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「いやーまさか1日で処理が出来るなんてラッキーだったな とはいえ、魅了が解けるまで楽観視はしない方がいいな。 今から顔も知らない令嬢を探すなんて無理だから一度帰って 明日の朝一から調べようか」
いやーしかし、隠蔽かけての行動はヤバいな! 周囲に大勢人がいるのに自分は認識されないというのがヤバい。
所謂透明人間状態だけど、認識されていなくともそこには確かに存在しているので 接触されればそこに何かあるのはバレてしまう。無駄に緊張する!
「いやー あのドキドキは癖になりそうで怖い」
しょうもない事を考えながら家路につく。 アイシスはあれからずっと地下室に籠り、地脈の動きを感知している。
「今戻ったよ 食べ物は足りてるかい?」
「お帰りなさいませトーヤ様。 あの…クッキーの在庫が少々心許ないのです」
「じゃあ追加しておくか。 また何か作ったら持ってくるから試食よろしくね」
「はい、承知いたしました」
クッキーの入った袋を置くと とってもいい笑顔で受け取ってくれた。 創造神をも虜にする日本の…いや地球のお菓子 すごいな!
夜明け前までクッキーとハンバーグを作り貯めして時間を潰し、畑の雑草をサクサクとむしり取り お手入れを済ませてから隠蔽をかけて王都へと向かった
今日の目標は アリーナ伯爵令嬢の姿を確認して、少しだけお話をしようと思っている。魅了のせいでパーティの最中に婚約破棄とかって公開処刑された可哀相な子に少しだけ情報を与えてフォローするためだ
それが済んだらリーナの背後にいるかもしれない何かを探る。 これは時間かかりそうだな
魅了が効いてないと自覚してからじゃないと動き出さないだろうし、もしかしたら贅沢だけが目的で 魅了に関しても無自覚で使っている可能性もある。 俺としては 拠点にしているこの国が、変な方向に向かって荒れてしまわなければ問題はないので、あまり突っ込んで介入しようとは思ってない
とりあえず朝から中等科3年生の各教室を巡ってみる。すると、シグルドがいる教室に1つだけ空席があるのを見つけた
もしかして婚約破棄を受けて退学したのか…もしくは寮でサボっているか。 まぁ公開処刑されても普通に授業受けれるだけのメンタルがあれば…と思ったけど、無理だよな。
しばらく様子見をしてみたけど 落ち込んでたり周囲の生徒達から浮いた感じの子は見つからなかったので寮を見に行こう。 もしかしたら実家の領土に帰ったのかもしれないしな
女子寮に来た。3階建ての立派な建物だ 見た目はともかく中身はおっさんなので無駄に緊張はしないけど、女子寮に入るというのは…禁忌感があるな
魔力で感知してみると、意外なほど人がいた。 中に入ってみると どうやら生徒に付いてる侍女らしく、授業が終わるまで待機してるって感じだった
部屋の扉の前には名札がついてあったので、順番に確認していくと2階の一番奥にアリーナの部屋があった。 中には2人の反応がある アリーナ令嬢と侍女だろうか
さて…どうやって中に入るかねぇ
一度外に出て窓から中の様子を伺うと、寝室と思われる部屋の窓の鍵が開いていた。 こっそり中に入る… 15歳の女の子の部屋に無断で侵入とか、日本でこれやったら全国放送のトップニュース飾れそうな行為だよな…いやいや大丈夫 ここは日本じゃないし俺は人間じゃないからセーフ!
そーっと寝室からリビングへと移動…侍女っぽい人の反応はリビングの外にあるのでぼやーっと外を見てるあの子がアリーナだな きっと。 さてさてそれじゃあ行動開始するかな 落ち着いて話を聞いてくれればいいけどね
背後から忍び寄り、右手でアリーナの右手を掴み、左手で口元を抑えた。 まんま犯罪者が人質を取ったかのような体制だ。 もちろんアリーナがビクリと反応して抵抗しようとする
「静かにしろ、大人しくしていれば手荒なことはしないと誓おう。どうする?」
アリーナの全身には力が入っていたが あきらめたのか頷いたのでそのまま話を続ける
「婚約破棄の事件は知っている、これから話すことはとても重要な事だ。 お前の親とか特に信頼できる者のみに相談することを薦める ここまではいいか?」
アリーナは頷く
「リーナ嬢が魅了の魔法を使っていることが判明した。 まだ背後関係ははっきりしていないが調査中だ これについては邪魔しないようにしてくれ。 とりあえず魅了の魔法は昨日封じたから今後被害が拡大することは多分ない、第二王子もその内魅了が解けて正気に戻るだろう。 それでおとなしく話の続きを聞くと言うなら手を放そう どうする?」
コクコクと頷くので自身の隠ぺいを解いてから手を放す そして直後に手拭いを顔に巻き、気持ち程度で
顔を隠した
「今の話は本当なんですの?」
「もうちょっと静かに喋れ 邪魔が入ると面倒だ」
「わ、わかりましたわ」
「今の話は本当だ、実際に俺が確認して魔力を封じてきたからな」
「そうですの…やはり最初から何かがおかしいと思ってましたのよ」
「色々と不満はあるだろうが、今の所は何も行動しないでくれ。 魅了を封じられてると気づいてからの行動を知りたいんだ。 背後に誰か、何かしらの組織と繋がっているんなら連絡を取るだろうしな」
「なるほど、確かにそうですわね。 では私は今後数日、今のようにしていればいいのですね?」
「ああ、 とはいっても黙っているのはおもしろくないだろう。 実家に連絡するくらいはいいぞ? そのかわり内密に動けよ」
「良いお話が聞けて良かったですわ ところで…貴方は何者なのです? この様子だと誰にも気づかれずにここにいるようですけど」
「それは内緒だな。 気が向いたら教えてやるよ、何か分かったら教えてやるからくれぐれも自重してくれよ。 俺の邪魔にならないように」
「わかりましたわ 情報をお待ちします。ただ…今後なんとお呼びすればいいのかしら?」
「ああ、俺はトーヤっていうんだ。 誰にも言うなよ? それじゃあ今日の所は失礼するよ」
隠蔽をかけて姿を消し 寝室からこっそり出て行った
「私の部屋に簡単に侵入するなんて只者ではありませんね…敵ではなさそうというのが救いかしら。 それでは私も復讐の準備をしましょう」
落ち込み、泣き濡れて濁っていた瞳が、今はギラギラと輝いていた