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魔王様は眠りたい

「           !!」


 聖なる呪文が唱えられた。


「な、なぜ……」


 聖なる呪文を唱え切った詠唱者は、一切ダメージを受けた様子のない魔王を目の前にし、愕然とした。

 閉じられていた魔王の瞼がゆったりと開かれ、紅い瞳が詠唱者を捉えた。

 詠唱者は絶望と共に膝から頽れた。


「はい、ダメ~」

「えっ?!」


 存外に軽い口調に思わず顔を上げた詠唱者だったが、いきなり足元にぽっかりと開いた空間に恐怖した。底の見えないこの奈落に落ちたら、死は免れない。

 覚悟はしていた。

 しかし、いざ、死に直面した今、思うのは故郷に残してきた愛しい人のこと。


「必ず戻るという約束……守れなくてごめん」


 穴に吸い込まれる瞬間、目の前の魔王が手をひらりと振るのが見えた。魔王の唇が動き、「良い夢を」と動くのが見えた。死ね、や消えろ、ではない。圧倒的強者から、敗者への最後の言葉だろう。

 絶望と諦念、憤怒と後悔、ないまぜの感情を抱えたまま、詠唱者は奈落へと落ちていき―――気づくと、なぜか驚きに目を見開いた愛しい人が目の前にいた。


 ……なぜ?


 泣きながら駆け寄ってきた愛しい人との再会の抱擁、混乱の中、その温もりにこれが現実だと思い至る。

 いつか醒める夢かもしれないと思いつつも、その一年後、約束通りその二人は幸せな結婚をした。





「今回もダメだったか」


 誰もいないがらんとした広間を前に、魔王は肩を落とした。


「今回、あの者はどちらに?」

「うーん、たぶん、好きな子のところじゃないかな?結婚の約束してた相手がいたみたいだし」

「魔王様はお優しすぎる」


 はぁ、と背後からため息をつかれた。

 私の右腕は、私が敵に塩を送りすぎるのを良しと思っていない。

 だがこちらの都合で魔王城(ここ)まで来てもらってるのだ。お帰りくらいは速やかにしてもらってもいいだろう。


「えーと、今日の詠唱者(勇者)はあれで最後かな」

「そうですね、近辺に人の気配はありません。他は距離があり、明日以降に到着しそうです」

「そうか。ぜひ丁重にお迎えしなくてはな。あ、道を外れていたら本道に戻すくらいはしてもらいたいが、決して怪我などさせるなよ?」

「その本道が罠ではないか、と、魔の森の道なき道を通ってこようとする者を誘導するよう、眷属どもに言い聞かせるのが面倒なのですが」

「ほんと、この世界の人は疑い深いな!魔王城までまっすぐに伸びて整備もされた道を通ってくれば、迷いなく辿り着けるというのに。せっかく膨大な魔力に任せて作ったのになぁ……」


 正直、あれはなかなか楽しかった。

 最大火力で森を切り開き、レンガを積んで、馬車も通れるくらいの立派な道を作ったのだ。最初は手積みでレンガを置いていたが、途中、飽きてしまったので魔力で完成させた。たまにレンガをはがして、絵心の向くままに道にレンガ絵を描いたりもしてる。この前完成させた魔王城を模した絵は、なかなかの力作だ。実物の魔王城へ来るついでにぜひ鑑賞していってほしいのだが、誰もその道を通ってくれない。なぜか魔王城の周囲を囲む魔の森を突っ切ってこようとするのだ。魔の森は迷いの森、とも言われ、方向感覚が狂ってしまう。しかも、魔の森には私の眷属である魔族や魔獣がうじゃうじゃいるというのに、だ。魔王()の眷属のならば理性的?に話せばわかるのだが、それ以上に数いる魔獣たちは力の上下関係で押さえつけることはできるが、なかなかこちらの命令に従ってくれない。本能が勝つのだろう。侵入者を襲うな、と命令(いいきかせて)はいるが、攻撃されたら本能で迎撃してしまうからやっかいだ。だから安全に魔王城に辿り着けるよう道を整備したというのに、誰も使ってくれない。がっかりである。



 さて、ここで私の自己紹介でもさせてもらおう。

 私は魔の森にある魔王城に住まう魔王。

 魔王だからと言って、人間を虐げたり、支配したり、ましてや全面戦争を起こそうなんて気はさらさらない。むしろ、斃されたい。叶うことなら、安らかな永遠の眠りにつきたい。


 泥のように眠りたい。


 目覚めた瞬間に欲したのは、ただ一つ。

 それは魂に刻まれていた、ともいえるくらいの強烈な渇望であった。

 魔王()には前世の記憶がある。前世の私は社畜と言われる人間だった。眠る暇もないほど、『仕事』というものに追い立てられ、追い詰められていた。人間、眠れない、眠らないと死んでしまう。それを理解したのは、そんな生活が数年続き、なにをどうしても体が動かなくなり、瞼が落ち、目の前が真っ暗になった時だった。死を前にしてやっと、欲しくて欲しくて仕方なかったものを手に入れた。

 そしてそのまま、心地よい眠りに身をゆだねようとした瞬間、たたき起こされたのだ。

 生き返ったとか、そんなちゃちなものでなかった。

 なんと、魔王(別人)に生まれ変わっていたのである!




「眠りたい……誰でもいいから、早く私を斃しに来てくれ」


 私は玉座の上で体育座りの格好をして、ひじ掛けにもたれかかった。行儀など知るか。魔王が私だ。いや、私が魔王だ。


「でしたら、宴席を設けましょうか?皆の者!!」

「やめて!あんな酒池肉林いらない!!」


 察しがいいけど無能なのか、私の右腕が余計なことをしそうになるのを慌てて制す。

 以前、眠りたいのに眠れない、と言ったら、魔王は眠らなくても生きていける、と言われてしまった。それでも眠りたい!と言ったら、打開策として提示されたのが三つ。


 その一、魔力を限界まで使い切る。

 その二、十八禁なあれこれで疲れきる。

 その三、聖なる呪文で封印される。


 魔力を使ってみた。どんなに使いまくっても一時間も寝れば、すっきりと目覚めてしまう。

 どういうことだと右腕をなじれば、魔王の魔力量は膨大で、その上魔力のコスパが大変いいらしい。普通、コップ1杯の魔力が必要な魔法を使うところ、魔王なら1滴で済んでしまう。その上、枯渇した魔力の復活も早い。

 ならば、と次策を試そうとしてみたところ、大変えぐいシーンを見せられたため、トラウマになってしまった。あんな乱交パーリー、フィクションでしか見たことない。

 魔族の十八禁、エロっていうよりグロだろう?!

 食うか食われるか、まさにその言葉通り!

 無理無理無理無理!!!


 そして、私は最後の策に望みを賭けた。

 魔王である私は、死ぬことはないらしい。数百年に一度目覚め、時を同じくして目覚める詠唱者(勇者)により、最後は封印されるのがお約束だそうだ。今回は六百九十四年ぶりに目覚めたらしい。できればもっと寝ていたかった。

 ちなみに封印は、単に永い眠りにつくだけだそうだ。でも、まず戦闘で痛めつけられて最後の最後に封印か、とゲンナリしてたら、初っ端から聖なる呪文で封印されるなら痛い思いなしでゆっくり寝かせてもらえるんだって!

 まぁ、魔王なので剣で刺されようが、魔法で焼かれようが大したダメージ受けないようなんだけど、やっぱり痛いのは嫌だ。


 その話を聞いてからの私の行動は早かった。

 今までの魔王のおかげで、詠唱者がこの魔王城までたどり着くのは大変困難だった。至るところで起きる魔獣のスタンピード、要所要所に配置される強力な魔族たち。行きつ戻りつして魔王の配下との戦い、戦災復興の手伝いなどなど。その上、世界中に散らばった情報を集め、所在不明な魔王城にたどり着くだけでも早くても数年かかっていたようだ。

 私はそれらをすべて取りやめた。

 魔王復活!の情報を全世界に発信し、魔王はここにいる!と所在を明かし、戦う意思がないこと、聖なる呪文を唱えられる者よ来たれ!と呼びかけた。誰もが気軽に来やすいよう魔王城までの街道の整備までした。もちろん、眷属たちには邪魔をしてはいけない、と釘を刺し、魔獣たちにも手を出されない限り無視しろ、と命令を下した。

 そして、待ちに待った詠唱者が私の前に表れた。

 しかし、体力も魔力も底をつきかけ、まさにズタボロの体。


「だいぶくたびれているようだが、何があった?」


 おかしい。

 詠唱者を気持ちよく迎えるために環境を整えたはずなのだが、という思いから問わずにいられなかった。もちろん、詠唱者がこちらに向かっているとの報告を受け、恙無くたどり着くよう、通達もしっかり出していた。報告もきちんと上がっていたはずだ。


「何があった、だと?!貴様が差し向けた魔族に仲間たちは攫われた!取り戻そうと追いすがれば、あざ笑うかのように翻弄し、あまつさえ、目の前で仲間を消し去った!!」


 んん?ちょっと待って。

 報告によると、詠唱者は数人のパーティーでこちらへ向かっていたようだ。だがしかし、必要なのは詠唱者のみ。ましてやパーティーの中にはまだ幼いともいえる少年少女やご高齢のご老人が混じっていたという。街道を整備したとはいえ魔王城への道は遠く、そんな長旅に付き合わせるのも忍びない。なので、魔法の得意な者に頼んで自宅へ転移させ(お帰り願っ)ただけだ。今頃、自宅で旅の疲れを癒していることだろう。その辺の説明がうまくされてなかったのか、魔族に戦いを挑んで返り討ちにされたようだ。そちらの方は私の命令を守って、立ち向かってきた羽虫を『軽くあしらった』らしい。何度も向かってくるのがうっとおしくて、最後に吹っ飛ばして逃げて来た、と報告された。実力差故にそこまでボロボロにされたのだろう。あいつは悪くない。反対によく我慢してくれた。後で改めて褒めておこう。


「そもそも、悲しい行き違いがあったようだ……君の仲間は今「死んだ仲間たちのためにも、貴様を許さない!!!聖なる呪文を今こそ行使する!」


 ええ~、この人、魔獣以上に人の話を聞いてくれない!

 君の仲間、死んでないし。むしろおうちでゆっくりしてるはず。

 しかし、突然始まった聖なる呪文は、私が首を長くして待ちかねたものだ。

 せっかく唱えてくれるそうだし、悪者扱いのままはちょっと居心地悪いが、いいや、このまま封印されてしまえ。

 故郷に帰って真実知ったら、ちょっとは自分も悪かったかな、と反省してくれたらそれでいいや。


 私は目を閉じて、訪れるであろう安らぎの瞬間を待った。


 …

 ……

 ………


「ど下手くそか?!」


 思わず紡がれる聖なる呪文の途中で、私は盛大なツッコミを入れてしまった。

 呪文を唱えていた詠唱者は、その声に詠唱を途切れさせた。


「なっ……せ、聖なる呪文が、効かない?」

「効く、効かない以前に、貴様の声がダメ!呼吸法がダメ!テンポもダメ!ダメダメ尽くしで、こんなんじゃ、封印されるわけない!!一から出直せ!!!」

「待て!まだこんなものじゃ―――」


 希望の後の絶望は深い。

 詠唱者がもう一度呪文を唱えようとしていたが、思わず右手を振って、ご退場願った。

 あ、もちろん、ご自宅まで転送した。できたらその怪我治してから、再挑戦してほしい。


 その後も、我こそが魔王を斃す!という者たちが魔王城を訪れた。

 私はそのたびに心躍らせ、聖なる呪文に耳を傾けた。


「はい、ダメ~」

「なっ、魔お……」


 そのころには玉座のある謁見の間に詠唱者をお通しし、聖なる呪文を唱えてもらう段取りになっていた。しかし、ことごとく皆、なってなかった。いまや有り余る魔力を持て余してたのもあり、私のダメ出しと共に奈落オープン、強制転移(その人が今、一番行きたいところ)という、ルーティーンが出来上がっていた。


「もうなんなの……寝たいだけなのに……」

「皆の者!宴席の「やめろおおおぉぉぉ!」


 私の右腕は有能なのか、ポンコツなのか。いや、ポンコツ寄りな気がする。

 泣き言をいうたびに宴席を勧めて来るの、ほんとやめてほしい。

 まだ魔力を使いまくる方がましだ。


「よし、より環境を整備しよう」


 しばらく次の詠唱者が来ないのを確認し、私は改めて環境整備の手を広げることにした。

 魔の森を安全に横断する街道は作ってある。しかし、あまり使ってもらえてない。そのせいか、この謁見の間にたどり着く頃には、詠唱者はなぜかボロボロになっている。せめていいコンディションで聖なる呪文を唱えてほしいので、街道に入る前と魔王城の手前に宿屋を作ろう。温泉なんかも作って、旅の汚れを落とし、余裕をもって来てもらうのもいいだろう。だいたい、ここで顔を合わせる時は、詠唱者は追い詰められたかのような表情だし、聖なる呪文を唱えるだけでギリギリって状態だ。もっとリラックスして来てくれればいいのに。

 そうだ、聖なる呪文を唱えるのが下手なのは練習不足なのではないか?

 できたら宿の中に、ボイストレーニングなんかもできる施設を作ってもいいかもしれない。十分な練習と声量でもって、全力で私に立ち向かってきてくれたら、申し分ない。それでこそ、安らかな眠りにつけるというものだ。


「魔王様、また何やら思いつかれたのですか?」

「え、うん。わかる?今までの詠唱者が軒並み音痴だからさ、聖なる呪文の詠唱をまず練習してもらうための施設を作ろうかと」

「あの……魔王様?ご自分が封印されるってこと、お分かりですよね?」

「そのための努力は惜しまない!」


 私はぐっと拳を上に振り上げた。


「いや…はぁ、魔王様の御心のままに」

「じゃ、いっちょ頑張ってきますか~!!」


 頭痛を抑えるかのように片手で額を覆った右腕をその場に残し、私はさっそく目的の物を作り始めた。おかげで興が乗り、無駄に豪華な宿ができた。問題は就業者だが、有り余る私の魔力で動くゴーレム人形でも製作して働かせるか。

 それもこれもみんな、私の快適な睡眠のため!


「ただいま~」

「お疲れ様です、魔王様」

「いやぁ、久しぶりに魔力空になった感じ?これで少しは……」


 ふわぁ、と思いがけずにあくびが出た。

 快い疲労。急激な眠気に襲われる。


「魔王様、寝所のご用意はできております」


 少しは私の右腕ができるところを見せてくれた。


「ぅん……うぅ、先にお風呂入りたいけど、まず寝たい…」

「はい、どうぞ」


 なぜか右腕が私のために用意したベッドの頭側に腰かけている。

 邪魔だからどいてほしい、とか、一人にしてくれないか、とかいろいろ言いたいことはあったが、眠気に負けてもそもそとベッドの中へと潜り込んだ。右腕が私の首元まで布団を引っ張り上げてくれた。


「おやすみなさい」

「……すみぃ…」


 ふわふわとした肌触り、気持ちのいい温かさに自然と瞼も下がり、私は沈み込むように意識を手放した。

 ほんのつかの間だとしても、この瞬間は何物にも代えがたい。

 この幸せな時間がたったの一時間しか続かなかったとしても!


「良い夢を、私の魔王様」


 右腕の優しい言葉とほおに感じた温もりは、すでに夢の始まりだったのかもしれない。

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