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応接間のソファに俺は座っている、向かい側には伯爵夫人のセリーナとその娘アリーナが座っている
「お待たせして申し訳ありません、お願い…というか依頼がございます」
セリーナが優雅な雰囲気を出しながら話を進める
「貴方様の弟子であるミラさんの持つ短剣、同じ素材でナイフくらいの大きさの物を2本作って頂きたいのです。 装飾も同じように」
「あーあれか、 あれはミスリルに多少劣るけど 非常に希少な素材なんだ。 正直どれほどの価値がつくのか知らないんだよな」
「希少なんですか、それを一体どこから?」
「自分の剣を作るためにオリハルコンというものすごい希少な金属を採集したときに、そのオリハルコンの周辺に混ざっていた金属なんだよ。 魔力の通りもいいし、何より色がいいだろう」
「はい、あの深い青色がとても気に入ったのです。 なんとかお願いできませんか?」
「んー まぁいいか。 どこで手に入れたかっていうのは誰にも言わないなら受けてやろう」
「本当ですか? ありがとうございます。 まぁまぁどうしましょうアリーナ」
「本当に美しい剣でしたからうれしいですわ」
「それじゃあ重さと長さを決めるか。 何か基準になる物はあるかい?」
セリーナはチラリと侍女の方を向くと、侍女が装飾で飾られた刃渡り10センチほどの小さな短剣を出してきた。 準備してんじゃねーか…と 少し呆れ気味になったがまぁいいだろう、俺の作ったものを評価したんだ、ちょっとだけ嬉しかったりするし
「大きさも重さもこれと同じくらいでいいの?」
「はい、軽くなるなら更に問題はありません」
「軽くしてほしいのね」
「その重さがギリギリのラインです」
「なるほどね、了解した。 少し時間もらうからね」
「もちろんです、よろしくお願いしますね」
話は終わり、セリーナは退室し アリーナと2人で庭園に向かう。 応接間を出る時、侍女の1人がササっと先に行ってるので すぐに他の侍女たちは集まるのだろう。 お茶の用意とかもあるしね ホント大変だな侍女って
いつものように体力作りをメインに、腰周りのダイエット用の回転系メニューをやらせる その間にミラと少し組手をしてみる。 無手の状態で、 体の硬い部分 特に肘打ちを重点的に覚えさせる。 肘での打撃は女性の体重でも 筋肉男の動きを止めるくらいの打撃は打てるからね。 元々ミラは速さで勝負するタイプだし
休みながら体を動かし、時折俺とミラの組み手を見ながらアリーナと侍女軍団もフックや回し蹴りを繰り出す なかなかにシュールな光景だった
昼になり、元々体力の無い貴族の令嬢様はヘロヘロになりながらも静かに用意された椅子に座り体を休める
「こんなもの作ってみたんだ」
倒れないように足組した、パっと見公園にあるような鉄棒のような物に 革袋で作ったサンドバッグを吊り下げる。 革袋のままだと硬すぎて お嬢様方の手足なら簡単に壊れそうなので、柔らかい毛皮を何重にも重ねた物で覆う
「まさか訓練のために人を蹴り飛ばす訳にいかないから、これを蹴ってくれ。 ストレス解消にもなるぞ」
「まぁまぁ、面白そうですわ」
ヘロヘロだったアリーナがサンドバッグに向かい合う
「最初は優しく蹴ってな、 つま先とかに当たると足を痛めるから 足の甲がちゃんと当たるように間合いを計ってな」
ふむふむと頷いてからポスポスと蹴りを繰り出す、なんか楽しそうだ 良かった良かった
「それじゃあ俺は帰るな、仕事を請け負ったからなぁ」
「はい、よろしくお願いしますわ。 装飾の方は、ミラさんの短剣を見る限り お任せしても問題ないと思いますので」
「んじゃ 完成したらまた来るよ。 ミラも日課の鍛錬をしっかりな」
「「はい」」
ほんの3時間ほどしか滞在してなかったけど、なんか妙に濃密な時間だったな。 それじゃあかえって作業でもしますかね、 短剣程度ならすぐできるけど、装飾はそこそこ時間かかるからな
伯爵邸の門を出ると、さっさと隠蔽して空へ飛び立った
クリモの町、獣人達20人が拠点にしている大型の安宿『牙狼の宿』、先日の宴会の飲み疲れを残したまま15人が森に入り 5人が休日となっていた。 その5人の中にいたミューだったが、昼に訪れた来客の対応で更に気疲れをしていた
現れたのは、見た感じはただの冒険者なのだが 皮鎧などの装備がやたらと新しく、つい先日に冒険者になったばかりといった様相で、剣だけはやたらと使い込んでいるアンバランスな男だった
「ガッシュ殿に連絡を取りたいのだが…」
「ガッシュなら森に入っているから夕刻まで戻らないよ」
多分これが昨日言っていた帝国貴族の使いなのだろう、他の冒険者を相手にするような態度はやめておこう…と、ミューは思って なるべく丁寧に対応しようと頑張っていた
「わかりました、 では夕刻に出直してくるので そのように伝えてください」
男の方も丁寧な話し方だったので、精神的な疲れはどうやら少なくて済みそうだ
承知したと伝えると、男はすぐに去っていった。 ふぅ とため息を一つこぼし ミューは休日の続きをするのであった