66
伯爵邸で短剣の製造を請け負ってから4日経っていた。 しかしその間、短剣には一切手を付けず マイホームの建設に従事していた
「ふふん! 完成だぜ! いやぁ頑張ったなぁ」
正味5日間で2階建ての新居が出来上がった。 外から見れば石造り、中に入れば木目が美しい木造風。 テーブルや椅子などの家具もばっちりだ
2階の寝室に作ったキングサイズのベッドも木目調でいい感じ、今晩からここで寝よう
「そういえば短剣仕上げてなかったな。 さっさとやらないとうるさそうだし、片付けるか」
刀身だけは作ってあるので、鞘と拵えを制作し 装飾を施す。 これらの作業も一度試行錯誤しながらやったので、2度目はさすがにスムーズに進む
「よし、完成品を届けに行ったら ミラに新居を見せてみよう。なんて言うか楽しみになって来たな」
そんな訳で、伯爵邸に向かう。 グリモアの町に着いた時はすでに昼の時間だったので、屋敷に行く前に軽く食事にする。 肉と野菜が交互に刺された串焼きが目に付き、3本買ってかぶりつく
「うーん、あっさり塩味か もう少し塩っ気がある方がいいな。 この辺だと塩は高いのかね」
食べてみるといまいちだった串焼き、3本も買ったことを後悔しつつ完食し 屋敷に向かった
いつものように応接間に通され、待つ事15分ほど。 セリーナとアリーナ、そして護衛のミラが入ってきた
「ほい、頼まれてた物だ。 一体どれくらいの価値を付けるのかな?」
「拝見させていただきますね」
短剣をテーブルの上に出した時、ミラは『あっ』という顔をしたが なんとか声が出るのを抑えたようだ
「やはり素晴らしい物ですね、国宝と言われても信じてしまいます」
セリーナはあらゆる角度から短剣を見つめている。 まぁ正直、金額なんてどうでもいいんだよな。 王都に近い領地を持つって事は、それだけバートリー家は王家から信頼されているって事だ。 そんな貴族とのコネを作れるなら進呈したっていいくらいだ。 まぁコネというか後ろ盾というか、何か面倒な事があったら押し付けられる貴族…とか、そういうのがあれば便利じゃない?くらいだしな
「これ程の物に私が価値を付けるなんてできませんわ。 なので、我がバートリー家の宝と交換…という事でどうでしょうか?」
「宝…ねぇ なんだか嫌な予感がしてきたよ」
セリーナの隣に座っているアリーナが、短剣を抱えながらモジモジしている、 …まさかね、 それが宝なんて言わないよね?
「嫌な予感だなんてひどいですわ」
セリーナがニッコリと微笑みながら俺を見る、 まずいな アホな事言われる前に先手を打った方が良さそうだ… どうする? いっそ金貨50枚とかにしちゃうか、短剣だと思えば高いけど 国宝級だというなら破格の安さ。 うん、これでいこう
「それじゃあ2本で金貨50でいいぞ、 うん それがいいね」
「あら、金貨50枚ですか? それはお安いですわね。 ですが…」
「今日はちょっとミラを借りていきたいんだ、夕刻までには帰すからいいかい?」
セリーナが言葉を続ける前にかぶしてやる、 アリーナが無表情になっているが気にしない
「ミラを…ですか? 何かあったのですか?」
「いやぁ、ちょっと自宅を新築してね 一般的な意見を聞きたいと思ったんだよ。 貴族の屋敷と違って普通の家だから、ミラは詳しいだろうと思ってね」
「私も連れて行ってくださいまし!」
アリーナがビシッと手を挙げてそんな事を言いだした。 いやいや、担いで飛ぶのに貴族令嬢なんか連れて行けるわけないだろう
「アリーナは無理だな」
「どうしてですか?」
「強硬手段での移動だから、貴族のお嬢さんは耐えられないと思うぞ。 ぶっちゃけて言うと、荷物のような扱いで運ばれるからな。 ちなみにミラはすでに数回体験してるよな?」
「はい…あれは確かに荷物扱いでしたね」
ミラが思い出したように 窓の外を見ながらつぶやく
「大丈夫ですわ! 毎日訓練してますし、そこらにいる令嬢と一緒にされては困りますわ!」
あれー?何でこんなに気合い入れてるんだ? 俺の家が魔の森の中心部にあるって教えたはずだよな、普通の人間には危険な場所だって理解してないのかな?
「やっぱりだめだな、俺の住んでる場所は 危険な場所だからな」
「それでも大丈夫ですわ、トーヤ殿がいて危険な目に合うなんてありえませんもの」
「えー、そろそろ折れてくれない?」
「無理ですわ! トーヤ殿の自宅を拝見できる機会は逃がせませんわ!」
セリーナはセリーナで、あらあらまぁまぁとニコニコしている。 これは役に立たないやつだな いやーでも、2人担ぐとなると、どうしても両脇に抱えてってなるから身体的に耐えられないんじゃないかな…加速Gとかに。 加速を手加減して正面に風よけの障壁を張ればいけるか? うーん
悩んだ結果、俺が折れる事になった。 無念
動きやすい服に着替えてもらい、長い髪はまとめて編み込み バサつかないようにしてもらった
「言う事聞かなかったら森に置いてくるからな、それだけは覚えておけよ」
「わかっていますわ、トーヤ殿全てをお任せいたします」
なんだかなぁ… とりあえず庭に出て、2人を両脇に担ぐ
「それじゃあいくぞ?」
アリーナはなぜか目をキラキラさせて頷き、ミラは何かを諦めたような顔で頷く。 それじゃあ隠蔽をかけて出発しますかね
別作品も目を通してもらえるとうれしいです
https://ncode.syosetu.com/n3892fz/