51話 アズリアは知る、失ったものを
一通り涙を流し切り、心が落ち着いてから。
どうしても訪れなければいけない、と思った場所にアタシは足を運んでいた。
今回の魔族や魔物らとの戦いで生命を落とした兵士や騎士、部族の戦士たちなどの魂を弔うために、もう一度戦場となった城壁の外へと。
門番や央都の住民に顔を見られるとちょっとした騒ぎになるのは、先程宮殿での張り出した屋根からの歓声を受けて身に染みているので。
昼間を避けて、夜になってから動くことにした。
旅人用の外套を頭から深く被り、顔を隠して出来るだけ目立たないように城壁をくぐって戦場に向かうのだった。
すると、戦場には先客がいた。
「……どうしたんだい、こんな時間に」
こちらを振り向くこともなく、アタシの気配だけを感じ取って声を掛けてきたその先客とは、アタシと同じく大型武器の両刃斧を背中に背負ってはいたが、右腕を包帯で固めていたメノアだった。
「ははっ、元・冒険者だって肩書きなのに振り向きもせずに人の気配感じ取るなよな」
「なんだい、アズリアか……ようやく目を覚ましたんだね。この寝坊助が」
「まさかアンタが冒険者引き連れて援軍に来るなんて思ってもいなかったよ」
「はは、一応これでもこの国は私の生まれ故郷だからね。故郷の危機だと聞いたら駆けつけるさ」
その足元には多分メノアが先に備えていたのだろう、花束が置いてあった。
アタシはメノアの隣りに並ぶと、持っていた鉄筒の魔道具に入れておいたヤシ酒を地面に注いでいく。
傭兵時代によく行なっていた、戦死した連中の魂が迷わずに天に還れるように願う一種の儀式だ。
あの戦いで生命を落とした者の遺体は余程身分の高い者でない限りは遺品だけを返され、この戦場で燃やされていた、と王様に聞いた。
身分の高い者は、司祭に頼んで遺体保存の魔法が施され専用の墓地に遺体を葬られるからだ。
「……なあメノア、アタシがもっと上手く戦えていたら、なんて思うのは思い上がりなのかねぇ」
「ああ、思い上がりも甚だしいねえ。それを言ったら私だってもっと早く冒険者連中を引き連れてくるのが早かったら、ってなっちまうよ」
鉄筒の蓋の部分をメノアに手渡し、残したヤシ酒をその蓋を杯に見立てて酒を注ぎ入れ。
アタシは酒の入った筒を杯に見立て、メノアの蓋と打ち付けて黙ったまま乾杯をすると、筒から直接酒を喉に流し込んでいった。
「いや、まさかシルバニアから援軍が来るなんて思ってなかったから……誰もメノアに感謝こそすれ、早く来てくれたらなんて思わないだろ」
アタシは確かに王様の言う通り、大勢の人間の日常や未来を守れたのかもしれない。
でも、その陰にはこの戦いで少なからず日常を、未来を奪われた人間がいた筈なんだ、と思うとこの戦場に足を向けずにはいられなかったのだ。
「それと同じさね。アズリア、アンタは皆の想像を遥かに超えてよくやったんだ。アンタの活躍を称賛こそすれ、アンタがもっと頑張ったならなんて……誰も思わないさ」
大柄なアタシの頭をくしゃっと撫でながらメノアは去り際に、
「そういやアズリア、私の弟子と手合わせしたらしいけど……アイツの腕前、アンタから見てどうだったか聞いてもいいかい?」
「え?……メノアの弟子って誰の話だい?」
「ノルディアのことさね。アイツは昔から武器を握ると性格が変わる難儀な弟子だったからね、それが今じゃこの国の筆頭騎士だってんだから心配だったんだよ」
そうか、道理で鍛錬場でノルディアと模擬戦をした時の剣筋がどこかで見たことがある既視感があったんだけど。
それは王都シルファレリアの冒険者組合での認定試験の際に、メノアと木剣で手合わせした記憶だったんだねぇ。
「でも、あの不肖の弟子が魔族へ斬り掛かる時の、よもや熱くなったからだけでなく状況を良く見ての魔族への一撃を目の当たりにして、心配も吹き飛んだよ」
「ああ、ノルディアはいい剣の腕前だったよ。もっとも、剣を持ってない時の喋り方はちょっと変だけどね」
確かに、彼女は今回の魔族らとの戦いで「憤怒憑き」という短所を制御出来ることを学んでいた。だからといって、以後はあの厄介な感情の暴走を制御出来るかはアタシには分からないが。
「アンタにそう言わせるんなら不肖の弟子も一安心だね。それじゃ別れ際の約束も果たしたし……私はもう行くよ」
城門へと立ち去っていくメノアを振り向くことなく片手を上げて見送っていく。
アタシはもう少し、この戦場で想い及ばずに散っていった死者たちを慰めるためにここにいようと思った。




