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閑話① 白薔薇姫の独白

 (わたくし)はベルローゼ・デア・エーデワルト。


 誇り高き我らがドライゼル帝国の「三本の薔薇(ドライローゼス)」と称される三大公爵家が一つ、白薔薇ことエーデワルト公爵家の長女ですわ。

 (わたくし)のことを人はよく「白薔薇姫」と呼びますが、それは我がエーデワルト家の紋章に白薔薇が入っていることと。

 (わたくし)が天より与えられたもうた、この太陽の輝きをそのまま形にしたかのごとき麗しき容姿からなのだと思いますわ。

 

 (わたくし)の上には兄が三人いましたが、一番上の兄は後継者を蹴落とそうと画策した二番目の兄によって殺されてしまいました。

 その二番目の兄も初陣で戦死なさいました。

 三番目の兄はいる、と聞いたことがあるだけで見たことがありませんの。何故なら生まれてすぐに亡くなってしまったそうですから。

 結局、父である公爵が高齢を理由にその爵位を子供に譲ろうとした時には、跡を継ぐ人間は(わたくし)しか残っていませんでした。

 そんな経緯で(わたくし)が当主の座を引き継ぎ、今はエーデワルト公爵を名乗ることとなりましたが。

 後継者がいなかったから、などど口しがない連中から陰口を叩かれない為の努力は怠っていないと自負していますわ。


 そんな(わたくし)ですが、幼少期にはまだ二人の兄が存命でしたので、あくまで公爵令嬢として帝国の下々の民にその威光と権威を示す義務から、街を散策し同世代の子供と触れ合う機会があったわけです。

 まあ、(わたくし)は公爵令嬢ですから何かを欲すれば周囲が気を利かせてその願望を叶えてくれる立場にいたわけですし、それを当然だと捉えていましたわ。


 そんな時にふと(わたくし)の目に飛び込んできたのは、晴れる日が少なく寒い気候の帝国では稀有な肌の色をして、視界の端っこで座り込んでいた女の子でしたわ。

 周囲の子供が公爵令嬢の(わたくし)に媚びた態度を取る中、その女の子は(わたくし)に対して何とも見たことのない視線と感情を放ってきたのです。

 気になった(わたくし)はその女の子に歩み寄っていき、右手を差し出しながら。


「ねぇ、そこの……そう、あなたですわ。あなた、名前は何と申しますの?」


 するとその女の子は不思議そうな表情を浮かべてコチラをチラッと見るなり舌打ちをして、


「はぁ?……いきなり名前聞いてくるとか、まず自分の名前を教えろよな。てか……アタシのこと知らないのかよ……これだから貴族サマは」

「……は?……はああああ⁉︎」


 何ですの……何ですの何ですの?この女は?

 誰もが皆、(わたくし)に何かを問われれば頭を下げて、命じた事に感謝感激してくれるというのに?

 (わたくし)に名前を名乗れ?

 というより、この帝国に暮らしていてこの(わたくし)の名前を知らないことが信じられません。

 ……これが(わたくし)とこの無礼な女、アズリアとの最初の出会いでしたわ。


 それからですわ。

 この無礼な女(アズリア)は事あるごとに(わたくし)が差し伸べてきた手を取ることを頑なに拒否してきたのです。

 (わたくし)も公爵令嬢としての優しさから、下々たる無礼な女(アズリア)が如何に無礼を繰り返しても、従者や使用人に対するように問答無用で鞭で打ちつけるような短気な真似は我慢してきたのです。

 そう、ちょうどこの日までは。


「ちょっとアズリアさん、ちょうど良かったですわ。私……(わたくし)足が疲れてしまいましたの」

「……何だよお嬢、アタシに話しかけてくるな」


 相変わらず冷たい視線を(わたくし)に向けてくる無礼な女ですが、(わたくし)は怯むことなく言葉を続けます。


「いいですかアズリアさん。(わたくし)は足が痛いんですの。だから馬になって(わたくし)を屋敷まで乗せていって下さらないかしら?」


 使用人だけでなく、夜会でご一緒になる殿方でも(わたくし)にそうお願いされれば、即座に膝を折り跪き背中にこの(わたくし)を乗せるというのに。

 ……この女ときたら。


「……へぇ、そりゃ大変だったね。お馬さんごっこで遊びたいなら屋敷へ帰って喜んで馬をしてくれる人間にお願いするんだね」


 さすがに(わたくし)も我慢の限界でしたわ。

 だからつい社交界では禁句(タブー)である、この女の身体的な特徴を罵倒する言葉が口から出てしまったのです。


「……そうですわね、(わたくし)は白薔薇姫と皆に慕われる存在です。肌の黒い馬など()()()()()()乗るに値しませんわ」


 (わたくし)のその一言から無礼な女(アズリア)への子供たちの態度が一変したのだ。

 いや、大人たちに「忌み子」と呼ばれる彼女に対して日常的に行なっていた罵倒や虐待、無視などの行為を子供まで真似をするようになったのだ。

 

 (わたくし)はそんなつもりはなかったのです。

 ただ、この女の子と仲良くしたかっただけ。


 でも、この言葉を撤回しようとした矢先に兄の暗殺事件が起きて(わたくし)はこれ以降、都市の子供たちと交流する機会が来ることはありませんでした。

 後でその無礼な女……アズリアが「肌が黒い」だの「知らない魔法が使える」だのという随分と懐古的な理由で、大人らに酷い目に遭って暮しているという事を知ってから。

 あの女の子がもしかしたら(わたくし)のせいで死んでしまうかもしれない、そう考えてしまうと。

 後悔のあまり枕を涙で濡らしながら夜も寝られず、食事も喉を通らなかった日もありましたわ。

 

 そんな彼女と再会したのは11年後。

 そこは帝国ですらなく、より南にあるメルーナ砂漠にあるアル・ラブーン連邦国で、でしたわ。


 彼女(アズリア)は相変わらずの無礼で愛想の欠片もない態度でしたが。

 (わたくし)は11年ぶりの再会に、思わず感情が昂るのを止められませんでした……結果的に、それで(わたくし)も心無い態度で返してしまったのですが。

 だ、だって……11年ぶりなのですよ⁉︎

 それを!ああも無愛想に返されたらいくら温厚で優しい(わたくし)も怒るのは当然ですわ……


 それに……彼女の剣はとても重かったですわ。

 帝国でも(わたくし)に勝てるほどの腕前を持つ騎士や将軍は皆無なほど、(わたくし)は強くなったというのに。

 ……それがとても嬉しかったのは、内緒です。


 だから、その夜にわざわざ(わたくし)を名指しで尋ねてきてくれて、こちらを頼ってくれた時には11年越しの(わたくし)の気持ちが届いたみたいで。

 実を言えば……誰も見ていない場所に移動して舞い踊りたかったくらいでしたわ。

 本当ならコチラが頭を下げてあの日の失言を謝罪したかったのですが、残念ながら今の(わたくし)はただのベルローゼでも、子供の頃の白薔薇姫でもなく。

 帝国の三大公爵家(ドライローゼス)としてここにいるのでそう個人に頭を下げる真似が出来なかったのが歯痒かったのですが。

 最後に口から漏れ出す本音は止められません。



「────あの日はごめんなさい、アズリア……」

 

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