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緩やかな風が吹く春。桜の木々には桜の花が所狭しと咲き乱れる。例年より早く満開の時期となった今日4月7日は、ボクにとって2回目の入学式。去年のボクは男の子として入学したが、今回は女の子として入学する。真新しい制服に身を包み心機一転、改めて学生生活をこの高校で過ごす。
ボクの入学する高校は春乃高等学校。通称、春高と呼ばれるこの高校は、古くからこの地にある由緒正しい高校だと入学説明会の時に聞いている。最近、建て替え工事を行ったらしく新校舎が増えた。それに伴い、選択科目が大きく増えたことも説明会の中で聞いている。今年より力を入れているのが専門科目らしく、他県からも入学希望者が増えたらしい。残念ながら、ボクは普通科目を選択しているので、正直な所あまり関係はない。
そんな春乃高等学校の正門には、新入生歓迎と書かれた看板があり、その周辺には多くの新入生や保護者が居る。期待や不安に緊張する新入生達を他所に、保護者の皆はどれも明るい顔をしている。ボクは他の新入生達と同じく、期待に胸を膨らませ、不安に心を締め付けられつつも校門前で立ち尽くす。ボクの保護者である光さんが見当たらないせいだ。
ソワソワしながら周りをキョロキョロと見渡していると、見覚えのある姿が遠くの方で見えた。その姿は次第に大きくなり、ボクの前へとやってくる。
「ハァハァ……ごめんねぇ……車、停めるところが遠くて……お待たせしました……」
どうやら光さんは車を停めた後、ここまで走ってきたらしい。黒いスーツ姿だけれど、ピッチリとしたスカートにヒールを履いているのだから、よほど大変だったのだろう。35歳になろうとしている光さんは、息を切らしながらボクに謝ってくる。
「まだ時間はあるから、急がなくて良かったのに。息まで切らして走ってくるとは思わなかったよ。流石、ボクのお母さんだね」
光さんがバッグからハンカチを取り出して汗を拭き取る。ハンカチを戻すためにバッグの中へ手を入れる。バッグから抜き取ったその手には金色の小さな腕時計が握られていた。ボクの左手首にそれを巻き付け固定した。
ボクはその腕時計をまじまじとみつめる。何処かで見た気がする……。これを見てると懐かしい気持ちになってくる。光さんの顔を見ながらボクは口を開く。
「去年の入学式の時も腕時計をくれたよね。事故のせいで壊れてしまったから仕方ないけど、わざわざ用意してくれるなんて……。本当にありがとう」
息を整えた光さんは、手を顔の前で左右に振りながら笑いかけてくる。
「いーのいーの。前の時計は男物だったから、今のはるかちゃんには似合わないよ。今回のは女物の時計だから、小さいお姫様とお揃いの小さな時計にしてみたよ。どう?」
「小さいって……もしかしてバカにしてる?だとしたら傷付くよ、お母さん」
ボクは光さんをやや睨みながら答える。対して口元を吊り上げて、挑発的にニヤけてきた。ボクは大きな溜め息をする。光さんは優しい表情に変え、ボクの頭に手を乗せる。髪が乱れないように優しく撫でながら、小さな腕時計に触れる。やっぱり懐かしく感じた。
「これは、私のお姉ちゃんではるかちゃんのお母さんが肌身離さず着けていた時計なの。お姉ちゃんが亡くなる前、私が譲り受けた物なんだけど、はるかちゃんにあげるね」
光さんに言われて、はっ!と思い出す。確かに母さんが着けていた腕時計そのものであり、いつもその時計を大切にしていた母さんの横顔を思い出した。
「母さんが大切にしてた時計を受け取っても良いのかな……。光さんにとっても大事な時計なんじゃ……」
人差し指をボクの唇に押し当てて言葉を遮る。光さんは、母さんと同じ笑顔をしながら、ボクに伝える。
「私より、はるかちゃんの方が似合うでしょ?お姉ちゃんもきっとそうするはずだよ。だから、これは今日から貴女の物だよ、はるかちゃん!」
母さんの時計を身に付けたボクは、さっきまであった不安が嘘のように消えていくのを感じた。母さんが見守ってくれてると思うと、より安心出来たからだと思う。
周りの新入生や保護者が動き出す。そろそろ入学式の始まる時間だ。ボクは光さんの手を引きながら、会場である体育館へと向かった。




