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淫魔は微笑う

「ゆうべはおたのしみでしたね」


 妙にスッキリとした表情をしたユーノを、レニは呼び止めた。

 といっても、その表情の変化はレニくらいにしかわからないだろう。


「この私の前におめおめと表れるとは、いい度胸だ。死に方は決めて来たか?」

「あれ?ここはレニに感謝する場面じゃない?!」

「あわよくばのぞき見しようとでもしてただろ。下衆が」

「淫魔にそれ言う?言っちゃう?!でも、部屋を完全な防音、存在感の遮蔽してたよね?低位魔族(レニ)程度じゃ、昨夜のこの部屋に近づくことすらできなかったんだけど?」

「当たり前だ。余計な邪魔をされたくなかったからな」


 魔王城の長い廊下を歩きながら、変わりない掛け合い。

 ユーノの後ろをフラフラ着いていくレニ。そんなレニをユーノは決して振り返らない。

 いつもと変わらぬ距離、変わらぬ心地いい間柄。

 昨日、ちょっとやらかしてしまったが、ユーノのレニへの呼称が元に戻ったから、もう怒ってないんだろう。ユーノというお気に入りのおもちゃに嫌われるのはなんかヤだ。


「で、どっちが上?」


 レニの興味はその点だった。


「何で教えてもらえると思った?」

「陰の功労者として気になるじゃん?」


 どんな顔をしているの気になって、ユーノの前に回り込んだ。

 ありゃ残念。

 もう戻っちゃったよ、普段と変わらぬ無表情。

 もうちょっとこう、喜びとかなんか顔に出ないもんかね。


「ねぇねぇ、どんな感じ?教えてよ~」


 無言を貫くユーノ。

 仕方ない、これは教えてくれないユーノが悪い。


「魔王様に昨日のこと言っちゃおっかな~」


 効果てきめん。

 ユーノの歩みがピタリと止まった。


「……何のことだ」

「何のことだと思う?」


 おそろしくゆっくりとした動きでユーノがこちらを仰ぎ見る。珍しく動揺を隠しきれてない。ニコニコと邪気のない笑顔を向ければ、観念したようにユーノがため息をついた。


「特別に発言を許す。今代の魔王様、淫魔(おまえ)から見てどう思う?」

「んん~……どろどろに甘やかして溶かして、レニなしにはいられない体にしたいな~……って、発言を許すっていうから素直に言ったんじゃん!その殺気引っ込めてよ!!」

「まぁ、いい。それは、どちらの性で?」

「断然入れる方。だからっ、自分で許可しといて、射殺しそうな目で見んな!!そういうユーノは?」

「私?私は―――」


 ユーノの口元がほんの微かに上に向かって弧を描いた。


「……マオーしゃま、かわいそー」

「下衆なお前に言われたくない」


 ちゃんとした答えはもらえなかったけど、レニは口は閉じた。

 レニだって、命が惜しい。

 ここら辺が限界だ。


 しっかし人とは変わるもんだ。

 あのユーノが、誰かのために笑うなんて。






「ユーノ、レニの助けいる?」

「気安く我が名を呼ぶな、淫魔如きが」


 次代の詠唱者様はご機嫌斜めらしい。

 基本無表情なので表情から察することは難しいが、漏れ出るオーラの色は意外とわかりやすい。

 今現在、すっごい禍々しい色のオーラが見える。


「んん~、でも、淫魔(レニ)の一族がまたユーノにやらかしたんでしょ?意に染まない行為を幼子に迫るのは、レニとしてはちょっとねぇ」


 レニの一族は淫魔。

 人や魔族の体液に含まれる魔力(おこぼれ)をもらうことで生きているレニの種族。授受方法は性交によるものが多い。まぁ、どんな体液にも微量の魔力は含まれているが、その方法が一番効率がいい。そして、魔力にも質の高さや味がある。一番美味しいと感じる魔力はもちろん魔王様。そして、魔王様の血を受け継ぐ詠唱者の一族の魔力も、これまた淫魔好みだ。

 なので、詠唱者の一族は淫魔に狙われやすい。

 次代の詠唱者候補のユーノは類稀れな魔力量を持って生まれた。淫魔たちが放っておくはずがない。それ故に、この魔王城に引き取られたころからその魔力を―――貞操を淫魔に狙われ続けてきた。幸いにもユーノはその魔力の使い方を心得ていた。レニの知る限り、一度も淫魔に後れを取ったことなどない。つまり、ユーノはピカピカでまっさらなまま、のはず。


 床に転がる、ユーノにお仕置きされ(・・・・・・)て倒れているお仲間たちを、かかとで踏みつけて進むユーノの後をついて歩いた。あ、消し炭。踏んじゃった。

 やばい、これ、完全に誰か消滅させちゃったかもしれない。

 でも恨むなら、レニでなくユーノを恨んでね。


「相変わらずえげつない攻撃……あ、今回の攻撃痕見る限り、雷撃系?ある意味、レニの一族で全属性攻撃魔法の練習してるよねぇ?」

「自衛してるだけだ」

「自衛と過剰防衛の線引き、とは……」


 思わず遠くを見つめてしまった。

 確かにユーノからは美味しそうな魔力の匂いを感じるが、それ以上に危険な、死の臭いに気づかない奴らの方が馬鹿だ。


「そうだ。魔力使ってお疲れだろ?レニが疲れも吹っ飛ぶマッサージでもしてやろうかぁ?まぁ、別の意味で疲れさせちゃうかもだけど?!」

「もぎるぞ」


 目がマジだ。

 何を、と問うてはいけない。

 まぁ、正直、レニは淫魔なのでもぎられても生えて来るし、女として今後過ごすのも悪くない。

 軽い冗談すら浮け流せないくらい、次代の詠唱者様の心は狭い。


「レェニィィィ!!」

「うぼあっ!」


 背後からの強烈なハグに、背骨が逆くの字に軋みを上げた。


「放してやれ、老害」

「あいったぁ!ちょっ、年上には敬いを持って接しろと、あれほど教育したというに!」


 ユーノの手刀が、今代の詠唱者であるラーチェの脳天にキレイに決まった。

 しかし、ラーチェが背後からレニの腹に回した腕は、いまだに食い込んだままだ。

 苦しいって!

 このままじゃ死んじゃうぅぅ。

 寝台上での死んじゃうはいいけど、こういうのなしだなし!


「はなっ…ラーチェ……うぐぅ、死んじゃうぅ~」

「よしよし、希望通り楽園を見せてやろう。さ、一緒に寝所に行こうな!」

「違う、違う、そうじゃ、そうじゃない!目の前には年端も行かない後継者がいるのっ、気づけええぇ!!」


 確かにレニもユーノのことは性的に揶揄うことはあるが、レニは淫魔だから許されると思ってる。でもラーチェはダメ。ユーノの見本にならなくてはいけない。子供の前で、爛れた大人の姿を見せるのダメ、絶対。


「あ、こちらのことは気にせず」

「ふぁっ?!」

「だって、そっちに淫魔集めてくれるんだろ。正直、排除すべき母体数が減るから助かる」


 ラーチェが微妙な顔をした。

 もしや、ユーノの言ってることは正解?

 確かにラーチェも今代の詠唱者として、かなりの魔力も持っている。だが、ユーノが桁外れなのだ。そのユーノの魔力の質と味に比べれば、言っちゃ悪いが数段落ちる。

 しかし、その魔力の質や味が飛躍的に上がる瞬間がある。まぁ、あれだ。ヤってる前後の時間、数倍濃厚な魔力になるのである。だから淫魔は性交時に魔力を頂戴する方法を好む。


「すまんな、ユーノ。こんな形でしか、お主を守ることもできない不甲斐ない儂を許してくれ」

「別に何とも思ってませんので。では」


 愛想も何もない顔でユーノはそう言うと、クルリと踵を返した。


「まぁ、次また私の方へ来たら、あいつら多少間引きしても問題ない……」


 なんかおっそろしいこと呟いていたような気がするが、レニは聞かなかったことにする。

 自己防衛って、大切だよね!




 魔王城の一角、眠る魔王様の居室に近づけるのは、詠唱者の一族の者のみ。

 上位魔族ですら近づこうとすれば、封印の結界に阻まれる。阻まれるくらいならまだまし。魔力の少ない低位魔族などは消し飛ぶ。一瞬で存在が消滅させられるのだ。冗談じゃない。

 だが魔族はみな、魔王様のお目覚めの気配は本能でわかる。


「そろそろ魔王様のお目覚めが近くない?」

「……この前、少し動いたのを確認した」

「マジで?やったぁ~!!」

「うれしいのか?」


 いつもよりちょっぴり目を見張ったユーノの顔は激レアだ。

 レニは一も二もなく、素直に喜びを告げる。


「魔王様がお目覚めになれば、それだけでも魔王城内に魔力が溢れるじゃない?魔王様の魔力は美味しいし、せっせと魔力集めに行かなくて楽できるし、レニとしては大歓迎だよぉ」


 だから、視線を逸らして何やらふさぎ込んだようなユーノの表情に気づくのに遅れた。


「そう…か。そうだ、な。お前はそういう一族―――淫魔だったな」

「うん?生まれたときから、レニは淫魔だよ?」

「淫魔、お前は前の魔王様の時代にもいたな」

「あー、うん……」


 前の魔王様は、性欲を持ってお目覚めになられた。そのおかげでレニたちの一族はそりゃー繁栄した。滅茶苦茶魔力を大放出してくれて、今回のお目覚めまでおよそ七百年近くも魔力枯渇を遅らせたんだから。


「なら、知っているだろう?その時の詠唱者が……」


 ちゃんとレニは覚えている。

 先の魔王様時代の詠唱者のこと。

 魔王様のそばに侍っていたのは―――


 その血筋を、能力を受け継ぐべく二人の詠唱者が存在する期間がある。あくまでもそれは前任者から後任者への移行の時間。後継者が詠唱者として相応しくなった頃には、前任者は魔王城(ここ)から姿を消す。そして、魔王様の目覚めの前に、この城にいる詠唱者は一人のみになる。

 それは連綿と続く掟。

 いつ、誰が決めたのかわからない、そういう理だ。


「―――え、ラーチェ、は?」


 そのあとの言葉は続かない。

 忘れかけていた。

 ラーチェがこの城にいた時間は今までの詠唱者の中でも最長だ。ユーノが生まれるまで魔力が高い子供がなかなか生まれず、二代くらいの後継をすっ飛ばすくらいの年月、ずっとここにいた。


「明日にはここを出るそうだ」

「そう……」


 何を言っていいか、何を言うべきかわからず、言葉を切って下を向いた。


「着いていくか?」

「え?」


 顔を上げると、ユーノが珍しく真正面からこちらを見ていた。

 滅多にレニと視線を合わせることなどないその美麗な容貌、今はほんのちょっぴりだけ心配そうな色がその顔にある。


「何言ってるの、レニは魔王様のものだよ。魔王城(ここ)にいないで、どこへ行くっていうのさ?」


 レニ、人に心を預けてはいけないよ。


 それを教えてくれたのは、先代の魔王様。


 なぜって、人はすぐに死んでしまうからのぅ。

 長い時間を生きる魔族()たちとは一緒に生きられないのじゃ。

 だからじゃよ、魔王()が目覚めると別の人格になっているのは。

 次の目覚めの時には愛したあの者がいないなんて、とてもじゃないが耐えられない。

 だから、あの者が愛したこの世界を守るため、我は己をまっさらな一から始める。

 悲しみのあまり、魔王()の力でこの世界を壊してしまう前に。

 我の最後の我儘じゃ。

 我と我が背のために、其方はずっとここにいておくれ。

 また其方に会えると思えばこそ、我も安心して封印さ()れるというものじゃ。


「心配してくれてありがとう。レニはへーき」


 ねぇ、ははうえ(・・・・)

 レニは忘れてないよ、魔王様との約束。

 ほんとは優しいユーノに心配させないよう、レニはちゃんと笑えてる?




 ラーチェとの別れは、いつの間にか終わっていた。

 レニにさよならの言葉一つ告げず、ラーチェは消えた。

 なんて言って別れようかと思ってたけど、案外これでよかったのかもしれない。


 ぼーっと毎日をなんとなく過ごしていたら、ユーノから呼び出しがあった。今代の魔王様からの命令らしい。なかなかの無茶ぶり、ユーノの容赦のなさに、レニもいつも通りの調子が出てきた。

 レニは魔王様のもの。

 今代の魔王様にも誠心誠意お仕えすればいい!

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