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52話 アズリア、告白される

今回は恋愛要素を強めにしております。

苦手な方はごめんなさい。

 央都アルマナの被害の具合はというと、西側の城壁が魔人の一撃で一部崩落していて、今は住民たちが懸命に修繕している。

 建材となる石はさすがに砂漠の真ん中で取ることが出来ないため、少し遠くにある石切場より切り出した石材を、テーベ川を水路にして小舟で運び入れていた。

 何でそんなことがアタシにわかるのかというと。

 身体が完全に治るまでの間、その城壁修繕を手伝っていたからに他ならない。さすがに石切師は専門の知識が必要なので、もっぱら石材を舟に乗せたり舟から城壁まで運ぶ人夫としてだが。


 そんな人夫の炊き出しを買って出てくれていたアウロラはつい先日、自分の名が付けられた宿場町へと帰っていった。


 「ああ、アズリア。事後報告になっちゃうけど私ね、アビーさんと結婚することにしたの。以前からルカによくして貰っていてね……前の旦那のことがあるからなかなか踏ん切りがつかなかったの」


 という衝撃的な発言を残して。

 まあ、確かに無頓着なオログとは違って、一緒に旅してた時もアビーは案外細かい点に気遣い出来るとは思っていたけど。

 なら、丁度良い結婚祝いになるかな、と思って。

 

「アウロラの宿屋の裏をちょっと借りて、色々と魔法の練習してたんだけど、よかったらその成果……貰ってくれると嬉しいね」


 実は、余分に採取してきた朝露草を宿の裏庭で植え替えて栽培していたのだ。実験というのは、あの時新しく師匠(ドリアード)から譲渡してもらった「ing(イング)」の魔術文字(ルーン)のことであり、その文字を刻んだ石を裏庭に埋めておいたのだ。

 普通なら特殊な場所でしか自生しない朝露草が「ing(イング)」の効果で育ってくれたら、と最初はただの思いつきだったが。

 ……あの朝露草、枯れていないといいな。

 

 身体の痛みや違和感も取れてきたのは、人夫をしたり市場通りを歩いたり、王様や王妃様の好意で宮殿に出入りしたりして10日ほど過ごした頃だった。

 うん、そろそろ潮時かもね。


 アタシはあらためて自分の身体の具合を拳を握ったり開いたり、その場で飛び跳ねてみたりしながら調子が悪くないのを確認し。

 大剣と一緒に旅の荷物を背負い、あくまで借りていたラクダは餞別代わりに央都に置いていこうと思った。今は宿の馬屋にではなく宮殿に置いてもらっているので、王妃様やノルディアが何とかしてくれるだろう。


 夜が明ける早朝の黄昏時に、一人城門を後にしてメルーナ砂漠を北へと歩いていこうとすると。

 背後からアタシを呼び止める声が聞こえる。

 

「そうやって6年前と同じように黙って行ってしまうつもりだったんだな、アズ」


 後ろを振り向くと、そこにはハティが一人だけでアタシを見送りしに来ていた。

 ユメリアを連れて来なかったハティの判断に少しだけ感謝した。こういう時になると絶対ユメリアは泣いて引き留めようとするだろうし。


「何だよハティ、一人旅を引き留めるってのは野暮ってモンじゃないか」

「なにも行くな、と言ってるんじゃない。せめて別れの挨拶くらいしていけ、と言っているんだ。おかげで……アズに言いたかったコトが、その……言えないじゃないか」


 すると顔を真っ赤にしながらいつになく真剣な表情のハティがアタシに詰め寄ってくる。

 そしてハティがアタシの両肩をガシッと掴むと、何か思い詰めたような、それでいて覚悟を決めたように顔が迫ってくる。

 突然のことでアタシが迫るハティの距離に呆気に取られているうちに、アタシの唇とハティの唇が触れ合い……唇を奪われていた。

 しばらく唇が触れ合ったまま、その後はハティから唇を離して口を開いた。


「アズ……俺はお前が……好きだ。大好きだ」


 唇が触れ合った時の感触をやっと実感してアタシは顔が熱くなってくるのを感じていた。

 と同時に、そのハティの想いに応えてやれる資格などないという悲しい事実を伝えなくてはいけない。

 

「……ごめん、ハティ。アンタのその想いにはまだ応えられないよ」

「やはり、俺じゃアズには釣り合わない……よな、わかってる」

「……いや、その逆だよ……」


 そのためにはアタシは過去の自分ともう一度向き合わないといけない。


「これは……アタシの昔話だ、聞いてくれないか?」

 

 これからハティに語るのは、今まで誰にも話した事がないアタシの過去の話。

 踏み出せば少なからずアタシは自分の心が傷つき、痛い思いをすることも自覚していた。

 でも、アタシを好きだと告白する勇気を出したハティに、いらぬ誤解をされたままでいるほうが嫌だ、と思ってしまったのだ。

 だからアタシも勇気を出してハティに告白する。


「アタシが旅立ってハティと初めて出会う前、帝国で兵士訓練学校に通っていた時期があった。そこでアタシが出会ったのが……ランディという男だったんだ」


 まだアタシが故郷だったドライゼル帝国を去る16歳になるまで、帝国の兵士訓練学校に入っていた時期があった。

 学校の中でもアタシは相変わらず避けられてはいたが、少なくとも学校に所属している間は雨風は凌げるし、一日の食事にもありつけるのだから。

 その訓練校での同期がランディだったのだ。


「アタシはランディに恋をした、ランディをアタシを好きでいてくれた。だけど……隣国との小競り合いで出撃したランディは、運悪く帰らぬ人になっちまった……」


 忌み子であるアタシに何の偏見も持たずに接してくれたランディに惹かれていき、年頃の男女が恋仲となるのに時間は必要なかった。

 だが、そんなランディはもういない。

 7年前に帝国が隣国イーストセブンに侵攻した時の戦闘でランディは戦死してしまったのだ。

 アタシがその1年後に帝国を旅立ったのは、ランディを喪失した傷心が理由でもあった。


「アタシはまだ7年前に死んだ男の事を忘れられない馬鹿な女なんだ!だから……ハティ、アンタみたいに部族のみんなに慕われてる凄い人間が、アタシみたいな馬鹿を好きになっちゃ駄目だ」 


 アタシは告白しながら、涙を流していた。

 本当はハティに好きだ、と言われて嬉しかった。

 だけどハティは部族の長として責任のある立場の人間なのだ。だからいつまでも過去を引きずるアタシのような人間など早く忘れて欲しかった。

 だから、再び足を動かしてさっさとこの場を離れてしまうのが良いのだ、きっと。

 アタシにとっても。ハティにとっても。


「なら俺……アズがその男の事を吹っ切れるまで待つつもりだ。やっぱりアズを好きになった気持ちに嘘はつけない……それくらい好きなんだ、お前が……アズじゃなきゃ駄目なんだ」


 背後からギュッと力強く抱きしめられる。

 背中越しにハティの早くなった鼓動と温かさが伝わってくる。

 そのハティの声が、アタシとハティが同じ位の背丈なのでちょうどハティの頭が肩口にあって、位置的にちょうど耳元から直接聞こえてくるのだ。


「だから……旅が辛くなったら、俺のところに帰ってきてくれ。アズが帰る場所が故郷にはなくても、俺はいつまでもアズの帰ってくる場所にはなってやれるからな」


 ……アタシの過去を聞いてなお、そんなこと言われたらさ。

 こんなアタシでも、もう一度人を好きになってもランディは許してくれるんじゃないか、って本気で思ってしまうじゃないか。

 そう考えていたら、アタシの身体が勝手に動いていた。肩口にあったハティの頭に手を置くと、振り向きざまに今度はアタシから唇を重ねていった。




 ────ごめんなハティ、アタシも好きだよ。

 だからもう少しだけ、時間をおくれよ。

次回で第二章の最終話となります、多分。

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