈はない。新しい領主を置く名目で、既に幾らかの戦力を向けてきていても決しておかしくはないのだ。
フブキがこれから語る「重要な話」とは、アタシが抱く二つの疑問を解決してくれる内容なのだろうか。
「──実は、ね」
アタシの真剣な視線を真っ向から受け止めたフブキは、懐から何かを取り出しながら話を切り出していった。
「防護」
大地の属性を帯びた魔力をごく薄く身体の表面に張ることにより、素肌の強度を上昇させると同時に。僅かではあるが飛来する衝撃を緩和する二つの効果で、防御力を微小に増強する防御魔法であり。
大地属性の初級魔法の中でも、基礎魔法と同程度の難易度で習得出来る魔法でもある。
「心理の壁」
精神に多大な影響を与える月属性の魔力を帯びることで、外部から放たれる「誘惑」などの精神的な悪影響を防ぐ効果を与える防御魔法。
魔法の他にも、聞いた対象全てに効果を及ぼす「恐怖の咆哮」などの咆哮に対する防護にもなり得る。
……ちなみに。
アズリアが妻子に貰った藁人形、その中にある不明な魔力と何なのか。
「藁人形」という事で大体予想は付くと思います。




