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魔王様は癒されたい

 寝たいのに眠れない。

 時間はある。

 環境も整っている。

 洗いたてのシーツ、フカフカの寝台、手触りのいい枕やクッションも配置済みだ。いい香りすら漂っている。

 それなのに。

 なぜ、私に安らかな眠りは訪れない。この、寝たいのに、眠いのに、寝れないという負の連鎖。

 今なら新生児の寝ぐずりに、間違いなく共感できる。

 できれば一緒に泣きたい。


 そんな思いを抱えて寝台の上でまんじりともせずにいる私の横で、穏やかな寝息を立てているものがいる。

 イラっとして蹴り飛ばしたとしても、私に非はないと思う。たぶん。


「いったぁぁぁい!!」

「囀るな」


 見事に私の寝台から落ちたそれ(・・)は、文句を言いながらも懲りずに私の寝台によじ登って来た。


 ―――くっ、か、かわいいなどと思ったら負けだ!!


「マオーしゃま、ひどいでち。レニ、なにった、ゆーですか」


 ダメだ、目を逸らせ!

 見たら負けだ。目線を合わせたが最後、負ける予感しかしない。


「マオーしゃま、ごめ、は?」


 ちょっ、き、汚いぞ!

 正面に回り込んでからの、小首傾げて上目遣いでこっちを見上げるとは!!


「正直、すまんかった」


 私は目の前にちょこんと座る、猫に蝙蝠の羽を生やしたような、小さくて愛らしい生物にきちんと正座したうえ、土下座した。寝台の上だけど。


 はいはいはい、私の負けですよ。

 お前の勝ちだよ、かわいいは正義!!!


「ごめ、できるいい子。レニはゆるしゅのでち」

「ちくしょぉぉぉぉ!レニ、その毛皮吸わせろおぉぉぉ!!」


 レニ、と名乗るのはいわゆる私の眷属、魔族の一人だ。

 が、その見た目は愛玩動物にしか見えない。しかもその黒い毛並みは上質な天鵞絨のような光沢を放っている。実際触ってみると思った以上に滑らかで、撫でる手が止まらない。


「ふっ、ふふっ、マオーしゃま、くすっ、くすったいでち!」

「あああ、これ、ずっと触ってたい!これで快眠できるかも?!」


 私はレニのお腹に額をグリグリ擦り付け、恍惚の域に達していた。


「そこまでです、魔王様」


 レニと私の間に、スッと腕が差し挟まれた。癒しから引きはがされ、私はその腕の主を振り仰いだ。


「なんでここに?邪魔すんな!!」

「本当に、お邪魔でしたか?」


 いつもはその美麗な顔の表情はめったなことでは動かない。しかし今、理由はわからないが、私の右腕はその口もとを歪め、レニをあごで指し示した。


「当たり前……え?」


 指し示された方を見やると、そこにいるはずのレニの姿がない。

 レニこそいないが、別の何か、いや、何者か、がいた。浅黒い肌に銅色の髪と瞳を持ち、上半身半裸の上、とある一部がものすごく臨戦態勢のイケメン。

 あ、下半身には敷布がかかってるので見えてない。

 え、まさか全……


「だだ誰っ?」

「マオーしゃま?」


 半裸のイケメンがとろけるような笑顔と共に、舌ったらずな声でこちらに手を伸ばしてきた。


「ひっいぃい?寄るな、触るな、近づくな!!!」

「マオーしゃま、ひどっ!さっき、あんなにレニのこと、もてあしょんだのに」

「レニ!あの可愛いレニはどこ?!」

「ですから、その目の前にいるのが、レニです」


 右腕の冷静な声での指摘に、半裸の男と右腕をじゅんぐりに見比べた。


「……え?」

「レニ!」


 半裸の男が笑顔で己を指さした。


「ええ?」

「レニでち!」

「えええっ?!」

「マオーしゃま、さっきのつづき、やろ?」

「するかああぁぁぁ!!!」


 寝台の端まで一気に後ずさった。


「マオーしゃま、さっき、レニのここ、あんなにきもちいくしてくれたのに」

「しないしてないするはずない!」


 あれは猫だから!例え被膜の羽を持とうとも、見た目が猫に近かったからだ!

 中身が筋肉質なイケメンだと知ってたら、誰がするか、あんなこと!!


「じゃあ、マオーしゃま、すきなの、こっち?」


 鼻先に妙に甘ったるい香りが届いた。

 レニだったものがいた場所に、今度は豊満ボディーの迫力美女がいた。


「ふぁっ?!」


 何がどうしてそうなった?!


「こっち、すき?」


 寄せた胸を強調しながらにじり寄る、おそらくレニであろう、美女。

 甘い香りに思考がぼんやりしそうになり―――ふと、一度だけ強制参加させられ、逃げ出した宴席で見たえぐい光景がフラッシュバックした。

 あの中で喉を逸らし、高笑いしながら一番はっちゃけてたの、この顔じゃなかった?!


「ぎぃにゃあああぁぁぁぁ!!!」


 私の悲鳴と共に、自室近辺が爆散した。




 幸い、死傷者は出なかった。右腕がうまいことやったらしい。

 疑っててごめん。

 もしかして右腕、かなり有能だった?

 後始末というか、再建は私の魔力でさせていただいた。無事、自室周りも元通り、きれいに直した。


 そして現在、私は修復した寝台に転がっていた。

 今日も今日とて、眠りたいけど眠れない。

 あ、でも今日はかなり魔力使ったから、うたた寝くらいならできる、かな?


 取り留めのないことを考えているうちに、ふと、先ほどのことが気になった。

 レニは淫魔、と呼ばれる種族だった。インキュバス、サキュバス、男女どちらにでもなれるという種であるらしい。基本的に、魔族にも性があるようだ。

 では、私は?

 目覚めてからずっと、睡眠欲にかまけて、それ以外の欲など大してなかった。魔王には睡眠だけでなく、基本的に食事や排泄すら必要ない。なぜか十八禁のあはんうふんに関してはできるらしい。

 そして遅ればせながら、自分の性が何なのか、気になってしまった。

 前世はどうだったか、と記憶を探ったが、手ががりすらない。今の容姿を水鏡で確認してみたら、えらい整ったイケメン?べっぴんさん?、どちらとも取れる中性的な麗しい容姿持ちで、腰抜かしそうになった。

 見た目だけではわからない。

 ならば取るべき手段は一つ。

 私はどちらだったとしても受け入れると心に誓い、胸に手を押し当てた。


「………意外と着込んでるな、魔王()


 手のひらに感じた感触は、まずはアウターのフワフワした何やらわからない羽?毛?のようなもの。すごく手触りはいい。その下に感じたのは硬さ。肉感を感じられないので、ちょっとした鎧のようなものをつけているようだ。冷たさを感じたり、動きを阻害されたことはないので、鉱物で作ったものでなく、硬めの皮などで作られたのだと思われる。

 結論、服の上から触っただけではわからない。

 ちなみに鎧のようなものは下半身まで覆っていたので、どちらにしろ上から順に脱いでいかないといけないようだ。面倒だが一度抱いてしまった疑問の答えがここにあるのなら、つい確かめたくなるのが人情というもの。私は上から順番に、かさばる服を脱いでいった。そして、ほぼ最後の砦と言えるシャツのボタンに指をかけた。


「もしや、私は誘惑されているのでしょうか?」


 飛び上がった。

 正座したままの形で、垂直に一メートルほど。


 慌ててシャツの胸元をかき合わせ、恐る恐る後ろを振り返ると、私の右腕がそこにいた。いやでも、ここ私の部屋だし。私が私の部屋で何してようとよくない?



 とは思うものの、ほんの好奇心からの失態、見つかってしまった羞恥心、この諸々をどこにぶつけたらいい?!

 恥ずかしさに真っ赤になった顔を隠すように、私はうつむいているしかなかった。


「魔王様」


 予想よりも近い呼びかけの声に、反射的に顔を上げてしまった。

 目と鼻の先に、作り物めいた美しい顔があった。私の真っ黒な髪とは対照的な、内からほのかに輝いているような白銀の髪に陶器のような肌、瞳は金色だ。奇跡のような色合いが、まるでひとつの芸術作品のようだ。


 そういえば、この右腕こそ、どっちなんだろう?


「あの、さ……」


 呼びかけようとして、はた、と気づいた。

 今の今まで気にしていなかったし、特に不都合もなかった。

 そこで初めて、私は自分の間抜けさ具合に唖然とした。

 目の前にいる我が『右腕』を、私はなんて呼べばいいのかわからない。


 一番近しいその人の名を、私は知らなかったのだ。


 答えがそこにあるわけではなかったが、それを求めて、私は再び右腕の顔を見つめた。


「あ……な、まえ……」

「はい」

「ごめ……貴方の、名前……」


 金色を縁取る、同じ色の長いまつ毛が数度瞬き、その形がゆっくりと細められた。


「魔王様。ああ、やっと……」


 形の良い唇が弧を描き、かつて崩れたことのないほおの緊張がゆるんだ。


「『私』を見てくれた」


 見てた。

 今までも、この顔を、その表情を。

 見てはいた。

 だけど知らない。

 こんな、涙をこぼすのをこらえるような、そのまま消えてしまいそうな儚い笑みを浮かべるなんて……


 無表情のままでも十分美しい造形と思っていた。

 だけどまさかこんな隠し玉まで持ってたなんて。

 笑顔の破壊力が半端ない。


 まずい、このままでは目がつぶれてしまう!!


 私は両手で己の目を覆った。


「魔王様?」

「あ、お気になさらず」

「嫌です。お顔をお見せください」


 ふわりと間近にかぎなれた、落ち着いた匂いが漂う。

 優しく、まるで壊れ物でも扱うように手首を握られ、瞼をふさいだ私の両手がそっと外された。目の前には心臓が打ち抜かれんばかりに奇麗な微笑み。


「魔王様」

「っっ!」


 その上真上から降る、妙に色気を含んだ声が鼓膜を震わせる。


「待っ…な、まえ!まだ、聞いて、ないっ」

「ああ、そういえば」


 その笑顔に当てられ、男でも女でもどっちでもいいような気になってしまったが、名前を聞けばどっちだかわかるかもしれない!


「ユーノ、と申します」

「ユーノ」

「はい、魔王様」

「ユーノ……」


 口の中で大切にその名を何度か繰り返す。そのたびに、右腕改めユーノは今までの無表情はなんの前振りだったの?!ってくらい、うれしそうな満開の笑顔を返してきた。


 想定外?想定内?!

 その名は、男女どっちにもとれる音だ。

 お約束か!


「……ユーノ、ついでに聞くけど、私の名前は?」

「魔王様は魔王様ですが?」


 ―――知ってた!

 こんちくしょう、名前で判別できないとは!!

 罠か?

 なんかの罠なのか?!


「結局どっち?!」

「ああ、それがお知りになりたかったのですか」


 さらりとほおを撫でられた。

 その手付きに、ぞくりと体が震えた。


 なん、っか…ユーノ、の触り方―――なんていうか、おかしくない?


「それを知るのに、簡単な方法ならここ(・・)にありますよ?」


 私たちがいるのは、つまり……


「じょ、冗だ……」

「私が今まで魔王様に冗談を言ったことがありましたか?」


 私の無言が肯定を意味していた。

 気づくと、背中がシーツに押し付けられていた。見上げた先には、私に覆いかぶさるような影。


「ちょっと待って!強制的に私が下ぁ?!」

「何か不都合が?」

「あるある大あり!!」 

「私がすべてやりますから、魔王様は目を閉じているだけで大丈夫です」

「そんなこと言われて、はいそうですか、とできるかぁああぁ!!」


 華奢だと思っていたユーノに掴まれた手首が、振りほどけない。

 艶やかな長い白銀の髪が、周囲に零れ落ちてくる。まるで鳥かごの中に閉じ込められたかのように、錯覚した。


「魔王様のお目覚めを待つこと幾年、やっと私の代でお目覚めに立ち会えました。そのお声を聞き、その瞳に映していただくのを、心よりお待ち申しておりました。なのに魔王様ときたら、私を見てるようで、見ておらず、他の有象無象と同じ扱い。一番の信頼を寄せていただいているようにみえて、その実、私の名に興味すら持たず―――なのに、淫魔の名はすぐ覚えて、なおかつ呼んで……」


 どんどんユーノの微笑みに凄みが増していった。禍々しい黒いオーラが、その背に見えるようだ。部屋の気温まで下がったようで、寒さからなのか恐怖からなのか歯の根が合わない。

 

 なななんか私、ユーノの地雷踏み抜いた?!


 瞬きすら忘れていた瞳に、涙の膜が貼る。限界まで乾いた眼の視界が滲んだ。

 ふっと空気が緩んだ。


「すみません……こんなことで、泣かせるつもりはなかったんです」


 す、と親指の腹が眦を撫でていった。

 ユーノの額が落ちてきて、私の額と軽く触れあうように寄せられる。


「貴方の唇から私の名前を呼んでもらえるのを期待して、それが叶わず落胆してたのは、私の勝手です」


 泣いているのだろうか。

 すぐそこに、震える長い金の睫毛。

 寒気が収まり、私はほっと一息ついた。


「貴方を最初に泣かせるのは、快楽の上でありたかった」


 ……んん?

 なんか不穏な言葉が聞こえた気がする。


「これからは、恐怖からの苦い涙ではなく、私を求める甘い涙だけ流してください」


 何言ってんだ、こいつ。

 涙に味なんてない。

 いや、塩分が含まれているはずだから、どちらかといえばしょっぱい、のでは? 


 余計なこと考えていた罰だろうか。

 近いと思っていたユーノとの距離がいつの間にかゼロ距離になっていた。

 いや、つまりその、ユーノの艶やかな唇と私の唇が―――


「んんんんんっ?!」


 声を出そうとした瞬間、口内へ自分の物でない生暖かい何かの侵入すら許してしまった。

 そうだ、こんな時は急所への攻撃を、と慌てふためいた思考で思うもの、マウントポジションを取られているこの体制、劣勢にもほどがある!

 ヌルリとした柔らかいもの―――ユーノの舌が私の口内を丹念に暴く。呼吸すら奪われるほど深く貪られた。

 もうダメだ、と観念しそうになった瞬間、ユーノの唇がふいに離れた。


「……けほっ」


 大きく息を吸ったら咳込んでしまった。すっかり潤んでしまった視界で目の前にいる不埒者を睨みつけると、またもやその端正な顔が近づいて来た。反射的に顔をそむけると、目じりから一粒、ポロリと雫が零れる。

 その軌跡をたどって、ユーノの舌が這った。


「甘い…」


 ぜってえ嘘だろ、それ。

 それって味覚障害だから、悪いこと言わない、病院行ってこい。


 と、口を開こうとしたが、目の端に捉えた妖艶すぎる仄暗い微笑みに心臓が飛び上がった。ペロリと唇を湿らせた赤が、これまた壮絶な色気を感じさせる。

 こっ、こいつの存在そのものが十八禁じゃないのか?!


「魔王様、この後もたっぷり啼かせて(・・・・)あげますからね?」

「ひっ…」


 喉の痙攣と共に、悲鳴が零れた。


「と、見せかけて、爆っ……」

「        」


 私の魔力にはまだまだ余裕があったはずだった。

 もう一度凄惨な現場になるのにちょっと戸惑いはあったが、逃げるためには仕方ない。先ほどと同じように魔力の暴力(ちから)で解決しようとした瞬間、ユーノが私の耳元で何事か囁いた。

 途端、私の全身に漲っていた魔力が底をついた。

 魔力を使い切った、というか、無理やり吸い取られたような感覚だ。


「今…なに、を……」

「初めてはちゃんと意識があったほうがいいですからね。途中で力尽きるほどの魔力は奪いません。ご安心を」


 えええええええ?

 ここまでのどこに安心できる要素が?!

 悪役だ。

 まごうことなき、それは悪役のセリフだ。

 しかもこれ、絶対勝てないラスボスじゃない?!

 あ、ダメだこれ。

 詰んだ……


 その後、ユーノの宣言通りに私は一晩中散々泣かされ、啼かされた。

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