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私だけが、魔王様

「調子はどうですか?」


 魔王城を囲む魔の森の中、鬱蒼と茂った木々で昼なお暗い一角に、その岩室はあった。

 森のいたるところに散見する風景の一つだ。

 だがその実、そこは存在を隠され、気配すら遮断、無意識に誰も何もが近づかず、例えたどり着いたとしてもその入り口を潜ることは敵わない。隠蔽に遮蔽、さらには忌避等の多重魔法がかけられた厳重な結界に守られ、入り口には最上級の封印まで施された鉄壁の牢獄と化していた。


「どうもこうもないよね、こんな場所に閉じ込められて!なに?儂はそんなにお主に嫌われとったんかなぁ?!」

「確かにこの中は暗いでしょうが、その他は快適に過ごせるよう整えさせていただいたはずです。貴方でしたら夜目も利くので、多少は見えてますよね?」

「そりゃあね、これでも儂、前任の詠唱者ですからね?お主ほどではないにしても、魔力もそこそこあるし?悔しいことに三度三度の飯は旨いし、寝台もふっかふか!でも!暗いの!!何もすることなく、たった一人きり!精神的にもう限界いいぃぃ!!」

「淫魔でも連れてきましょうか?」

「え、ほんと?!」

「まだ元気ですね。もうしばらく大丈夫そうです」

「きっ、汚い!謀ったな?!」

「精神的に強靭な自分を恨んでください」


 ここを作った張本人である私は、ぎゃあぎゃあ喚く前の詠唱者―――ラーチェを前に、ため息を一つこぼした。そして徐に手を伸ばし、ラーチェの頤に指をかけた。


「―――だいぶ戻って(・・・)きましたね。このままだと、あと数日……」

「ゆゆゆユーノ?!」


 ジッとその顔を見つめていたら、ラーチェが視線を落ち着きなく動かし、果てはカタカタと震え出した。


「わ、儂、孫ほど年の離れたお主とはさすがにどうこう……」

「ご冗談を」

「ぃったぁ!ほんと、年上を敬う気がさらさらないな、お主!!」


 ちょっと気持ち悪かったので、思い切り振り払った。ラーチェは潰れたカエルのように地面に突っ込んでいったが、思いのほか元気に起き上がって文句を垂れる。この分では問題ない。しばらく放置してても平気だろう。


「また数日後に来ます。なにかご希望は?」

「酒でもないと、やってられるかぁ!しこたま寄越せ!!」

「考えときましょう」

「お主がそういう時は考えるだけで実行しないつもりじゃろう?!」

「……考えておきます」


 暗闇の中にラーチェを残し、私は目に見えないが封印を施した入り口を潜って外へと出た。封印された入り口は、術をかけた私自身は通すが、それ以外は通ることも出ることもできないくらい強力だ。普通の魔族などには、まず結界をすり抜けることすら困難である。見つかる心配はほぼない。


 しかし、それもあと数日で蹴りが就く。

 この試みが成功すれば……


 私は微かな可能性にすら、すがりたい気持ちだった。結界内からの転移はできないので、私は結界外まで来た時同様歩いて移動し、結界外から速やかに魔王城の魔王様の元へと転移した。




「魔王様…?」


 私は二人で過ごした寝台を前に、呆然と立ち尽くしていた。

 昨夜、魔王様の魔力が尽きるギリギリまでごっそり奪っておいた。しばらく抜け出したかったので、勝手に動けなくなる程に。戻ってからまた、愛を囁いて、どろどろに溶かそうと思っていた、その愛しい人がいるべき場所にいない。

 しばし呆けていたが、気を取り直した私は、魔王様の魔力を探した。魔力を使っての移動なら、簡単に見つけられる。転移などの魔術を使った後に必ず残る、魔力痕。その残滓を辿ればいい。そもそも魔王様の魔力なら、私に検知できないわけがない。

 そう思って探索の魔術を繰り広げるも、近くに反応はない。探索範囲を徐々に広げる。魔の森一帯に、国に、大陸に、海に、世界に。

 その、どこにも魔王様の気配は満ち満ちていた。

 そうだろう、この世界は魔王様の魔力に支えられている。

 だがしかし、慣れ親しんだ魔王様本体の魔力の在りかがどこにもない。


「魔王…さ、ま……」


 消えた?

 どこに?!


 この世界のどこにも魔王様がいない。


 私はどこで間違えた?

 魔王様は消えたいと思う程、私のことを厭わしいと思われたのか?!


 ダメだ。

 やっと手に入れた、私だけの魔王様。

 今更その手を離すことなど、諦めることなどできない。




 探索の魔法では飽き足らず、遠見まで駆使して魔王様の所在を探しまくっていた。探索は手探りで目的の物を探すような魔法で広範囲を探るには便利だ。だが、感覚でしかものを見れない。遠見、とは己の視覚を飛ばすようなものなので、より詳しく状況を見渡せる。だが、魔力量は探索よりも多く、意識をそちらに持ってかれるので、本体の防御などに隙ができる。


 突然、異物、が出現した気配がした。


 岩室周辺の結界内に何かが侵入した気配はなかった。施した封印が破られた感覚もない。しかしなぜか、その岩室内に間違いなく何か、がいきなり表れたのだ。


「どういうことだ……?」


 魔力の使い過ぎでふらつく体を叱咤して、立ち上がる。頭に手を置き、左右に振って気を取り直す。


「ラーチェに、何か、が接触した。行かねば」




 結界そばまで転移してみたが、結界そのものに攻撃や破壊された痕はない。嫌な予感に背を押され、急いで岩室へと向かう。


「おや、ずいぶんお早いお越しで」


 岩室にたどり着くと、相も変わらずのんきな先代詠唱者が、なぜか部屋の中央で両手を広げて出迎えてくれた。今までは暗闇の中で顔を合わせていたが、今回はすぐさま灯火の魔法を行使した。狭くはないが広くもない部屋が仄かな明かりの中、浮かび上がる。正面の壁に沿った寝台に、その傍には食事を置くテーブル、向かって左の壁には座り心地のいいソファだけが置かれた、簡素な室内。部屋の中央は、ぽっかりと空間が開いている。


「まぁ、何もないとこだが、歓迎しよう。酒は持って来たか?なんじゃ、どうやら手ぶらのようじゃな。急ぎすぎて手土産を忘れるとは、儂の教育は間違っておったか……」

「何、がここに侵入した?」


 枝葉末節を取り払い、知りたいことだけを訪ねた。


「なんじゃ、藪から棒に。儂はここに閉じ込められて大分たつ。会話に飢えていると思わんか?少しは儂の身になって」

「御託はいいから、答えろ、ラーチェ」


 言いようのない焦りに口調も乱れる。常にない私のいら立ちを感じ取ったのか、ラーチェは肩をすくめた。


「主の目に映ったそのままよ。ここには、儂とユーノ、お主しかおらぬではないか」

「だが、私の結界のみならず、この封印の扉を潜ったものがいるはずだ!」

「ユーノ、主は魔王()にでもなったつもりか?」


 首筋に鋭利な刃物を突き付けられたような感覚。いつもふざけたような笑みを浮かべ、何事にもとらわれず、飄々としていた目の前の人物が、まるで見知らぬ他人のように思えた。

 しかし、それも一瞬。

 氷が蒸発するように、その冷ややかさは次の瞬間には溶け去っていた。


「魔力量も、魔術の腕も全人類より抜きんでて優れているお主を出し抜けるものなど、果たしておるか?少なくとも、儂はお主に勝てん」


 そう言われれば、口をつぐむしかない。私がむっつり黙り込むと、シン、と沈黙が辺りを包んだ。


「ところで」


 再び気安い口調で口を開いたのは、ラーチェの方だった。


「儂は今代の魔王様にお目見えせずに城を出たが、主は魔王様とはうまく行っておるか?お主は幼い頃より気難しいわ、言葉は少なすぎるわ、賢し過ぎるわ、かわいくないガキじゃったなぁ。なのでつい、大人のように扱ってしもうた。子供時代は短い。もうちょっと、主の情緒をきちんと育てるべきじゃったと反省しておる」

「―――何ですか、急に」

「それ、その無表情(かお)じゃ。嬉しいならもっと嬉しそうに、悲しいならもっと悲しそうな顔をしたらどうじゃ?魔王様のそばにいるときは、もうちょっとわかりやすかったがの……知っておったか?お主、魔王様のお側にいるときは、その表情が和らいでおったぞ。特に髪を梳っている時など、ずっとほおが緩んでおって、見慣れぬ顔でちょっと気持ち悪―――ゲフンゴフン。で、お役目はちゃんと果たせたか?」

「お役目?」

「そう、詠唱者としての義務、魔王様との子を成すことじゃ」

「そんなこと…っ」


 一瞬激高しそうになり、愉快そうな色を浮かべたラーチェの瞳に、あやうく自制を取り戻す。


「お役目とか義務とか、そんなものは必要ない」

「では、何が必要じゃと?」

「私は…私は、魔王様を何よりも誰よりもお慕いしている。大事に、大切にしたいと思っていた。なのに、なぜ―――」

「して、魔王様に逃げられた、今の気持ちはどうじゃ?」

「何で知って…っ」


 急に放り込まれた核心に、さすがに狼狽が表に出た。


「ほぉ、やはりそうか。さすがにお主との付き合いも長い。普段から何事にも動じないお主に見える、焦りや疲れの原因、儂が気づかぬと思うたか。ここにも藁にも縋る想いで来たのじゃろう?あいにくと、成果は何もなかったが」


 確かに、もしかしたらここに出現した「何か」が私の探し求めている魔王様ではないか、との希望に縋りここまで足を運んだのは事実。そして、ラーチェの指摘通り、ここには何も、誰もいない。

 その事実に暗澹たる思いで、私は踵を返しかけた。


「まてまてまて!もうちょっとこの儂と話をする時間くらいはあろう?」

「そんな無駄な時間などない」

「ユーノ、なんで魔王様が逃げたのか、その原因がわからないようでは、また同じことの繰り返しじゃぞ?」


 私の足がピタリと止まった。

 その言い方は、まるで―――


「その理由に心当たりがあるとでも?」

「儂には思い当たらないお主の方が、不思議じゃわい」

「言え!魔王様はどこだ?!」

「お主がそんな感情的になるのを見るのは、もしや初めてかもしれぬな」


 首元を締め上げられてもなお、その余裕を崩さぬラーチェに、よりいら立ちが募る。


「口数が少ない、でなく、お主は言葉が少ない、と言うたろう。魔王様に、態度や行動だけでなく、己の気持ちはちゃんと伝えたのか?」

「私の、気持ち…?」

「そうじゃ、答えはすごく簡単じゃ。どんな魔法の呪文よりも難しく、されど単純」


 ラーチェにつかみかかっていた手の力は、抜けていた。

 そっとその手を外される。


「『愛してる』。たったそれだけじゃ」

「そんなわかり切ったこと」

「もっとも、言い方も大事じゃぞ?恥ずかしがって目を逸らしたり、ぶっきらぼうに言うなどもってのほかじゃ。まぁ、それがよいという者もおるが、基本はまっすぐ目を見て、心を込める。それが大事じゃ。果たして、お主にそれができておったか?」


 言われなくてもわかっている。

 できてなかったから、こんなとこで諭されているのだ。

 いや、そもそもできてたとして、魔王様が受け入れてくれたのか?

 それはまた別の問題だ。

 どうしても魔王様が欲しかった。

 逃げられないよう、優しく甘い檻に閉じ込めて、囲い込んで、自分のものだと証をつける。

 そして初めて、私は安心する。


「そんな……ことで」

「そんなこと、と言えるのは、ちゃんとできてからじゃ。賢しいお主はどうせ、逃げ道をふさぐことしか考えておらんかったろ?だが、魔王様の心は自由じゃ。愛の言葉一つもらえぬ心は、いつしか枯れるぞ?」

「魔王様……私は、いつから間違っていたのか?初めてそのお姿を見たときからずっと、お慕いしていた。目覚めの時に立ち会えて、その瞳と視線を交わした時、心が震える程うれしかった。その唇から、名を呼ばれるのを心待ちにし、微笑みを返してくれるだけで、よかった……」


 魔王様が手の届くところにいないという事実が重くのしかかり、私のひざはもろくも崩れた。

 地に着いた握りこぶしが震えている。

 私はいつからこんなに弱くなった?


「愛してる……こんなに、愛してるのに、それを伝えたい魔王様はいなくなってしまった……」

「と、いうことじゃ。重すぎる愛だとは思うが、これで少しはお心のもやもやも晴れたんじゃないかの?」


 私に対して、というよりも別の誰かに語り掛けるようなラーチェの口調に、うつ向いていた顔をゆっくりと上げた。期待していたわけではない。でも、もしかして、という希望がなかったわけではない。

 私の視線の先には、ほおを染めた魔王様が、ラーチェの寝台に腰かけていた。


「えーと、ずいぶん心配かけたようでごめんね?ユーノの気持ちがわからなくて、つい……」


 それ以上何もいらない。

 私は乱れる感情に震える腕を伸ばして、魔王様を抱きしめた。

 幻ではない。ちゃんと温もりを感じる。

 魔王様は、私の腕の中(ここ)にいる。


「愛してる……愛してます、魔王様」

「ええっと、はい。どうもありがとう?」

「ぶはっ!それってどうなの、マオーしゃま?」


 魔王様と私の間に、にゅっと小さな黒い頭が割り込んできた。どうやら魔王様の懐に入り込んでいた子猫、こと、淫魔のようだった。


「え、とりあえず、お礼は言っておかないと、と思って」

「いやいやいや、その前にお返事でしょ?魔王様はユーノのこと、どう思ってるの?」

「どう、って…」

「やることやるくらいには好きなの?それとも嫌だった?」

「やるっ……って!」


 魔王様が耳まで真っ赤になった。

 邪魔者がいなかったら、ここでこのまま押し倒したい。


「……嫌じゃ、なかった」


 しばしの沈黙後、ぽつりと魔王様の唇から、言葉が零れた。


「ユーノとのこと、いきなりでビックリ、はしたけど……嫌じゃ、なかったよ」

「魔王様」

「あっ、ちょっと待って!それ以上近づくつもりなら、レニをここから出し……あ~~っっ!!」


 胸元でなにやら喚かれたが、顔を真っ赤にして、こちらを潤んだ瞳で見つめる魔王様を目の前にして、我慢などできるはずがない。

 どちらともなく、互いの唇を合わせた。


 やっと、手に入れた。

 私の、私だけの、魔王様。




「ほんっと、ひどいよね!レニ、死ぬかと思った!!」

「まぁまぁ、不器用な若造のしでかしたこと、許してやれ」

「むぅ…ラーチェがそういうなら」


 まずい。

 よく考えたら、ここには私たち以外にも人がいた。

 魔王様は口づけの後遺症でくたりと脱力している。たかがあれだけのことで、本当にかわいい人だ。

 私はそっと寝台の上に横たえた。


「ラーチェ」

「おや、やっとこちらの存在に気づいたか。まさかここで始まってしまうかと、逃げ場のない儂らはどうしようかと相談しておったところよ」


 相変わらずの軽口を無視し、その頬に手をかけた。


「魔王様がここに来られた影響か。あと数日は、と思っていいたが……淫魔、どうだ?」

「なにが?」

「ラーチェを見て、変わった、いや、若返った(・・・・・)、と思わないか?」


 私の言葉に淫魔が銅色の目を見開き、ひざの上からラーチェの顔を振り仰ぐ。


「ううーん、こんなものじゃなかった?」

「貴様に聞いた私が馬鹿だったか……ラーチェ、自分で確認してみろ」

「おや、暗闇の中では気付かんかったが、これは」


 ラーチェの目の前に水鏡を出現させると、さすがに本人は驚きの声を上げた。


「肌の張りが違う、シワの一つもない!よく考えたら、体も軽いではないか!持病だと思っておった腰の痛みもいつの間にか感じなくなっておったわ。この見た目だと、二十代、くらいか?」

「おそらく、その見た目で淫魔と数百年は生きていけるはずだ。淫魔には悪いが、勝手に貴様の命を使わせてもらった」

「えっ?えっ?!どういうこと???」

「魔術式は複雑だが、結果は単純だ。貴様の魂をラーチェの魂に紐づけた。不老はそのままだが、不死ではなくなった。だが、どちらかが死ぬとき、残された方も一緒に死ぬ。その後にまた転生できるかは知らん」

「さすが、前代未聞の詠唱者様、じゃな。レニ、せいぜい互いに死なぬよう、気をつけねばな。じゃが、今度は死ぬときは一緒じゃ。それは、儂のただ一つの望みよ」

「レニ、もう、ラーチェに置いて行かれない?」

「そうじゃ。永遠ではないが、これからもずっと一緒にいられるように、ユーノが便宜を図ってくれたらしいぞ?」

「貴様たちに感謝されるためにやったことではない。あくまでもこれは私が、私と魔王様の結末(わかれ)を防げないか、と貴様たちで試した結果だ」

「それでも、こうしてまたレニと一緒に生きられる。儂にはなによりの贈り物じゃ。礼を言わせてもらおう、ありがとう、ユーノ」


 意外にお主、儂のこと好きじゃったのか?とかふざけたことを言うラーチェの顔面を醒めた目で見返した。淫魔まで、ユーノ、ありがとう、とか言って抱き着いて来ようとしたので、叩き落とした。

 私が感謝してほしいのは、魔王様だけ。

 他はどうでもいい。

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